キスが出来る距離に居て

ハートリオ

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「ぐわあぁぁぁ~~~ッ」

「ぎゃあぁぁぁ~~~ッ」

「ひゃあぁぁぁ~~~ッ」

「な、何なんだ、コイツ!?
強すぎるッ!」

「くッ、くそうッ!
皆で一気にかかれッ!」

「死ねぇッ、ぐわぁッ!」



「ハァ、ハァ、くッ‥‥」

(くそッ‥‥俺のせいだ!
あの時、俺がまた冷静さを失ったから!
あのまま俺がコイツ等に素手で掴みかかっていたら、確実に殺されていただろう。
だからクレオメは自らの顔に‥‥あの美しい顔に傷をつけた‥‥!)

「ぅあ~~~ッ、クソッ!!」

(情けない!
俺は、クレオメに守られてばかりだッ‥‥!)


カンッ、カンッ、ガッ、ガキッ!
「ぐわあぁぁぁ~~~ッ」
「ぎゃあぁぁぁ~~~ッ」
「ひゃあぁぁぁ~~~ッ」




女性達が城壁の向こうへ連れ去られた後、セロシアは隙をついて剣を取り戻し、反撃に出た。

強盗団は多国籍で、元々は傭兵を生業にしていた腕自慢の集団らしく、簡単に勝てる相手ではない。

剣に自信のあるセロシアでも、手こずっている。

まあ、強盗団27名を一人で相手にしているのだから、当然の事なのだが。



「奪われた剣はそこにある!
戦える者は共に戦ってくれ!」



そうセロシアに声を掛けられた囚われ中の男達は、皆立派な剣を取り戻したにも拘らず、誰一人女性達を守る為に戦う者はいなかった。

その為、セロシアは孤軍奮闘、致命傷ではないものの、体中に傷を受けながら、必死に闘っているのだ。

もっとも、体中に傷を負ってはいるものの、セロシアが痛みを感じている傷はただ一つ、クレオメが自分を救うために自ら顔につけた傷のみである。



カーーン!
「ぐぼぉッ‥」

「くっ、くそうッ!
バケモンか!?
コイツ‥‥」

「くそうッ‥‥殺せッ‥殺ッ
ぎゃあぁッ」


「ハッ!‥‥クレオメッ!?」



ようやく敵は残り3名となったその時、城壁の方が光った様に感じて、セロシアは一瞬だけそちらへ気を取られてしまう。

戦闘能力の高い元傭兵達がその一瞬の隙を見逃すはずがなく、3方向から3人同時にセロシアに刃を向け―――












全てが

不思議なほど

ゆっくり

獲物に跳びかかる

獣の様な

血に飢えた目

血に飢えた刃が

真っ直ぐに俺を目指し

俺を貫―――
ドドドッ!!


「ェッ‥‥」
「ッ‥‥」
「!?‥‥」


ドサドサドサッ


‥‥!?


ファッ


思い出したかのように風が吹き始め、淀んでいた空気を押し流していく。

突然楽になった呼吸と開けた視界。

足元に倒れている強盗団の最後の3人。

この男達はその剣がセロシアを刺し貫く直前、刃がセロシアの体に届こうとする瞬間に同時に崩れ落ちた。

男達の体には矢が刺さっている。


矢? ハッ!


近付いて来る蹄の音のする方へ視線を向けたセロシアは自分の見ているものが信じられない。

馬上から弓を射てセロシアを助けた男は―――

淡く上品な薄紫色の髪を風に靡かせながら、神秘的な琥珀色の瞳は静かにセロシアを捉えている。


彼、か――!?


三ヶ月前、カトレア伯爵邸で出会った高身長だが線が細く、まだ少年の様な表情の19才の美青年‥‥


だが、違う。

髪も目も顔もあの男だが――


雰囲気が、放つオーラがまるで違う。

何より、あの男は弱かった‥‥


エリス‥‥エリスロニウムではない!


だったら、この、エリスの姿をした男は誰だというのか―――

セロシアは全身がゾクリと総毛立つ。



男は呆然とするセロシアの前で馬からフワリと下りると、軽く微笑んで問う。



「これで借りは返せたかな?」

「‥ッッ!」

(あの時の事か!?
双方声を出す事がなかったあの時の会話は成り立っていたのか!?)




≪勘弁してやってくれないか?≫

頭の中で響いた声に対して――


(一つ貸し、ですよ?)

――心の中で答えた。




だが、あの時の会話の相手は――



「‥あなたは、シラン様‥」

「セロシア様ッ!!」

「ハッ‥クレオメ!!」



クレオメの叫び声にセロシアは城壁の方をバッと振り向く。

城壁の入り口からクレオメが駆けて来る!



「クレオメッ!!」

「セロシア様ッ!!」



ヒシと抱き合う二人。



「ああ、何て事ッ‥!
こんなに傷を負ってッ‥
こんなにッ‥こんなッッ‥」



クレオメの両眼から涙が溢れ出し、とめどもなく流れ落ちる。



「こんな傷何でもない!
君の傷に比べたら‥‥
ハッ!?
クレオメ‥‥傷が‥‥
顔の傷が消えている!
ああ、良かった!!
あれは何かのカラクリで、傷はついてなかったんだな?」



ホッと胸をなでおろすセロシアだが‥‥



「いいえ、傷はつけました。
思ったより深く長く切ってしまって、実は少し焦りました。
だけど、治して下さったんです!
カトレア伯爵夫人が!」

「なッ!?
ハッ‥‥!」



セロシアは優雅に歩いて来るオレンジ色の髪の女に気付く。


(‥‥誰だ!?
姿はポーチュラカだが‥‥
あれも別人‥‥
ポーチュラカではない!?)


