キスが出来る距離に居て

ハートリオ

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「何だ、ラバン、そんな所に居たんだね?
ずっと姿が見えないからさ、
心配して、捜しちゃったよ」











―――捕らえられたものの正気が戻らないイベリスは、取り敢えず囚人病院に送り落ち着かせてから裁判を行う事になった。


囚人病院は馬車で3日ほどかかる山の中にある。

イベリスは鎮静剤で眠らされ、治安騎士隊の男が2名、交替で目的地へと馬車を走らせる。


治安騎士2名は、この任務に自分から名乗りを上げた。

二人はイベリスの元同級生だった。

学生時代、二人にとって、イベリスはで ”高嶺の花 ”だった。

イベリスは身分に拘らず、高位貴族だろうが平民だろうが相手にする。

だが、美に対するこだわりと感覚が強く、美醜で人を差別する。

治安騎士2名はまるで相手にされなかった組だ。

思春期に傷つきくすぶったままの心は昏い欲望に易々と火を点けその炎はたちまち制御出来ない程に燃え上がった。


あの時、歯牙にもかけられず涙を流した自分が、今は上の立場で囚人イベリスを支配できる‥‥もちろん、誰にもバレない様に、隠れてだが。



馬車が駆ける道に人の姿を見掛けなくなった頃から、一人が馬車を走らせている時、もう一人は馬車内で思うままにイベリスをレイプする。

これを一時間交替で繰り返した。

24才となった今でも相変わらずの可愛い顔‥‥少年の様にしなやかな細い体に極上の白い肌‥‥

強い鎮静剤が効いていて朦朧としているイベリスは一切抵抗出来ずになすがままで、最初はさすがに罪悪感を感じていた治安騎士達だったが‥‥


気持ちイイ‥‥気持ち良過ぎる‥‥何なんだ、この体はッ!?
腰が止まらないッッ!


『一度でもイベリス様を抱いてしまったら、もう二度と女なんか抱けなくなる』


学生時代、そんな噂を聞いた事がある。


『何を大袈裟な‥‥自分は相手にされるからって、自慢なんかして!』


あの時の俺はそう忌々しく妬ましく思ったが‥‥



ッ、これはッ‥‥



俺は今後、妻を抱けるだろうか?


この味を知ってしまった後に他の誰かを‥‥自信が無い‥‥

い、いや、これは夢だ!

初恋を卒業する為の儀式、それだけだ!

この任務が終わったら、きれいサッパリ忘れて、幸せな日常に戻ってみせる!


だから今だけ、今だけはッ



「‥い、‥‥おい!」



‥‥はッ!?


夢中で気付かなかったが、いつの間にか馬車が止まってる?

まだ交代の時間じゃないはず‥‥

何か異変かと警戒心が湧くが、気持ち良過ぎて腰が止まらない。



「‥‥ああクソッ!!
何でこんなに気持ちイイんだッ!?
もう、”憧れのイベリス様 ”ではないのにッ
精神を病んだ、惨めな囚人のクセにッ
囚人イベリスのクセにぃッ‥‥」



バンバンと馬車の扉が叩かれ、同僚が苛立った声を出す。



「おい!
どうやら道に迷ったらしい!
地図を見てくれよ!
俺は初めての道なんだ!
暗くなる前にこの森を抜けないと厄介だろ!」



くっそ~~~、邪魔しやがって!
ぶち殺してやろうか!?


一生付き合える親友に対して本気の殺意を感じてしまい、戸惑いながら地図を掴み馬車を降りる。



「真っ直ぐだぞ!?
ただ真っ直ぐ走らせればいいだけなのに、迷いようがないだろうが!?」

「だけど道が無くなりそうなんだよ!
おかしいだろ!?
来た道を引き返した方がいいんじゃないのか!?」



確かにうっそうとした森の中で今まで走って来た道の先がどんどん狭まっている。

しまった、道なりに真っ直ぐ走って来たつもりでどこかで曲がってしまったか!?

