キスが出来る距離に居て

ハートリオ

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大きな目を何度か瞬いた後、呆けた声でイベリスが答える。



「え‥‥お金って‥‥無いよ。
聞いてたでしょう?
僕、もう、カトレア伯爵になれないんだ‥‥だから」

「踏み倒す気なら訴えて、金目の物を差し押さえてでも払ってもらう」

「なっ‥‥ねぇ、お金だなんて!
僕たち、あんなに激しく愛し合ったのに!
この一カ月、毎晩狂った様に求め合って与え合って来たのにッ!」



初めてイベリスが顔色を変えて悲痛な声で叫んだ。

『金を払え』なんて、それじゃまるで客と男娼じゃないか!?

そりゃあ、始まりはそうだった。

そうだよ、『旧友』なんていうのは大嘘。

僕は時々買い物に行くふりをして地下の秘密クラブに通うようになっていた。

もちろん男を漁る為‥‥

秘密クラブに集まるのは相手に飢えている男ばかり‥‥

一般客は少なく、客と男娼のマッチングの場として重宝されている。


秘密クラブはバーになっていて、男達は酒を飲み怪しげな薬物をキメて卑猥な冗談を言い合い、行き過ぎたタッチの応酬を繰り返し、行為に及んでいるグループも‥‥

『敢えての下品』『敢えての退廃』に癒され遊ぶのが粋とされる空間で僕も売ったり買ったりしてストレスを発散してた。

ある時、そこに次元の違う美青年ラバンジュラが現れた。

あまりにも場違いな、神聖な雰囲気を纏っていた為、何かの罠ではないかと恐れ、激しく気になりながらも誰も近寄らなかった。

だけど僕は我慢出来なかった。

その青紫の神秘的な瞳を見てしまった瞬間、声を掛けていた。

すぐに宿屋街に行き部屋を取って体を重ね、虜になった。

長期契約を頼み込んでカトレア伯爵家に引き込み、悦楽の日々を過ごして来た。

体を重ねる度に僕はラバンに狂っていったし、ラバンだって僕を愛して‥‥



「私は契約に基づいて自慰の為の道具を務めただけだ。
‥‥愛?
ただの体の反応にその言葉を使うとは、知能が無いのか。
愛とは肉体にらない精神のものだ。
お前の内だけで勘違いするのは勝手だがお前の浅慮に私を巻き込むのは許さない。
私の崇高な愛の対象はただ一人、我が妹だけだ」

「‥‥いも‥‥うと?」



‥‥変‥‥だ。
ラバンが変な事を言っている。

ラバンの愛の対象は僕だよ?



「そうだ。
妹の為にどうしても金が要る。
私は妹が借金のカタに金持ちの商人の後妻に入るのを阻止する為に耐えたんだ。
お前の道具として求められた吐き気がする、不快極まりない行為の数々を。
どれほど面倒で退屈で不快で苦痛で最悪でも、仕事だと割り切って妹を救う金の為に耐えた。
『無い』では済ませない。
今すぐ金を払え!」

「あぁッ‥‥」



おかしい、絶対おかしいから、ラバン、目を、



「あぁあぁあぁあぁあーーーーッッッ」



ドンッッ



「‥‥ッッ!?」

「目を醒ましてよ‥‥ラバン‥‥
君の愛は、ここ、僕、だからね?」



何で僕は、いつもはそんな事しないのに‥‥

今日に限って上着の内側に短剣なんかを隠して来てしまったんだろう‥‥

使うつもりなんか無かったのに、ここにあったから使ってしまった。

ラバンの心臓を貫いてしまった。

大量の赤い血が僕を染める。


あぁ‥‥君の命は何て温かく鮮やかで美しいんだろう‥‥



最高だよ‥‥ラバン‥‥



君は最初の出会いから、命の最期まで‥‥ずっとずっと最‥‥高‥‥
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