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王
この先に進んでからはじまる
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山の中腹にある城の大扉は、わずかにかたむいていた。
かたむきに合わせるように、地面もかたむいている。
いびつな階段を登り切ったラトスたちは、かたむいた大扉を見あげていた。
少し前まで息を切らしていたフィノアは、気力を取りもどしたらしい。顔色も良くなっていた。少女の回復に、メリーがほっとした顔をしている。
「さて、何が出るか」
セウラザが扉に歩み寄り、手をかけた。
扉には取っ手が無かった。セウラザは両手で強く押す。重苦しい音を鳴りひびかせて、扉はゆっくりと開いていった。
同時に、吠えるような音が、城の中から聞こえてきた。
メリーが身体をふるわせる。
「人がいるのか?」
「いや、気配はない」
ラトスの問いに、扉を押し開くセウラザが即答した。
完全に開き切ると、扉は大きくかたむいて倒れた。城の中に大きな音がとどろき、反響する。
「壊したのか?」
「まさか。折れたのだ」
セウラザは無表情に応えると、城の中に視線を送った。
扉の先は、大玄関があった。
フィノアの夢の世界に似ていますねと、メリーが言う。ラトスがうなずくと、フィノアも、そうですねと小さく言った。
大玄関は、城の外と同様に薄暗かった。壁には、等間隔に大きな窓がならんでいる。ぼんやりとした光が、窓の周辺にだけたたずんでいた。床面は、先の議会場と同じく、磨かれた大理石が敷かれている。
奥には、長い階段が上へ伸びていた。階段の先は、暗闇に溶けて見えない。ラトスは一度メリーを見たが、すぐに頭を横に振った。魔法を使うなとペルゥから言われているので、メリーの剣を灯り代わりにすることもできないのだ。登っていくのは難儀に思えた。
「また階段だな」
「でも、今度は普通の階段ですから」
「それは、どうだろうな」
「ちょっと!? 怖がらせるの、やめてもらえます!?」
メリーが叫ぶ。
大玄関に、彼女の大声がこだました。フィノアが、顔をしかめてメリーの服を引っ張る。はしたないと言いたいのだろう。メリーは眉根を寄せて困った顔をすると、がくりとうなだれた。
わずかに緊張感がほぐれたところで、四人は階段を登りはじめた。
下から見上げたとおり、登るほどに暗くなっていく。なにも見えなくなりそうだと、ラトスは一段一段確かめるように登っていった。
不意に、誰かがラトスの服の端を掴んだ。
見えなくても分かる。メリーの手だった。
「躓くなよ、メリーさん」
「分かってますよ」
「王女さんは、いるか?」
「います」
「私が一番後ろにいる。はぐれはしないだろう」
セウラザの声が聞こえると、ラトスは苦笑いした。
完全な暗闇に、つつまれる。足音と、息遣い以外、聞こえてこない。気を紛らわせたいのか、メリーが時折、フィノアに声をかけた。ふるえる声で、フィノアが返事をしている。
長い階段を登りきると、奥の方に小さな灯りが落ちていた。
灯りまでは、まっすぐの通路になっているらしい。窓もなく薄暗いままだったが、灯りのおかげで、進む方向だけは分かった。目が慣れてきたのもあって、通路もぼんやりと視認できる。
灯りを目指して、メリーが急ぎ足になった。早く暗闇から逃れたいのだろう。ラトスは彼女を押さえて、ゆっくり進むようにうながした。メリーは落ち着かないようだったが、仕方なくラトスの言葉に従った。
「また、扉か」
灯りが落ちていたところで、通路は途切れていた。
ぼんやりとした灯りに照らされて、両開きの扉が見える。錆などはなく、手をかければ普通に開きそうだった。
「見たことがない扉です」
フィノアが言うと、メリーもうなずいた。
今となっては、見たことがあるかに、意味はない。およそ人の夢とは思えないほど、奇妙な世界なのだ。悪夢の回廊ほどではないが、薄気味悪さが常にただよっている。フィノアもメリーも感じてはいるだろうが、立場上、口にださないだけだろう。
「開けるぞ」
「はい」
フィノアが応えると、ラトスは扉の取っ手に手をかけた。
扉は、音もたてず静かに開く。あまりになめらかに動くので、勝手に開いているのではないかと思うほどだった。
