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王妃と預言者と一般市民
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夢を見ていた。何度も見すぎて、そらで内容を言えるような夢。
自分はシャンポリオンという美しい国で、頼もしい王の王妃であった夢。
その彼女のたおやかで優美な姿が今の自分に重なるとは到底思えなかったが、それでも彼女が自分の中にいる、という妙な確信だけは彼にはあった。そして、その彼女が王にひどく恋い焦がれているということも。
「……碓井……おい……」
そうしてようやく会えた王は、想像外の姿であった。
まさか、ただの主婦に成り果てているとは。
けれど彼女の目に写ったかつての王は、姿を変えてもやはり愛しい王だった。だからその王に拒否されたことはひどく悲しかった。それでも彼は諦めていなかった。なぜなら……
「おい、碓井先生。電話鳴ってるよ」
どうやら連日の疲れでうたた寝していたらしい。同僚の唐澤の声で起こされ、碓井は慌ててソファから身を起こした。
「電話。鳴ったらどんなことがあっても起こせって言ったのお前だからな」
フィールドワークを主にする地質学の研究者とは思えないほどの生白い手で、唐澤秋人が碓井のスマホを彼に手渡す。
「ん、ああ、悪い……もしもし、碓井ですが」
そう応対する寝ぼけた碓井の声が、にわかに喜びの色をはらんだことに唐澤が気づかないわけがなかった。
幼馴染みで同僚。自身の見る夢の原因を探るために考古学者を目指した碓井の役に立てばと思い、地質学者になった唐澤だ。わざわざ東大の先生に、無理を言って教えを乞うて。
子供のころから発掘ごっこに付き合わされて、家にはなんだかわからない遺物がゴロゴロしていて困っているくらいには彼の夢に付き合ってやっている。だから彼のことは大抵わかるつもりだった。
たぶんあれは、例の「王」とやらからのものなのだろう。半ば羨望の混じった瞳で喜ぶ碓井の横顔を睨みながら、唐澤は再びパソコンに目をおとした。
「どうやら思い出してくれたらしい、フュオン王は」
役割をこなしたその機械を慈しむように撫でながら、碓井は満足げに言った。「しかも、発掘作業を手伝ってくれるとも言っている」
「へぇ。王様自らか?」
「ああ、畏れ多いとは私も思うが、しかしあの王国を再建するのは王の願いでもあろう。かつての栄光をぜひ王に」
「……再建したいのはお前だけなんじゃないのか?だって、その王様とやらはいまやただの主婦なんだろ?子育てやらご近所づきあいで忙しいんじゃないのか」
「嘆かわしい。王がそんなことなどしているだなんて」
「お前、全国の主婦の皆さんに謝ったほうがいいと思うぞ。あれで結構大変らしいじゃないか」
「唐澤こそなんだよただの主婦なんて。陽子さんはただの主婦じゃない、フュオン王だ」
「陽子さんとは、またずいぶん馴れ馴れしいな」
「だって。あんまり王様王様と連呼されると都合が悪いらしいから」
「そりゃそうだろうな」
唐澤はその陽子について思いを巡らす。急に王に覚醒したというその女。それははたして本当なのだろうか。急に自身の存在を崇め奉られて、いい気分になってうまく碓井のおだてに乗せられただけではないのだろうか。なにせ彼女が王である証拠など何もないのだ。ただ、突然に現れた記憶以外に。
記憶。だがそれを疑うのは、親友の碓井を疑うことになってしまう。まして碓井が陽子をおだてて何の得になる?