それとも、このまま走り続ければ狭まり無くなりそうなこの道がまた太くなり、森を抜ける事が出来るのか?


困り果てていたところ、消えてしまいそうに狭まって行っている道の先から馬に乗った男がやって来て、道を教えてもらえた。

やはり道は間違っておらず、このまま真っ直ぐ行けば森を出られるし、森の先を少し走れば小さいながらも宿屋がある村へ辿り着けるという。



ほっと胸を撫で下ろし、一人は『さあ出発を』、一人は『さあ続きを』しようと馬車に戻ったところ、馬車で寝ているはずのイベリスの姿が見当たらなくなっていた。


おかしい、あり得ない!

馬車からはそんなに離れなかったし、第一イベリスは鎮静剤で朦朧とした状態で、とても自分で歩けるような状態ではなかった。


‥‥それに全裸だったし、二人に休みなく攻められ続けて出血もしていた‥‥



「おい! ここに血の跡がある!
やっぱり歩いて逃げたんだ!
ヤバいぞ、早く捜そうッ!」



クソッ、色々な体位を楽しむのに邪魔だと拘束を解いてしまっていた。

これで逃げられる様な事があれば、どんな処罰が下るか‥‥


だがそんな心配は無用だった。

イベリスはすぐに見つかった。

そうとも、朦朧とした頭で、乱暴され続けた体で、森の中を逃げ切るなど不可能だ。
落ち着いて考えれば分かる事だった。


逃亡しようとした囚人イベリスには ”キツいお仕置き ”が必要だなぁ‥‥

ほっとしたと同時に燃え上がる欲望は、さっきまでとは違い凶暴で残酷な色をしている。


イタブリタイ‥‥

イタブッテヤル‥‥


甚振って、かつてゴミを見る様な目で俺を見たその愛らしい顔を苦痛に歪ませ泣き喚かせてやる‥‥

同僚も同じ気持ちな様で、ズボンを脱ぎ始めている。



「おい! まだ俺の時間だからな!
俺が先だ!」



そう言って同僚を睨みつけると、同僚も俺に殺意のこもった眼を向けて来る。

俺達の獲物‥‥囚人イベリスは地面に這いつくばる様にして沼を覗き込んでいる。



「囚人イベリス!
こっちへ来い!
逃亡の罪は重いぞ!」



イベリスはピクリとも反応せず、沼を覗き込み続けている。

と、突然口を開いた。



「何だ、ラバン、そんな所に居たんだね?
ずっと姿が見えないからさ、
心配して、捜しちゃったよ」







「おいッ!
いう事をきけっ!
沼なんか覗き込んで、何をブツブツ言ってる!」



俺達は焦れながらイベリスに近付いて行く。
二人とももうズボンを脱いでいる。


イベリスは誰かと会話する様に話し続ける。



「何? 何で黙ってるの?
怒ってる?
僕に怒るなんて筋違いだよ?
だってさ‥‥避けれたじゃん、ラバン。
あの時、避けようと思えば、避けれた‥‥」



『ラバン』?

お前が刺し殺した『ラバンジュラ』の事か?

何を言っているんだ。

そんな沼の中にいるはずないだろう?

ああ、そうか。

狂ってしまってるんだったな‥‥



「‥‥お、おいッ!
その沼、さっきの男が言ってた ”人喰い沼 ”じゃないのか!?
あれ‥‥あそこに見える白いの、何かの動物の骨みたいだ!」



突然同僚が怯えた声を上げる。

同僚が指さす方を見ると確かに動物の白い骨の様なものが見える。

さっきの男が言っていた ”人喰い沼 ”‥‥



『この森のどこかにその沼はあるんだ。
今ではもう正確な場所を知ってる人はいねえ。
その沼の水は一見キレイな、ただの無色透明の水なんだが、人でも動物でも融かして骨だけにしちまう、恐ろしい水なんだ!
骨だって、一カ月も経たないうちにきれいサッパリ融けて無くなっちまうんだ!
俺の村にも、手先の半分が融けてる老女が何人かいる!』