「……え?」
扉の先を見て、フィノアが驚きの声をあげた。
無理もないと、ラトスも目を見開く。
議会場だった。
広間の中心には、巨大な円卓がある。卓を取り囲むようにして、何十もの椅子がならんでいた。床と壁は大理石で組まれていて、綺麗にみがかれている。天井は、森を模した彫刻の中に、夜空の絵が組み合わされていた。夜空には、大きな目がひとつ浮かんでいた。趣味の悪い絵だと思って見ていると、目がかすかにゆれ、またたきをした。
入ってきた扉とは別に、議会場の奥にはもうひとつ扉があった。以前の会場とは違い、多くの扉はない。目に見えないものもあるかもしれないが、次はここだと言わんばかりの大きな扉だった。
ラトスたちは、周りを見回しながらゆっくりと議会場に足を踏み入れる。革靴の底に、砂を踏むような感覚があった。見下ろすと、足を付けた場所はすべて砂に変わっていた。
「同じ場所、というわけではないようだな」
「そのようです」
フィノアはうなずくと、夜空がえがかれた天井を見あげた。
夜空に浮かぶ目が、ぎょろりと動く。フィノアと目を合わせると、夜空の目は数度まばたきをした。絵の様子を見ていたメリーが、悲鳴を押し殺すような声を絞りだす。
「見ろ。地図もないようだ」
先に進んでいたセウラザが、円卓の前で声をあげた。寄ってみると、巨大な円卓には大きな四角い穴が開いていた。穴の大きさは、前の議会場の地図と同じ大きさのようだった。
穴の底は、暗くなっていて見えなかった。夜空のようにも見えたが、黒くよどんでいるようにも見える。
「地図と関係があるのだろうか」
「分からん」
セウラザの疑問に、ラトスは腕を組みながら即答した。
何の意味もなく、同じ形をしているわけではないだろう。ラトスはじっと、黒い穴をのぞきこんでみた。すると、穴の底から物音や声が聞こえてきた。
「中に誰かいるのか」
ラトスが言うと、メリーとフィノアも円卓の穴を同じようにのぞきこんだ。
「暗くて、見えませんね」
「私にも見えません。ですが、クロニスさんの言う通り、物音はしますね」
フィノアは首をかしげる。
暗くて見えはしないが、明らかな気配が穴の中にあるのだ。手を入れれば分かるかもしれないが、四人共に得体のしれない穴へ手を入れる勇気はなかった。
諦めて別のものを探そうと思った時、穴から声が聞こえた。
先ほどまでの聞き取りづらい声ではない。はっきりとした、男性の声が聞こえた。
『……のだろうか』
『……らん』
四人は、声が聞こえてきた穴にふり返る。
メリーは目を丸くして、ラトスの顔をのぞきこんできた。
「今、ラトスさんが喋ったのではないですよね?」
「喋ってない」
「でも……今のって」
メリーは恐る恐る、黒い穴に顔を近付ける。すると、中から布がこすれる音が聞こえた。
『中に誰かいるのか』
『……暗くて、見えませんね』
『私にも見えません。ですが、クロニスさんの言う通り、物音はしますね』
そこまで聞いて、ラトスの顔は凍り付いた。あえて見なかったが、フィノアとメリーも同様に驚いているだろう。穴から聞こえる声は、間違いなく自分たちの声だった。
「なんだこれは……!?」
ラトスが声を荒げる。まるで、この穴の中に自分たちがいるかのようだった。暗くて見えないが、頭を突っ込んでみれば、本当に自分たちの姿が見えるかもしれない。
「国王というのは、随分趣味の悪い人間のようだな」
吐き捨てるように言うと、ラトスはフィノアをにらんだ。
「そんなはずは、ありません。でも、まさか……」
フィノアはあわてて、穴の中を見たり、辺りの様子を見たりした。周囲には、ラトスたち以外いない。誰かが自分たちの真似をして復唱しているのかと考えたが、少女の淡い期待は崩れた。
『今、ラトスさんが喋ったのではないですよね?』
『喋ってない』
『でも……今のって』
穴の中から声はつづく。
ラトスは、傷のある頬を引きつらせた。どこから、なにが見ているか分からないが、今までの会話を再生している。夢の世界なのだからといえばそれまでだが、前回の議会場を思えば、見過ごせる気分には到底ならなかった。
国王の夢の世界の住人は、こうやって、すべて見ていたのだろうか。
高みから、人の喜怒哀楽をながめていたのか。国王ならば、そういう思考になるものなのだろうか。