「そうそう、そのお前の言うシャンポリオンなんだがな」
とにかく今の碓井はご機嫌だ。それをくじいて研究意欲を萎えさせることもないだろう。そんなことよりも、唐澤には彼に報告しなければならないことがあった。
「俺も、その国について思い出してきた、といったら信じるか?」
「は?」
「フュオンティヌス王の治めるシャンポリオン。鹿やイノシシを駆り麦を育て、岩で作った神殿に住まう王妃のお前。お前ほど鮮明ではないんだが、どうやら農耕具やら遺跡の破片やらが発掘された辺りから時々夢に見るようになった」
「なんで今更。だってお前、いくら俺が夢を話しても取り合わなかったじゃないか」
「そりゃあそうだろ、正直本当に一万四千年前の地層から今更遺物が発見されるとは思っていなかった。ましてここらは富士山噴火による土石流によって、地質的にもそういったものが残りにくい場所だ」
「先生が言うならそうに違いないだろうよ。いくつかの偶然が積み重なって運よく残っていた。奇跡といって過言じゃない」
「まあ、地盤が固いのもあって多少は期待していたんだが。その分骨が折れたけどな」
「で、それをきっかけに思い出した、だと?」
「王や粕川さんがそのタイミングで覚醒したのなら別におかしくないだろ」
「そりゃそうだけど、でも俺はお前に覚えがないんだ」
「残念ながら俺はただの平民でした。ルクレティウス妃には足もとも及ばないさ」
「そうか。だが仲間が増えるのはうれしいことだ」
「仲間、ねぇ」
今までだって充分仲間だったのではないのか?お前の夢を一緒に追いかけてきたのに?
その言葉を唐澤は胸の奥にしまい込んだ。仕方ない、碓井は今浮かれているのだ。ついに憧れである王に出会えたのだから。
王様、か。羨む気持ちがないと言えば嘘になる。普通に生きていたら一生呼ばれない肩書だ。学校の演劇じゃあるまいし、王様、だなんて。
急に分不相応な肩書を手にした彼女は、今何を思っているのだろう。これからどうしたいのだろう。碓井の、王国を再現するという無謀な夢に協力でもするのだろうか。この、日本という国家を、いまさら過去の肩書一つでどうにかできるとでも思っているのか?
「あ、忘れてた。そうだ今日は粕川くんを呼んだんだったっけか」
しつこくスマホの画面を眺めていた碓井は、そのスマホがアラーム音を急に奏で始めてようやく思い出したらしい。その音と同じくして、二人のいる教授室のドアを控えめに叩く音が聞こえた。
「碓井先生、粕川ですが」
「さすが秀才は時間にも厳しいな」
「お前がルーズなだけだろ」
唐澤が慌ててテーブルの上に散らかした資料を片していると、唐澤の生白さとはちがう白い肌に黒髪の、日本人形のような女の子が現れた。
粕川理央。なかなかの秀才で、歴史学部の中では首席を争うほどの女子学生だと碓井から聞いている。着物を着せたらさぞかし似合うだろう。唐澤はそう思ったが、だがその彼女はどうにも質素な服装を好むようで、白のシャツにベージュのパンツという出で立ちだった。
「あ、唐澤先生もいらっしゃったんですね」
「うん、別に呼んだわけじゃないんだが、次の学会で今回の発見について発表したいから力を貸せと言われててね」
「逆だろ碓井先生」
「まあそんなことはどうでもいいんだが、そうだ粕川さん、唐澤先生もどうやら覚醒したらしくてね」
「唐澤先生も?」
まあまあと粕川に椅子を勧めながら碓井が嬉しそうに言った。新たな仲間の発見は彼にとって喜ばしいことのようだった。
勧められるがままに椅子に腰掛けると、待ちきれなかったのだろうか、粕川は開口一番唐澤に問いかけた。
「で、唐澤先生は何でしたか?」
「何って?」
「その、前世……と言うにはずいぶん昔ですけど、そのはるか過去の記憶の中で何者でしたか?」
「何者って」
「私は〈王の目〉のカスティリオーネ。いわゆる預言者ってやつだったみたいです」
「預言者?」
「ええ、国の運命を見定める存在です」
なんだか話が眉唾物になってきた。あり得ない地層からあり得ないものが出てきてただでさえ皆驚いているのに、王の次は預言者ときたものだ。この急にファンタジーじみた登場人物が現れたことに驚く唐澤に、
「カスティリオーネ、仕方がないよ。残念ながら、唐澤はどうやら国の中枢には深く関わっていなかったらしい」