セロシアはアスター博士の言葉を思い出す。



『そこに居たのはもうワシの知っている二人じゃなかった。
カトレア伯爵夫妻に‥‥別人になっていた』


――ここに居るのはもう俺の知っている二人じゃない。
カトレア伯爵夫妻に‥‥別人になっている――という事なのか!?


目眩を覚えるセロシアに気付かぬ様に、クレオメが興奮気味に続ける。



「伯爵夫人がキスを‥‥
私が自分で傷つけた頬にキスしてくれて‥‥
気付いたら頬の傷が消えていました!
本当に、ありがとうございました!」



嬉しそうにお礼を伝えるクレオメの態度もポーチュラカに対するものではない。

‥‥伯爵夫人?

いや、カトレア伯爵夫人を引き継いだのだから伯爵夫人で間違いない。

だが、クレオメの態度は、アウレア様に対する‥‥



「‥‥ああそうか。
君も傷だらけではこの後戦えないだろう。
まだ強盗団の本隊が残っているからね」



‥‥という声とともにグイと肩を寄せられ、セロシアは頬に伯爵のキスを受ける。



「ッ!!?
何を‥‥ハッ!?」



セロシアはキスから逃れようとするも温かい光の様なものに全身を包まれ癒されていく感覚に、体に力が入らない。


伯爵が静かに唇を離すと同時に温かい光も消えるが、スッキリと清涼な心地よさが全身を包み、体中に力が漲るのを感じる。



「フッ‥‥
これをやってそんな目で睨まれたのは初めてだ。
意外に傷つくものだな‥‥」

「あら、セロシアったら。
ここはお礼を言うところよ?
どう?
もうどこも痛くないでしょう?」



伯爵夫妻にそう言われ、セロシアは自分の体から傷がきれいサッパリ消えている事にやっと気付く。



「これ‥‥は‥‥
あなた達はッ‥‥」

「混乱しているところ悪いがもうすぐ強盗団の本隊が到着する。
ざっと60人ほどだ。
私が40人、ポーチャが10人、セロシアが10人で行けるか?」



カトレア伯爵がサッと空気を変えて厳しい声でセロシアに問う。

セロシアが答える前に伯爵夫人が発言する。



「あら、あなた、無理はダメよ。
何たって、『若いお友達』が逃げちゃったんだから。
あの子達もバカよね。
きっともう強盗団の本隊にボロボロにされちゃったでしょうね。
それはいいとして、あなたが35人、私が15人、セロシアが10人でどうかしら?
――ってなるところだけど、あなた、クレオメがやってくれたわ!」

「うん?
クレオメが何を‥‥
おお、これは!」

「ブンガ王国に埋もれていたんですって。
クレオメが持って来てくれたのよ!
本当にこの子は‥‥ねぇ、あなた」

「ああ。
セロシア、君の可愛い人は、控えめに言って女神だな!」

「あ、はい!
女神で間違いありません!」

「セッ‥セロ‥」(カァァァ、ジタバタ)

「その棒きれ‥いや、それはそんなに重要なものなのですか?」



セロシアの質問に、カトレア伯爵はゾッとするほど美しく微笑む。



「丁度強盗団の本隊がやって来た。
コレの価値をそこで見ていなさい」



そう言ってカトレア伯爵は一人強盗団の方へ歩き始める。



「ッ!?
俺も行きます!
いくらシラン様だって、一人で60人を相手にするなんて‥‥」

「心配する必要無いわ。
あの方は、カトレア伯爵ですもの」



駆けだそうとするセロシアの手を握り、クレオメが微笑む。

伯爵夫人も笑みを濃くして頷く。


伯爵は満足げに女性達を見た後、セロシアに注意する。



「私は『エリス』だ。
そこは間違えないように」

「‥ッ!
あ‥‥」



またも混乱するセロシアを置いて伯爵は村から太い道へと続く細い一本道の途中で向かって来る強盗団を待つ。

ボスがいる総勢60名あまりの本隊‥‥騎馬隊は、見事に統率され、整然と並んで城壁のある村目掛けて爆走して来る。

強盗団は仲間が旅人達を捕らえているはずの村の入り口に若い男が一人で立ちはだかっているのを目にし眉を寄せる。

何だ?

邪魔だ!

このまま馬で蹴散らしてやろうか?

待て、ダメだ、勿体ない!

相当に美しい男‥‥高く売れる!


先頭を走る男達が大声で威嚇する。



「どけどけ!
死にてえのかッ!?
どかねえと踏み潰すぞッ!」



先頭のすぐ後ろを駆けて来るのは、何とカトレア伯爵家の『若いお友達』である。



「ボス!
あれが新しいカトレア伯爵です!」

「そうよ!
あれを殺れば、カトレア伯爵家はあたし達のものになります!
殺っちゃって下さいッ!」



どうやら選ばれたばかりの『若いお友達』は、カトレア伯爵家を裏切り、カトレア伯爵夫妻を強盗団に売った様だ。



「あらあら‥‥選定がテキトー過ぎたかしら?
可哀想にね、まだ若いのに‥‥」



ヴォォ‥‥ン



伯爵夫人が憐みの目を向けた直後、伯爵が手にした魔剣から光の刃が現れる。
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