『国王とは、随分趣味の悪い人間のようだな』
穴の名から、ラトスの声が聞こえる。フィノアが、びくりと身体をふるわせた。メリーは委縮したようにうつむいている。尊敬する父、仕える主君がいびつなものと分かったも同然なのだ。心中複雑という言葉では済まないほど、心が搔き乱されているかもしれなかった。
「ここで、必要以上に疑心暗鬼になっても意味はない」
はさみこむようにして、セウラザが静かに言った。見ると、セウラザは円卓からはなれたところに立っていた。ラトスたちに比べて、穴から聞こえる声に大きな興味は持たなかったようだ。
「まあ、そうだな」
「何かを決めるのは、この先に進んでからでも遅くは無いだろう?」
「そう……ですね」
セウラザの言葉に、フィノアとメリーがうなずく。
夢の世界がどうであろうと、国王のセウラザに会うのが確実なのだ。今疑心を深めるのは、不毛といえた。
議会場の円卓からはなれる。
黒い穴からは、未だに声が聞こえてきていた。耳に入らないよう、顔を背ける。フィノアとメリーは、声が聞こえないよう遠くはなれたところを調べはじめていた。
議会場には、入ってきたものとは別の、大きな扉がある。次に開くべきものはこれだろうと思ったが、四人は別のものがないか念のために調べまわった。皆、心の内に流されたくない気持ちが湧いてきているのだ。
「特に、何もないですね」
「こちらも無い。その扉だけかもしれないな」
セウラザが言うと、大きな扉を指差した。指の先に目を向ける。大扉は、銀の細工がほどこされていた。近付いてみると、先の議会場と同様に、銀の細工には文字が刻まれていた。読めないが、同じ種類の文字だろう。遅れて、フィノアとメリーも大扉の前に来た。
「これは、玉座の間の扉です」
フィノアが静かに言った。
近寄ってきてすぐ言ったということは、最初からそうだと認識していたのかもしれない。玉座の間だというなら早く教えてほしかったと、ラトスは心の内で大きくため息をついた。
「それなら、ここが終着点だな」
大扉を見て、ラトスは大きく息を吸いこんだ。
扉に手をかける。
議会場の明かりが、ゆらりとゆれた。
扉の銀細工が、ぬるりと照る。刻まれた文字が、ちらちらと反射した。
『何かを決めるのは、この先に進んでからでも遅くは無いだろう?』
円卓に開いた穴から、セウラザの声が静かにひびいた。
かたむきに合わせるように、地面もかたむいている。
いびつな階段を登り切ったラトスたちは、かたむいた大扉を見あげていた。
少し前まで息を切らしていたフィノアは、気力を取りもどしたらしい。顔色も良くなっていた。少女の回復に、メリーがほっとした顔をしている。
「さて、何が出るか」
セウラザが扉に歩み寄り、手をかけた。
扉には取っ手が無かった。セウラザは両手で強く押す。重苦しい音を鳴りひびかせて、扉はゆっくりと開いていった。
同時に、吠えるような音が、城の中から聞こえてきた。
メリーが身体をふるわせる。
「人がいるのか?」
「いや、気配はない」
ラトスの問いに、扉を押し開くセウラザが即答した。
完全に開き切ると、扉は大きくかたむいて倒れた。城の中に大きな音がとどろき、反響する。
「壊したのか?」
「まさか。折れたのだ」
セウラザは無表情に応えると、城の中に視線を送った。
扉の先は、大玄関があった。
フィノアの夢の世界に似ていますねと、メリーが言う。ラトスがうなずくと、フィノアも、そうですねと小さく言った。
大玄関は、城の外と同様に薄暗かった。壁には、等間隔に大きな窓がならんでいる。ぼんやりとした光が、窓の周辺にだけたたずんでいた。床面は、先の議会場と同じく、磨かれた大理石が敷かれている。
奥には、長い階段が上へ伸びていた。階段の先は、暗闇に溶けて見えない。ラトスは一度メリーを見たが、すぐに頭を横に振った。魔法を使うなとペルゥから言われているので、メリーの剣を灯り代わりにすることもできないのだ。登っていくのは難儀に思えた。
「また階段だな」
「でも、今度は普通の階段ですから」
「それは、どうだろうな」
「ちょっと!? 怖がらせるの、やめてもらえます!?」
メリーが叫ぶ。
大玄関に、彼女の大声がこだました。フィノアが、顔をしかめてメリーの服を引っ張る。はしたないと言いたいのだろう。メリーは眉根を寄せて困った顔をすると、がくりとうなだれた。