と碓井が部屋の奥でコーヒーを淹れながら会話に加わってきた。
「そうなんですか」
「ああ、役に立てず済まないね、俺はただの……そう、一般人だ」
「そうですか。でも、そのほうがより信ぴょう性がありません?だっていきなり、王だの預言者だのが覚醒するなんて。そんな、いかにもな作り話」
「なんだ、君も全面的に信じているわけじゃないんだな」
すっかり信じて疑わない親友を横目で見やりつつ、唐澤は少し安心して彼女にそう声をかけた。
「そりゃあそうですよ。碓井先生のように学生の頃から繰り返し見るとかならともかく、ここ最近急にですよ?私、そんなに逃避願望強かったんだって思って驚いちゃいました」
「逃避願望?」
「だってそうじゃないですか。ここではないどこかで、本当の私は偉大な預言者だったんだ、なんて。そんな、憧れが生み出した妄想みたいなの。そんなこと言う人より、ここではないどこかで、自分は一般市民をやってたんです、って記憶の方がなんか信用できません?」
「その理論で言うと碓井はとんだ妄想野郎ってことになるけど」
唐澤は苦笑しながら提言した。この子、なかなか面白い子じゃないか。
「あら、そう思われたならすみません。でもそれだけを頼りに本まで出版して、さらにはほんとに過去の産物見つけ出しちゃうんですから、ほんと執念が強いですよね、碓井先生。いや、ルクレティウス妃は、って言ったほうが正しいのかもだけど」
「悪かったな、妄想執念野郎で」
ふてくされながら碓井は人数分コーヒーをテーブルの上に置く。なんだよ俺には用意してくれなかったくせに。唐澤は内心文句を垂れるが、そういえば自分がこの部屋に来た段階ですでに碓井はウトウトしかけていたのだった。
「で、たとえ一般人だったとしてもだ、名前ぐらい思い出さないか?自分の」
「自分の?」
出されたコーヒーに口を付けたものの、熱くて飲めず諦めカップを置いた唐澤に、碓井が興味津々に聞いてくる。国の中枢に関わらないゆえに一度は唐澤の覚醒への興味を失ったものの、粕川の意見を聞いて改めたらしい。過去の高度文明の国で一般市民をしていました、そのほうが信ぴょう性があると。その一言で。
「ええと……そう、確かカラシャールとか」
「ふむ、いい名前じゃないか」
「カラシャール?」
その名に反応したらしい粕川が、驚いたような瞳で唐澤を見つめた。例えるならそう、黒曜石とでも言おうか。その黒く光る瞳に見つめられて、唐澤はひどく居心地が悪かった。
「なにか思い出したのか?カスティリオーネ」
「……いえ。もし本当に私が〈王の目〉なんて大層な名前の預言者だったなら、カラシャールさんについてもっとわかることがあるかなって思ったんですけど。ぜんぜん何も見えないですね、当たり前だけど」
「まあ、古代王国において政治を呪術に頼り、王権を神聖化させて民を束ねるというのは常套手段だからな。本当に何か見えたわけじゃないんだろう、それっぽく見せかけていただけで」
ここで碓井が思いもよらずまともなことを言ったので、唐澤は思わず声を出してしまうところだった。お前、ほんとちゃんと歴史学科の教授だったのな、と。
「名前以外に他にないか?」
その碓井が、期待のこもった眼で見つめてくる。ほかに?思い出した記憶など。
ない、そう言い切ろうとしていた唇は、気付けば勝手に言葉を紡いでいた。
「ルクレティウス王妃に、ひどく恋い焦がれていたように、思う」
「俺に?」
「ち、違う!だれがこんなオッサンに憧れるか」
「同い年だろお前」
「俺……違う、カラシャールが恋していたのは、あくまでもルクレティウス妃だ」
半ば自分に言い聞かせるように唐澤は言った。そうだ、こいつのばかげた夢に付き合おうって思ったのも、きっと無意識のうちにはるか過去の自分がそうさせただけなのだろう。高台から民を見渡す王のもとに佇む美しい女性。そうだ、王妃に憧れていたのは俺だけじゃない、彼女は民すべてから愛されていたのだろうから。
「まあそうだよなぁ、あれがなんで自分なんだって悔しいからな、俺。何だって現世で美女に生まれてきてくれなかったのか」
どうやら唐澤の動揺は碓井には伝わらなかったらしい。似合わぬヒゲをさすりながら、さも悔しそうに碓井は言った。