『老女?
女性だけが融けるのか?』

『そうじゃねえ。
女って花が好きだろう?
沼の底には花が‥‥水中花っていうのか?
よく分からんが水の中で咲く花が沼底を覆いつくしているらしい。
沼の水は人間や動物は融かすのに、なぜかその花だけ大丈夫らしい。
その沼底でしか見られない珍しくて綺麗な花を女は欲しくなるんだろうな。
大人なら我慢するけど、昔の女の子の中には我慢出来ない子もいた。
何十年も前、立ち入り禁止にされても『ちょっとぐらいなら』と花を摘もうと手を入れちまった女の子がその老女たちだ。
手から撥ねた水が顔にかかり、相当な美人になるだろうと言われた将来を棒に振った女の子もいたそうだ。
その生き証人がいるから今の女の子たちは恐がってこの森には近付かねえ。
俺だって、用事があって通らなきゃいけねえから通るだけで、道を外れて森の中に入る事は絶対しねえッ!』



そう言って男はブルブルと身震いした。

心底恐がっているのが伝わって来る。



『なぁ、見ろよ。
こんな深い森なのに、野生動物がいねえだろ?
鳥だって近寄らねえ。
アンタらもこんな恐ろしい森は早く抜けた方がいい。
俺も急ぐから、じゃあな』



そう言って男は去って行った。

水面が光を反射し光っていて俺の位置からは沼底に花があるのか見えないが‥‥



「囚人イベリス!
こっちへ!
早くこっちへ戻って来い!
その沼は、危険な沼かもしれない!」



必死に声を張り上げるが、囚人イベリスに届いている様子は無い。

俺も同僚も足が竦んでしまっているが、仕方なく少しずつ近付いて説得する。



「囚人イベリス!
悪かった‥‥も、もう、乱暴はしない‥‥
その沼は、恐ろしい、体が融けてしまう沼かもしれないんだ!
ほら、引っ張ってやるから、俺の手を掴んでくれ!
頼む、囚人イベリス、
‥‥‥‥イベリスッ‥‥」



俺は必死に訴える。

学生時代、憧れて、拒絶されて、それでもその姿を、笑顔を追いかけた‥‥

初恋。

俺の冷酷な天使。

頼むから‥‥

こっちを見て。

俺の手を取ってくれ!



だが学生時代と同様にイベリスに俺の声は届かない。



「え~~~?
ああ、いいよ、そこに居て。
僕が行くから。
そんな顔して、本当は寂しいんでしょ?
大丈夫だよ、もう寂しくない。
今すぐ、僕が傍に行くからね」



快活なその声を残して、イベリスが消えた。



‥‥ハッ!

沼に飛び込んでしまったッ!?



「イベリス、イベリス様ッ、イベ‥‥」

「あ、危ない!
水面が泡立ってる!
下がれ!」



同僚が俺を後ろに引っ張った。



「放せ!
イベリス様が沼に落ちた!
イベリス様は泳げないんだ!
お助けしないと、死んでしまう!」

「もう‥‥死んでる‥‥」



同僚の魂の抜けたような声に俺の全身からも力が抜ける。



「やっぱり‥‥ ”人喰い沼 ”だった様だ‥‥
ほら‥‥骨が‥‥」



言われなくても俺の眼にも見えている。

真っ白な骨が一度水面を大きく揺らした後、静かに沈んでいく。












今、俺はさっきまでイベリス様が話していた場所に立って沼の中を見下ろしている。


こんな短い時間ですっかり骨になってしまったイベリス様は沼底一面に咲き誇る美しい花の絨毯の上に静かに眠る様にその身を委ねている。



俺は遺体を見たから知っている。


恐ろしいほど透明な沼の水‥‥

その水の中でイベリス様の骨を抱き締める様に揺れるその花の色は、美しい陰影のある青紫‥‥



‥‥ラバンジュラの髪の色そのものである事を。
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