わずかに緊張感がほぐれたところで、四人は階段を登りはじめた。
下から見上げたとおり、登るほどに暗くなっていく。なにも見えなくなりそうだと、ラトスは一段一段確かめるように登っていった。
不意に、誰かがラトスの服の端を掴んだ。
見えなくても分かる。メリーの手だった。
「躓くなよ、メリーさん」
「分かってますよ」
「王女さんは、いるか?」
「います」
「私が一番後ろにいる。はぐれはしないだろう」
セウラザの声が聞こえると、ラトスは苦笑いした。
完全な暗闇に、つつまれる。足音と、息遣い以外、聞こえてこない。気を紛らわせたいのか、メリーが時折、フィノアに声をかけた。ふるえる声で、フィノアが返事をしている。
長い階段を登りきると、奥の方に小さな灯りが落ちていた。
灯りまでは、まっすぐの通路になっているらしい。窓もなく薄暗いままだったが、灯りのおかげで、進む方向だけは分かった。目が慣れてきたのもあって、通路もぼんやりと視認できる。
灯りを目指して、メリーが急ぎ足になった。早く暗闇から逃れたいのだろう。ラトスは彼女を押さえて、ゆっくり進むようにうながした。メリーは落ち着かないようだったが、仕方なくラトスの言葉に従った。
「また、扉か」
灯りが落ちていたところで、通路は途切れていた。
ぼんやりとした灯りに照らされて、両開きの扉が見える。錆などはなく、手をかければ普通に開きそうだった。
「見たことがない扉です」
フィノアが言うと、メリーもうなずいた。
今となっては、見たことがあるかに、意味はない。およそ人の夢とは思えないほど、奇妙な世界なのだ。悪夢の回廊ほどではないが、薄気味悪さが常にただよっている。フィノアもメリーも感じてはいるだろうが、立場上、口にださないだけだろう。
「開けるぞ」
「はい」
フィノアが応えると、ラトスは扉の取っ手に手をかけた。
扉は、音もたてず静かに開く。あまりになめらかに動くので、勝手に開いているのではないかと思うほどだった。
「……え?」
扉の先を見て、フィノアが驚きの声をあげた。
無理もないと、ラトスも目を見開く。
議会場だった。
広間の中心には、巨大な円卓がある。卓を取り囲むようにして、何十もの椅子がならんでいた。床と壁は大理石で組まれていて、綺麗にみがかれている。天井は、森を模した彫刻の中に、夜空の絵が組み合わされていた。夜空には、大きな目がひとつ浮かんでいた。趣味の悪い絵だと思って見ていると、目がかすかにゆれ、またたきをした。
入ってきた扉とは別に、議会場の奥にはもうひとつ扉があった。以前の会場とは違い、多くの扉はない。目に見えないものもあるかもしれないが、次はここだと言わんばかりの大きな扉だった。
ラトスたちは、周りを見回しながらゆっくりと議会場に足を踏み入れる。革靴の底に、砂を踏むような感覚があった。見下ろすと、足を付けた場所はすべて砂に変わっていた。
「同じ場所、というわけではないようだな」
「そのようです」
フィノアはうなずくと、夜空がえがかれた天井を見あげた。
夜空に浮かぶ目が、ぎょろりと動く。フィノアと目を合わせると、夜空の目は数度まばたきをした。絵の様子を見ていたメリーが、悲鳴を押し殺すような声を絞りだす。
「見ろ。地図もないようだ」
先に進んでいたセウラザが、円卓の前で声をあげた。寄ってみると、巨大な円卓には大きな四角い穴が開いていた。穴の大きさは、前の議会場の地図と同じ大きさのようだった。
穴の底は、暗くなっていて見えなかった。夜空のようにも見えたが、黒くよどんでいるようにも見える。
「地図と関係があるのだろうか」
「分からん」
セウラザの疑問に、ラトスは腕を組みながら即答した。
何の意味もなく、同じ形をしているわけではないだろう。ラトスはじっと、黒い穴をのぞきこんでみた。すると、穴の底から物音や声が聞こえてきた。
「中に誰かいるのか」
ラトスが言うと、メリーとフィノアも円卓の穴を同じようにのぞきこんだ。
「暗くて、見えませんね」
「私にも見えません。ですが、クロニスさんの言う通り、物音はしますね」
フィノアは首をかしげる。
暗くて見えはしないが、明らかな気配が穴の中にあるのだ。手を入れれば分かるかもしれないが、四人共に得体のしれない穴へ手を入れる勇気はなかった。
諦めて別のものを探そうと思った時、穴から声が聞こえた。
