キスが出来る距離に居て

ハートリオ

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クレオメは、つい先ほど伯爵夫人が出した光の刃を見たばかりである。

城壁内で見張りをしていた男達は伯爵夫人がその刃を当てただけで‥‥



「‥ォッ!?、‥ッ!、‥ッ、ッ‥」



6人全員が声にならない声を上げながら、その場で奇妙なダンスを踊るかのような動きでのたうち回り、やがて崩れ落ちた。

一目で絶命していると分かるその屍は、人であったとは思えないほどの異形の死に様で、もしや彼等は人ではなかったのか、それとも苦しみが過ぎると人は異形になるのかと思わされた。



そして今カトレア伯爵が出現させた光の刃は、伯爵夫人のそれとは比べ物にならないほどの輝き・長さで‥‥

思わず息を呑むクレオメの手を『大丈夫よ』と言う様に伯爵夫人が優しく包み、何故かセロシアがその伯爵夫人の手をやんわりとはずしてギュッとクレオメの手を握る。


後方でのそんなやり取りに気付いているのかいないのか‥‥



カトレア伯爵は涼しい顔で魔剣を一振り。


地面と水平に。

軽く。


たった一振りしただけだった。


が!


光の刃から発された黒い雷は生き物の様に唸りを上げながら強盗団に襲い掛かり、60人全員が声にならない声を上げながら、その場で奇妙なダンスを踊るかのような動きでのたうち回り、やがて崩れ落ちた。

不思議な事に馬たちは平気で、全馬、散り散りに逃げて行った。

細い一本道に溢れる様に折り重なった屍達は、さらにその場でグズグズと沸騰した様な様子を見せた後、跡形も無く消えてしまう。


風が淀んだ空気を運び去れば、一帯が浄化されたかのように清浄な空間へと変わっている。



「まぁ、こんなものだね」



カトレア伯爵が軽く微笑んで肩をすくめると。



「あら、恐い。
慈悲の無いこと」



と言って伯爵夫人が軽やかに笑った。









☆☆☆


ところで、カトレア伯爵家の引継ぎとは?




―――三カ月前。



ポーチュラカは伯爵夫人アウレアの私室のドアをノックする。


自分とエリスがカトレア伯爵家を継ぐことが決まった。

ライバルのクラネとセロシア様は屋敷を出て行った。

その後信じられない速さで書類が整えられ、残るは最後の儀式のみだという。

自分もエリスもブルーメ王国の者。

それなのに、あっという間に書類を整えてしまうカトレア伯爵家の力の凄まじさ。

さすがのポーチュラカも、何か気味の悪いものを感じている。

だが父親は上機嫌で、最後の仕上げにと首飾りを渡して来た。



「まぁ、素敵ね。
この首飾りを私に?」



アウレアがゴテゴテした安っぽい首飾りを褒めると、ポーチュラカは父親に指導された通りに首飾りを薦める。



「ハイッ!
私達を選んで下さったお礼です!
ぜひ、着けてみて下さい!」

「ありがとう。
着けてくれる?」

「えッ‥‥
あ、はい、はい‥‥」

(大丈夫よ、毒が塗ってあるのは真ん中の飾りだって言ってたから‥‥
それに触らない様にすれば大丈夫。
なんせ、即効性の強力な毒だってお父様が言ってたから、気を付けないと)

「は、はい、出来ました‥‥」

「ありが‥ウッ!?
ウッ‥‥アッ‥‥ッ‥」



早くもアウレアが苦しみ出した!



「大丈夫だから!
私は何も分からないけど、お父様が手伝ってくれるから!
だから、カトレア伯爵家は大丈夫だから、早く死んじゃって!」



目の前で苦しむアウレアを見るのはさすがに辛く、一刻も早くこの時間が終わって欲しいとポーチュラカは願う。

その時。

後ろからガシッと頭を掴まれ、そのまま苦しむアウレアのすぐ目の前まで押され移動させられてしまう。



「ならば儀式を」



低いシラン伯爵の声と意味不明の行動にポーチュラカは取り乱すが、ガッシリと頭を掴まれていて、逃げられそうもない。



「ぎっ、儀式!?
なっ、何をすれば‥」

「キスだ。
死にゆく伯爵夫人にお別れの口づけをしろ」



(えッ!?
キスぐらいいいけど、口は嫌だ‥)


困惑するポーチュラカ。

と、俯いて苦しんでいたアウレアが、突如顔を上げ、物凄い勢いでポーチュラカの口に吸い付いて来た!



「‥ぅあッ!?」



その瞬間、真白な空間でグルグル回転している様な感覚になり、意識がフツッと消えてしまう。

‥‥ハッ!?

‥‥えぇッ!?

く、苦しいッ! 灼ける、喉、息、苦しいッ‥‥

意識が戻ったかと思えば、かつて経験したことの無い苦しさ!

死ぬ‥‥!

私、死ぬんだわ!

なぜ!?


何故か分からない彼女のよく見えない目に、ぼんやりとシラン伯爵に抱きかかえられているオレンジ色の髪の女が映る。


え?
あれは、私‥‥私よ!?
ハッ!
私が、アウレア様になっている!?



