傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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エイスガラフ城からはじまる

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 長い通路をもどると、小さな扉が開いたまま待っていた。
 四人は身をかがめながら、金と銀の小さな扉をくぐりぬける。ラトスが最後にぬけると、扉はひとりでに閉まった。同時に、銀の取っ手が黒く変色していく。心なしか、鈍い輝きを保っていた金も光を失ったようだった。

「見ろ。ラトス」

 金と銀だった扉を見ていたラトスの背に、セウラザが声をかけた。彼の声は、驚きにあふれた声だった。不愛想な男がめずらしいことだと、ラトスはふり返る。瞬間、ラトスは大きく目を見開いて硬直した。近くにいたメリーとフィノアも、同様だった。

 議会場の奥に、大きな扉ができていた。
 今までは、確かになかったはずの扉だ。他のものとは違って、三倍は大きい。錆びもなく、銀色の装飾が輝きをはなっているように見えた。

「あの扉の形は見たことがあります。どこだったかは……覚えていませんが」

 フィノアが言うと、メリーもうなずいた。
 二人が言うなら、エイスガラフ城内にある扉に違いないのだろう。今までの流れはよく分からなかったが、目の前の扉が現れるために必要な手順だったのだろうか。
 近寄ってみると、扉はさらに大きく見えた。銀色の装飾には、エイスの国では使わない文字が刻まれている。フィノアとメリーにたずねてみたが、彼女たちも知らない文字のようだった。ラトスも様々な地域を往来しているが、似たような文字は思い当たらなかった。

「夢人の言語に似ているな」

 悩むラトスの隣にセウラザが立ち、文字を見ながら言った。

「夢人の言語?」
「夢の住人が使う文字だ。だが、これは少し違う」
「古語のようなものか……?」
「そうかもしれない」

 セウラザがうなずくと、そうかと、ラトスもうなずいた。その時、ラトスは心のどこかでなにかが引っ掛かった気がした。しばらく思い出そうと奮闘してみたが、心に引っ掛かったままでてこない。ラトスはうなりながら、頭をかいたり、懐に手を入れたりした。すると、懐に入れた手の指先に、なにかが触れた。取りだしてみると、それは折りたたまれた紙だった。
 ミッドから受け取った紙だろうかと思ったが、違う。折りたたまれた紙を開くと、見たことがない文字が書かれていた。それは、現の世界で占い師の男が渡してきた紙だった。

「それは何だ?」

 ラトスが手にする紙を見て、セウラザが驚いた声をあげた。

「この世界に来るために使ったものだ。≪パル・ファクト≫と書かれているらしい。」
「聞いたことがない言葉だ。だが、その文字は、この扉の文字に似ているな」
「なに?」

 セウラザの言葉を受けて、ラトスは扉に刻まれた文字に目を向けた。
 紙に書かれた文字と比較すると、確かに似たところがあった。気になったメリーとフィノアも、ラトスが持つ紙をのぞきに来た。

「似たような紙を、私も貰いました」
「占い師にだろう? 今は無いのか?」
「ありません」
「何故、あの占い師が、この扉に刻まれた文字と同じものを知っているんだ」
「私も、彼からは詳しく聞きませんでした……。確かに、変ですね」

 フィノアは、ラトスが持つ紙と、扉の文字を交互に見る。少女の顔は、驚きというより、訝しむ表情になっていた。その思いは、ラトスも同意するところだった。
 これらの文字が、夢の世界の文字であれば、面倒なことになる。夢の世界に来た意味が、大きく変わってしまうからだ。少なくとも占い師の男は、夢の世界へわたらせることを目的にしていたことになる。ラトスとフィノアを手助けしたかったわけではなく、かかえている問題を分かった上で、利用してきたかもしれないのだ。最悪の場合、国王と占い師は、なんらかの理由でつながっている可能性もある。

「嫌な気分だ」

 ラトスは、吐き捨てるように言った。
 この大きな扉までたどり着くように、仕向けられているのではないか。自らの意思でここまで来たはずだった。だが、そうではないかもしれない。最初からすべて、仕組んでいる者がいるのではないか。

