クオリアの呪い

鷲野ユキ

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夜景の見えるレストランで 4/27

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俺の顔を見つけるなり、「せっかくだ、タワーの上に昇ろうじゃないか」と加賀見が誘うので、そんなことは面倒被りたかった俺は「昇ったらせっかくのタワーが見えないだろ」と返した。

どうやら納得はしてくれたようだが、今度は拾ったタクシーに詰め込まれ、なぜだかわからぬうちに加賀見と二人、六本木の夜景の良く見えるレストランでディナーをする羽目になってしまった。

「なんだって、こんなところに、アンタと来なきゃいけないんだ」

明らかに場違いだ。よくもまあ、こんなラフな格好の大学生を入店させてくれたものだ。
それはひとえに加賀見氏のフォーマルなのかあるいはふざけているのかわからない全身白のスーツ姿のおかげだったのかもしれない。仕上げに胸元には一輪のバラまで挿してある。
俺と加賀見を足して二で割れば、おそらくちょうど良いドレスコードだったのだろう。

「だから言っただろう、私のデートの練習に付き合えと」
それに、ここならばタワーもバッチリ見えるだろう、と得意げに彼はガラスを指さした。
確かに煌々と光る鉄塔が見えるものの、光の反射の加減で、ふんぞり返っている加賀見の方がくっきりと見えた。

「本当は東京タワーからこのホテルを指さして、今からあそこでディナーを一緒にと誘う算段だったのだがな」
けれどまあ私も腹が減っていたし、ちょうど良かったな。彼はガラスに映る自分の頭をどうにかまとめようと苦心しながら呟いた。

まったく、いつの時代のデートプランだ。俺は、加賀見の趣味の悪さにげんなりした。
連れ込まれたのがレストランでまだよかった。

「夜宵嬢を無事救い出した暁には、二人で祝杯を挙げるのだ」
ワイングラスを高々と掲げ、モサモサ頭がウインクした。
果たしてヤヨイ先輩が拉致に近い形でこんなところに連れられて喜ぶかはわからないが、とにかく加賀見氏はすべての謎が解けたかのような晴れ晴れとした顔をしていた。

「で、なんでその愛しのヤヨイ姫が犯人ではないってあんたは言い切れるんだ?」
俺の言葉に加賀見が目を細める。運ばれてきた前菜を、器用に口の中に運んでいる。
ずいぶんと慣れたような手つきだったが、その様子は捕食中のカマキリみたいだ。

「そうだった、君はそれを聞きたくて、私の練習に付き合ってくれてるんだったな」
静かにカトラリーを皿の上に置くと、ナプキンで口を拭う。
こんななりのくせに、加賀見は育ちがいいのだろうか。俺は逆に彼の両親の教育方針を疑ってしまった。

「もちろん、対価としてその話はしてやろう。けれどひとつ、約束してほしいことがある」
加賀見がまっすぐ俺を見つめる。
思わず俺は居住まいを正した。

「なんだ?」
「私の手柄を横取りして、夜宵嬢にいい格好するのは許さないからな」

何かと思えばそんなこと。俺は思わず肩を落とす。
その拍子にナイフが皿に当たる音が響いた。
「するわけないだろ」

それもそうか、と呟いたのち、加賀見は
「君みたいにただ存在するだけで持てはやされるような人間は、いちいち自分を良く見せる努力もしなくて良いのだろうな」と厭味ったらしい口調で呟いた。

「俺のどこにそんな要素があるんだ」
まあ、少なくともこの鳥の巣頭よりかは見目はいいだろう。目の前で喚く男を見て思う。
と同時に、人と自分の容姿を比較して、自分に勝ち目があることをひそかに喜んでいる自分にもうんざりする。

この姿は、単に遺伝的なものなだけで、俺自身が何か努力して勝ち得たものではない。
その自覚はあるが、敢えて他人に指摘されることほど腹の立つことは無い。

俺だって、好き好んでこの形で生まれてきたわけではないのに。

「俺に嫌味を言うために呼んだのか?」
そういうグチグチうるさい男はモテないぞ。厭味ったらしく俺は返してやった。

「それもそうだな」
俺の皮肉返しに食いついてくるかと思いきや、加賀見はあっさりと反論を諦めた。
「なに、人間の魅力はその内面だ。私のような理知的な人間がいかにもなハンサムじゃあ、あんまりありきたりで面白くない」