「儀式は成功だな」

「ええ、伯爵夫人は無事ポーチュラカに引き継がれたわ」



その会話の意味も分からないままに彼女の命は終わった。







「アウレア様が亡くなってからもう三日だぞ!
何で、ポーチャに会えないんだよッ!?」



エリスはイライラしながらアウレアの私室へ向かっている。


アウレアが亡くなった時、ポーチャもその場にいた。

ポーチャはショックのあまり寝込んでしまった。

だからそのまま、アウレアの私室で寝かされている。


‥‥って、だからって何でシラン様しかポーチャに会えないんだよ!?

婚約者は僕だぞ!?

ま、まさかシラン様、魅力的すぎるポーチャに懸想を!?

まさか‥‥でも、もしそうだったら、絶対許さないッ!


エリスがアウレアの私室に着くと、僅かにドアが開いていて、話し声が聞こえる。



「どうだ?
もう馴染んだか?」

「ええ、もう完璧よ。
思ったより時間がかかったけど、もう完璧。
だから、ねぇ‥‥」



耳を澄まし、ドアの隙間から中を覗いていたエリスは、ポーチュラカがセクシーなネグリジェの胸をさらに開けてベッドで体をくねらせ、シランを誘っているのを目に映す。



「早速かい?
悪い子だね‥‥」



シランも満更でもなさそうにベッドに屈み込むのを見て、エリスはカッとして部屋に乱入する!

手には長剣が‥‥一週間ほど前にクレオメを真っ二つにしてやろうとした長剣が握られており、エリスは何の躊躇もなくシランの背後から思いっきり長剣を突き刺した!

長剣は骨に邪魔される事無くシランの体を背中から胸に貫き、エリスは途端に正気を取り戻す。


(や、やってしまった!
でも、僕は悪くないッ!
ポーチャは僕のものなのに、手を出そうとしたシラン様が悪い‥‥ハッ!?)


即死だろうと思われたシランが振り向き、大きな両手でガシッとエリスの顔を挟む様に掴んだ。



「‥‥やっとか。
待ったぞ。
儀式だ。
口を開けろ」



蒼白ではあるもののいつもと変わらぬシランの様子にエリスは素直に口を開ける。



「ッッ!?
ゥゥッ‥‥」



エリスの口に食らいつくようにシランが口を合わせた瞬間、

真白な空間でグルグル回転している様な感覚になり、意識がフツッと消えてしまう。

‥‥ハッ!?

痛いッ、苦しいッ! 息、苦ッ‥‥

意識が戻ったかと思えば、かつて経験したことの無い痛み!

死ぬ‥‥!

僕、死ぬのか?

なぜ!?

ハッ!



「儀式は成功ね」

「ああ、カトレア伯爵は無事エリスに引き継がれた」



愛するポーチャに答える薄紫色の髪の長身の男‥‥

アレは僕だ‥‥

そして、今、僕はシラン様になっている‥‥

僕が刺したせいで、瀕死の状態のシラン様に‥‥


魂が交換されたのだ‥‥

ああ‥‥そういう事か‥‥

全然仕事の話とかも無いし、変だとは思っていた‥‥

『若いお友達』はカトレア伯爵夫妻の新しい体‥‥



そこまで考えた時に彼の命は終わった。








☆☆☆





「はぁ、またお茶会の誘いを断られてしまったわ」



カトレア伯爵夫人が断りの手紙を畳みながら溜息する。



「フフ、クレオメに嫌われたかな?」

「クレオメはいいのよ。
本当は来たいのよ。
セロシアが私達を警戒しちゃって、クレオメを止めてるのよ。
二人を『若いお友達』にすることは絶対無いって言ってるのにね」

「少し時間を置く事だね。
それにしても君が執着するなんて珍しいね」

「気に入り過ぎたのね‥‥
あの二人、逃がさないわよ‥‥」



伯爵夫人がオレンジ色の髪をかき上げながらそう言った時。


伯爵夫人の私室のドアがコココンッ!とノックされ、返事を待たずに新しい『若いお友達』が入って来る。



「エリス様、ポーチャ様、何を話してるんですかぁ?
仕事の話ですかぁ?」

「僕たちも混ぜて下さい!
僕たち、カトレア伯爵家の事、いっぱい勉強したいんですっ!」

「そうですよぉ!
エリス様もポーチャ様もカトレア伯爵家を継いだばかりですものぉ、
私達と同じでまだあんまり仕事の事とか分かんないんでしょ‥ですよね!
だったら一緒に勉強すれば効率いいじゃないですかぁ?」



新しい『若いお友達』は貪欲で向上心が強く、自分達より年下のカトレア伯爵夫妻の地位を乗っ取ろうという魂胆が見え隠れしている。



「カトレア伯爵家は『若いお友達』に仕事なんて要求していないのよ」



やんわり断るカトレア伯爵夫人に、『若いお友達』が口を揃えて訊ねる。



「「え~~~?
じゃあ、何をすればいいんですか!?」」



カトレア伯爵夫妻は長年連れ添った熟年夫婦のように顔を見合わせ微笑み合う。



「ただ、キスが出来る距離に居てくれればいいのよ」
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