異世界転移したらフェロモン系男子でした

七嶋璃

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比呂人の事情

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宿屋に戻り、ベッドに座り一息つく。
温かいもので腹いっぱいになったのに、指先は冷えていた。
「どうした、比呂人」比呂人の浮かない顔を見て、グリノルフが言う。
「ん、うーん。なんか、いろいろ思い出しちゃって」
「天津国のことか」
「まあ、そうなんだけど」
「里心がついたか」
「うーん、そういうわけでもないんだけど、なんか、なんだろう。俺、こっちに来る前に、ひとり、喧嘩したままこっちにきちゃった人がいて、そいつのこと思い出してた」
「それが心残りなのだな」
「う……ん、そうなのかな。元々、あんまうまくいってなかったんだよ。で、ひどい喧嘩して……それから……」それからどうしたのだろう。記憶にもやがかかったみたいに思い出せない。
「たぶん、こっちに来たんだと思う。よく思い出せないけど」
「そうか。ヒロトのように天津国に強い未練を残して葦津中原に来るのは珍しい」
「強い未練って言われると、なんか、ちょっと違う感じもするけど。喧嘩したばっかりのときは、どうにでもなれって思ってたし。っていうかさ、俺って向こうの世界では死んでんの?こういうのってさ、トラックに轢かれてっていうのがお約束だからさ」
「それはわからない。こちらに来た天津国人たちの話を聞くと、生死に関わるような事故にあったという者もいるが、必ずしもそうではない。普通に眠って起きたら葦津中原いたという者もいる」
「そうなんだ。俺は……どうなんだろ。全然思い出せない」
「天津国に戻りたいか」
「それは、わからない。母親のことは心配かな。あと、侑太、喧嘩したやつさ、侑太って言うんだけど、喧嘩したままっていうのはちょっと気になるかな。それ以外はあんまうまくいってなかったし、仕事とか、別にいいかな」
「心残りは人か」
「そう、かな。まあ向こうは俺のことなんか忘れてるかもしんないけど」
「母御は心配されていることだろう」
「まあ、母さんはな。母一人子一人だし。侑太は今頃楽しくやってるかも」
「なぜそう思う」
「だって、あいつ、俺に黙ってウリやってたんだよ。金ねえのはわかるけどさ。もうさ……」喧嘩したときは腹が立って仕方がなかったが、今は何にも相談されなかったことがただ悲しい。
「ウリとは男娼のことか」
「やることは一緒なんだけど、男娼って言われると、そんなに感じじゃないっていうか、ウリのほうがもっと軽いって言うか、覚悟がないっていうか。それがまたむかつくんだけど」
「よくわからないのだが。体を売るというのはそんなに悪いことなのか。自分で自分の身体をどう使おうと自由だろう」
「うーん、こっちではそうかもしんないけど向こうだとさ、体を売るって決して褒められたことじゃないんだよ。でもさ、酒場にいた人たちは全然後ろ暗そうじゃなかったし、なんか楽しそうだった。俺の心が狭いっていうか、俺間違ってたのかな」なんだか息苦しい。
「俺には細かい事情はわからんが、比呂人がそう感じたのならば別に間違ってはいないだろう。葦津中原と天津国は別の世界だ。それに、ここで悔いていても伝えるすべはない」
「確かにここで後悔してもどうにもならないのはわかってんだけど……なんかもう、わかんなくなっちゃったな」
「今日はもう休め。薬の影響も残っているだろうし、疲れているだろう。ヒロトは以前、一緒に旅をして俺の手助けをしたいと言ってくれた。しかし気が変わったらいつでも言ってくれればいい」
「別に、元の世界に帰りたいってわけじゃ……それに元の世界に戻った人間はいないって」
「俺が知らないだけかもしれない。調べたことがないからな。ヒロトが戻りたいのならば、道を探すこともできる」
「わかったよ。でも今はまだいいよ。今日は思い出しちゃったけど、今は正直そこまで考えられない」
「そうか。何かあったらいつでも言ってくれ」
「うん」グリノルフは親切で言ってくれているのはわかる。しかし、簡単に手放される気がして少し寂しかった。
「明日は市場で防寒着を買って、依頼主に会う。天津国人に会ってみたいと言っているので、できれば一緒に来てほしいが、嫌ならば宿にいても構わない」
「いいよ、一緒に行くよ」
「依頼主は、変わっているが悪い人間ではない。かなり多弁だが害はまあないだろう」
「なんだっていいよ。会うよ」
グリノルフは何も言わずに、体温を確かめるように比呂人の額に手を当てた。
「わかった。もう休むよ」
比呂人が言うと、グリノルフの手は比呂人の頬を滑り、肩を軽く叩いて離れた。
比呂人は、判然としない気持ちを抱えたままベッドに潜り込んだ。
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