俺は想像する。いかにもなハンサムが、ホストみたいな白スーツで夜景のきれいな高級レストランでワイングラスを傾ける。
それはこのちんちくりんがこの場にいる事よりも滑稽なような気がした。
それならまだ、こいつの方がマシだ。そう思えた。

「で、人間的魅力にあふれる加賀見さんは、何を掴んだって言うんだ」
俺の三々の問いにようやく観念したらしく、彼は軽くワイングラスを持ち上げるともったいぶって口を開いた。

「殺された岩崎氏と岡本氏には、共通点することがある」
そのセリフはもう聞き飽きたとばかりに俺は返した。「ヒントはイワサキダイア、なんだろ」
「そうだ」
そうは言われたが、なぜそれが二人の共通点になるのかが結局わからずじまいだ。

「そうやってもったいぶってるけれど、結局は詳しく話せないんだろ」
「そのことで君に相談があって、それもあって呼んだのだ」
ゆっくりとグラスをテーブルに置いてため息をつく。

「確かに、決定的証拠が掴めないでいるのが現状だ」
そして今度は、俺の目をひたと見つめてこう言った。
「君と一緒に、忍び込みたいところがあるのだが」

何かと思えば、なんという物騒な依頼だろう。
俺をコソ泥か何かとでも思っているのか。
「警備室に一緒に入り込みはしたけどな、別にそういのが趣味ってわけじゃないんだ。アンタと違ってな」
「別に私だって、趣味でやっているわけではないのだ」

けれど今回は不本意ながら、そうせざるを得なくてな、と彼はぼやく。
「だが、あそこに行けば、何か手がかりを掴めるかもしれない」

あそこ。だがそこは、殺害現場の南北の保管庫でもないらしい。
「一体どこに行きたいって言うんだ」
「二つ目の事件の被害者の、岡本氏の自宅だ」
「は?」

なぜ被害者の家を調べなければならないのか。
普通、家宅捜索されるべきは加害者の自宅だろうに。

そこで俺は気が付いた。
それはつまり、加賀見も岩崎を殺したのは岡本だと考えているからなのではないか。
それならば、ヤヨイ先輩の疑いはすぐにでも晴れるだろうとこの男が強気なのもうなずける。

「わかった、やっぱり岩崎を殺したのは岡本なんだな」
思わず身を乗り出した俺を、不思議そうな目で加賀見が眺めている。
「ああ、なるほど。……そうだな、そういう考え方もあるな」

けれどヤツの反応はいまいち鈍く、うーんだの、それもアリだのと唸るばかりだ。
この様子じゃ、こいつは真実からだいぶ遠くにいるんじゃないか。
俺は少し不安になった。いやに自信満々だが、単に俺は振り回されているだけだったりして。

「正直に言うとだな。岩崎美術館で起こった殺人事件の真犯人など、私にとってはどうでも良いことなのだ」
投げやりな様子の彼の発言に、俺は耳を疑った。

「は?あんな、警備室まで忍び込んだくせに、何を」
「それはまあ、夜宵嬢が巻き添えを喰らってしまったからな」
愛しい女性の為ならなんだってするのが男という物だろう、と薄い胸を張って加賀見は鼻を鳴らした。

「けれどまあ、それも無事解決するだろうし、それよりも取り急ぎしなければならないことがある」

殺人事件をほっぽって、なぜだか被害者の自宅を調べに行きたいという。
加賀見の意図がわからず、せっかく運ばれてきた料理も手つかずのまま。
そんな俺の様子など構わずに、目の前の男はずいぶんとうまそうに牛肉を頬張っている。

「急いで、何を調べるって言うんだ」
「だから言っているだろう、岡本氏の自宅をな。人手は多い方が探す時間が短くて済むだろう。けれどぞろぞろと何人も連れて行くわけにはいかないし、君ひとりいれば充分だ」
「探すって、いったい何を探すんだ」

強いて言えばまだ見つかっていないのは岩崎氏の肋骨くらいなものだが。
けれど返ってきたのは、意外なものだった。
「美術品」

岡本だって、美大卒の学芸員なのだ。
絵の一枚や二枚くらいは家に飾ってあっても不思議ではなさそうだが、わざわざそんなものを調べてどうするというのか。

「正確に言えば、岩崎美術館から盗まれた美術品だ」
ナイフとフォークを皿にきれいに添えて、彼はナプキンで口を拭った。
「その行方と窃盗犯の親玉を捕まえるのが、今回の私の仕事の目的なのだ」

仕事。またこいつはそう言った。
やっぱりこいつ、ただの監視員アルバイトではなかったのだ。
「あんた、一体何者なんだ?」
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