先ほどまでの聞き取りづらい声ではない。はっきりとした、男性の声が聞こえた。
『……のだろうか』
『……らん』
四人は、声が聞こえてきた穴にふり返る。
メリーは目を丸くして、ラトスの顔をのぞきこんできた。
「今、ラトスさんが喋ったのではないですよね?」
「喋ってない」
「でも……今のって」
メリーは恐る恐る、黒い穴に顔を近付ける。すると、中から布がこすれる音が聞こえた。
『中に誰かいるのか』
『……暗くて、見えませんね』
『私にも見えません。ですが、クロニスさんの言う通り、物音はしますね』
そこまで聞いて、ラトスの顔は凍り付いた。あえて見なかったが、フィノアとメリーも同様に驚いているだろう。穴から聞こえる声は、間違いなく自分たちの声だった。
「なんだこれは……!?」
ラトスが声を荒げる。まるで、この穴の中に自分たちがいるかのようだった。暗くて見えないが、頭を突っ込んでみれば、本当に自分たちの姿が見えるかもしれない。
「国王というのは、随分趣味の悪い人間のようだな」
吐き捨てるように言うと、ラトスはフィノアをにらんだ。
「そんなはずは、ありません。でも、まさか……」
フィノアはあわてて、穴の中を見たり、辺りの様子を見たりした。周囲には、ラトスたち以外いない。誰かが自分たちの真似をして復唱しているのかと考えたが、少女の淡い期待は崩れた。
『今、ラトスさんが喋ったのではないですよね?』
『喋ってない』
『でも……今のって』
穴の中から声はつづく。
ラトスは、傷のある頬を引きつらせた。どこから、なにが見ているか分からないが、今までの会話を再生している。夢の世界なのだからといえばそれまでだが、前回の議会場を思えば、見過ごせる気分には到底ならなかった。
国王の夢の世界の住人は、こうやって、すべて見ていたのだろうか。
高みから、人の喜怒哀楽をながめていたのか。国王ならば、そういう思考になるものなのだろうか。
『国王とは、随分趣味の悪い人間のようだな』
穴の名から、ラトスの声が聞こえる。フィノアが、びくりと身体をふるわせた。メリーは委縮したようにうつむいている。尊敬する父、仕える主君がいびつなものと分かったも同然なのだ。心中複雑という言葉では済まないほど、心が搔き乱されているかもしれなかった。
「ここで、必要以上に疑心暗鬼になっても意味はない」
はさみこむようにして、セウラザが静かに言った。見ると、セウラザは円卓からはなれたところに立っていた。ラトスたちに比べて、穴から聞こえる声に大きな興味は持たなかったようだ。
「まあ、そうだな」
「何かを決めるのは、この先に進んでからでも遅くは無いだろう?」
「そう……ですね」
セウラザの言葉に、フィノアとメリーがうなずく。
夢の世界がどうであろうと、国王のセウラザに会うのが確実なのだ。今疑心を深めるのは、不毛といえた。
議会場の円卓からはなれる。
黒い穴からは、未だに声が聞こえてきていた。耳に入らないよう、顔を背ける。フィノアとメリーは、声が聞こえないよう遠くはなれたところを調べはじめていた。
議会場には、入ってきたものとは別の、大きな扉がある。次に開くべきものはこれだろうと思ったが、四人は別のものがないか念のために調べまわった。皆、心の内に流されたくない気持ちが湧いてきているのだ。
「特に、何もないですね」
「こちらも無い。その扉だけかもしれないな」
セウラザが言うと、大きな扉を指差した。指の先に目を向ける。大扉は、銀の細工がほどこされていた。近付いてみると、先の議会場と同様に、銀の細工には文字が刻まれていた。読めないが、同じ種類の文字だろう。遅れて、フィノアとメリーも大扉の前に来た。
「これは、玉座の間の扉です」
フィノアが静かに言った。
近寄ってきてすぐ言ったということは、最初からそうだと認識していたのかもしれない。玉座の間だというなら早く教えてほしかったと、ラトスは心の内で大きくため息をついた。
「それなら、ここが終着点だな」
大扉を見て、ラトスは大きく息を吸いこんだ。
扉に手をかける。
議会場の明かりが、ゆらりとゆれた。
扉の銀細工が、ぬるりと照る。刻まれた文字が、ちらちらと反射した。
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