 そうとすれば、ラトスたちは傀儡も同然だ。
 不確かな世界で、意思があるふりをしていただけのようなものだ。

「……クロニスさん」

 不安そうな声をこぼしたフィノアが、ラトスの顔を見た。

「分かっている。だが、進むしかないだろう」
「……はい」

 ラトスが扉をにらみつけて言うと、フィノアも顔をあげて言った。
 一歩、前に進む。銀の取っ手に、ラトスは手をかけた。取っ手はヒヤリとして、冷たい。冷気が手のひらをつらぬき、苛立ちを増し加えるように肩をふるわせた。
 ラトスは傷のある頬を引きつらせ、扉を押し開けはじめた。

 大きな扉は、静かに開いていく。
 隙間から、強い風が吹きこんできた。
 
 風は、四人の間をとおりぬけて、議会場におどりこむ。砂塵が、高く舞いあがった。ラトスたちが歩いていない場所まで風化させてしまうのではないか。そう思うほど、議会場は激しく乱れた。

 ラトスは風に押しもどされないよう、取っ手に力を入れる。苦戦しているように見えたのか、後ろで見ていた三人も扉を押しはじめた。開いて隙間が大きくなるほどに、吹きこむ風は強くなった。ラトスのざんばらな髪が、これ以上ないほど乱れる。
 ついに、人一人が十分とおれるほど開き切ると、風はピタリと止んだ。

「……庭園?」

 扉の先に広がる光景を見て、フィノアが小さく言った。少女の言葉に、ラトスも扉の先に目を向ける。
 重苦しい空気と共に、薄暗い庭園の景色が広がっていた。
 庭園は綺麗に整えられていたが、どこか殺風景だった。重い空気が、そうさせているのだろうか。妙な雰囲気だと、ラトスは首をかしげた。ふと横を見ると、ラトスと同じように首をかしげるメリーがいた。

「城の庭園か?」

 ラトスは、メリーにたずねた。

「そう、だと思います」

 メリーは、首をかしげながら応えた。
 確信を持って言えないのは、違和感があるからだろう。だが城の庭園を見たことがないラトスに、その違和感は分からない。

 ラトスは、そっと庭園に足を踏み入れた。
 色鮮やかな石畳が広がっている。革靴の底に、硬い感触が伝わった。砂になっていかない安心感が、胸の奥に落ちる。

 夜明け前のような薄暗さは、遠くになればなるほど濃くなっていた。
 まるで、なにかが、遠くの景色をおおい隠しているようだった。見てはいけないと、言われている気がした。ラトスは、ぎゅっと目をほそめた。見えないものは見たくなってしまうものだ。すると、庭園の向こう側に、大きな建造物が見えた。ぼんやりとしているが、二階三階程度の高さではない。山のように大きな建造物だった。

「……エイスガラフ城か?」

 ラトスは声をこぼす。こぼれたそれを、フィノアが拾いあげた。少女はラトスのそばまで駆け寄る。ラトスは駆けよってきた少女に、あれだと言って、建造物に指差してみせた。

「エイスガラフ城ですね。……これほど、大きくはなかったと思いますが」
「そうだな。俺の記憶でも、これほど大きくはない」

 ラトスがうなずくと、フィノアはうなり声をあげた。山のように大きいエイスガラフ城が、奇妙な輪郭だったからだ。はっきりとは見えないが、どこか崩れているようにも見えた。
 心配になったのか、フィノアは城に向かって走りだした。あわてて、メリーが追いかける。

 仕方なく、ラトスとセウラザも走って追いかけた。
 勝手の分からない他者の夢の世界なのだ。目をはなした瞬間、どこに行ったか分からなくなるかもしれない。背の高い樹木の裏に隠れられただけで、違う場所に転送されることもあり得そうなことだ。

 幸い、フィノアは走るのが遅かった。
 メリーが追い付き、少女の手を引っ張るのが見えた。
 ラトスは安堵して、ゆっくりと走った。走りながら、城を見あげる。

「でかいな」

 思わず、ため息を吐きだした。
 遠くから見て取ったとおり、城の外壁はいくらか崩れていた。ところが、崩れたところから土が溢れだしていて、城全体をさらに高く押しあげていた。現の世界では平地に築かれた城だが、ここでは、山の上に築かれた城のようになっていた。
 崩れ落ちた外壁は、山の表面を這うように広がっている。ひとつとして、残骸となっているものはない。まるで城全体が、大きく高く成長しつづけているようだった。

 城を見あげながら進んでいく。
 先に行っていたフィノアとメリーも、ラトスと同じように城を見あげていた。追いついて二人のすぐ後ろに立つと、メリーがふり返った。彼女は驚きをとおりこして、顔をゆがませていた。慣れ親しんだ城の姿が、奇妙にゆがんで成長しているのだ。無理もない。

「ここのセウラザは、きっと城の中だろう」

 ラトスが言うと、メリーは顔をゆがませたままうなずいた。

「入ります? ここに?」
「入るだろう」
「ですよねー」
「まあ、そうだな。幽霊が出そうな城ではあるな」
「あえて言わないでくれます!?」

 メリーが叫ぶと、ラトスは両手をあげて、冗談だと言い加えた。

 メリーの隣にいたフィノアは、彼女の声に反応せず、じっと城を見ていた。
 視線の先に、城の大扉が見える。扉は、盛りあがった山の中腹にあった。扉までは、長く、いびつな形の階段が伸びていた。よく見ると、崩れた外壁の一部が、階段として組み直されてできているようだった。

「人がいるな」

 ラトスの後ろから、セウラザが静かに言う。ふり返ると、セウラザは城のいびつな階段を指差していた。指の先に視線を向けると、階段の中腹にゆれ動く影が見えた。

「登っているのか」
「おそらく」

 ラトスの言葉に、セウラザは即答する。

「追いかけよう」
「セウラザでしょうか?」
「分からないな。人形かもしれない」

 フィノアの問いに、ラトスは頭を横に振った。今までの流れだと、ただの人形が歩いてるだけの可能性も否定できないからだ。しかし、人形だったとしても行かないという選択肢はなかった。誘うかのように、見える場所を歩いているからだ。

 ゆれ動く影は、何度か立ち止まっていた。
 なんだと思って首をかしげると、影はまたゆっくりと階段を登りはじめた。自分たちを見ていると分かり、ラトスは傷のある頬を引きつらせた。

 怖がるメリーの肩を叩き、ラトスは階段に向かって歩きだした。フィノアが後につづく。メリーは一度ぎゅっと目をつぶったが、すぐにフィノアの後を追いかけた。最後尾を、周囲を警戒しながらセウラザが歩く。

 いびつな形の階段は、一段一段が高かった。ほとんどが膝ほどの高さで、腰の位置まで高い段もあった。苦戦するフィノアの手を、身軽なメリーが引っ張りあげる。はなれすぎないよう、ラトスはふり返りながら登っていった。
 見あげると、最上段にゆれ動く影が立っていた。
 ゆっくり登っていくラトスたちを、見下ろしている。

「嫌な奴だ」

 ラトスは、吐き捨てるように言った。
 見下ろしているというより、見下しているのではないか。議会場でにじみでた嫌悪感が、ラトスを満たした。見下しながら、操られている。最初から最後まで、誘導されている。逆らう余地がないよう、周到に準備されている。
 ラトスは、駆け上がっていきたい気持ちを、ぐっとこらえた。苛立つ心すら、操られているのではと、疑心が足をつかむ。

 長い階段の半分ほどまで登ると、見下ろしていた影は消えていた。
 城に入っていったのだろうか。ラトスは階段の頂上をにらみつけて、長く息を吐いた。

「どうかしましたか?」

 後ろから、メリーが声をかけてきた。
 ふり返ると、疲れた表情をしたメリーが、ラトスの顔をのぞきこんでいた。

「いや。なんでもない」
「そうですか?」
「ああ。王女さんは、大丈夫か?」
「……平気です」

 メリーの手に引っ張りあげられたフィノアが、息を切らして応えた。少女の顔は、青白かった。ラトスは、よろめくフィノアの肩に手を置く。過呼吸気味なのか、ほそい両肩が上下に大きくゆれていた。
 身体の疲労ではない。気を弱めているのだろう。登り切った先に、前向きになれるものなど待っていないと分かっているのだから、当然かもしれない。

「あまり、気負うなよ」
「……はい」

 ラトスの言葉に、フィノアは困った表情を返した。
 気負うなというのは、無理なことなのだ。できるのは、周囲に気取られぬよう肩の力をぬいたふりをする程度だろう。
 それでもいいと、ラトスは思った。
 形だけでも気をぬけば、父のセウラザに会うまでは気を保てるかもしれない。

 フィノアの表情を見て、ラトスは口の端を持ちあげてみせた。
 少女も、笑ったふりをして返す。大丈夫だ。ラトスは、フィノアの肩を叩くと、ひるがえった。

 いびつな階段は、つづいている。
 登り切れば、ゆらぐ心に決着を付けられるだろうか。
 唇を強く結び、ラトスはまた一段、前を進んだ。
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