「そうですよね、王も女性になってますし、特に過去と性別は関係ないみたいですね」
「そうだな、王のあの逞しかったこと!骨太の身体に生える体毛、たくましい眉毛。ひとたび剣を振るえば大地が割れ、弓を放てば必ず獲物を射とめる。その怪力で自ら石材を担ぎ、川の流れを変え人々を水害から守ったり」
「すごいな、まるでギリシャ神話の神々のようじゃないか」
熱く語る碓井に、茶化すように唐沢が言った。
「まあ、古代では強さがすべてみたいなところがあるからな」
確かに力あるものは魅力的だろう。けれどそこまで強いのならば、なぜシャンポリオンは滅びてしまったのだろう。唐澤は碓井の話を聞きながら疑問に思う。残念ながら、その国が無くなった理由はカラシャールの記憶にはなかった。
「そもそも我々ネアンデルタール自体が優秀だからな。部下も、民にも恵まれていた。強さだけではなく、人望もあったのだろう。私の誇りだった、フュオンティヌス王とあの国は」
「私の?」
「ん?ああ、ルクレティウス曰く、だがな。あの王妃様は、優れたネアンデルタールの頂点に立つあの王にベタ惚れだったようだし」
「でも結構、今思うとだいぶ美醜感が異なりますよね。筋骨隆々でモサモサの風貌じゃありませんでしたか?フュオンティヌス王」
その粕川の言葉に、唐澤は上野の博物館で見たネアンデルタール人の想像復元像を思い浮かべた。確かに、彫りが深くて、濃いめの顔だったような気もする。しいて言えば、古代ローマ人のような彫りの深い顔。
「確かに俺……いや、ルクレティウス妃もがっしりしてたもんな。カスティリオーネ女史も。でもあの時代は男女問わず逞しかったもんなぁ、なにしろまだ氷河期だ、厳しい自然を生き延びなきゃならん」
「そうですね、……それより先生、その呼び方やめてくれません?昨日なんて廊下でそう呼んでくるから、すっごく恥ずかしかったんですよ私」
「それは……恥ずかしいな。お前、俺のことも急にカラシャールとか呼び出したら二度と手伝わないからな」
粕川と唐澤が畳み掛けるが、本当にそれを守ってくれるかどうかは定かではなかった。なにせ、マンションの一室を訪れるなり、「王よ!」と始める輩である。それは不憫だろうなと、二人はまだ見ぬ王にそっと同情を寄せるのであった。
「まあ、そんなことはさておいて、だ」
分が悪くなったと判断したからなのだろうか、碓井は話を変えた。
「粕川君に来てもらったのはほかでもない、これから王を迎えるにあたって、我々はどうしたら良いだろうか」
「どうって。お前はどうしたいんだ、碓井」
「そりゃあ、かつての王国を復活させたいに決まってる。我々のご先祖様はホモ=サピエンスより脳の体積が大きかったことがわかっているんだ。知能においても我々の方が優れていたに決まっている。なぜその優れた種族が滅びたのかはまだ研究段階だが、少なくともヨーロッパ圏にいたネアンデルタールより長く存在していたのは確かだ。その分日本で生き延びた我々の御先祖様の知性が発達して、文明を築いているのはごく自然だ」
「けれどなぜヨーロッパ、東南アジア圏でしか発見されていないネアンデルタールが日本にいたんでしょうか」
「それはこれから調べてみないと何ともだな。単に日本の土壌が骨を残しにくく、発見されなかったからそう言われてきただけかもしれん。案外三万年前の日本の旧石器時代は彼らの手によって形成されたのかもな」
「それを探すのがお前の次の仕事か」
ようやく冷めてきたコーヒーを飲むと、唐澤が満足げに言った。
「そうなるな」
同じくコーヒーを、こちらは砂糖とミルクたっぷりのものだが、それを飲み干し碓井が続ける。甘党のくせになぜ太らないのか。それは長年親しくしている唐澤にもわからぬ謎であった。
「それと、これは昔から答えの出ない問いなんだが、なぜネアンデルタールは滅んだかも、だ。中国大陸からやってきたサピエンス、のちの縄文人だ、らに滅ぼされたんだろうってのが通説ではあるが」
そこでまるで授業さながらのように、粕川が手を挙げ碓井に質問する。
「でも先生、縄文人は争いを好まない人たちだったって古代史の中里先生は仰ってましたけど。縄文人を駆逐した弥生人こそが、争いを好む日本人の属譜の基盤になっていったとも」
「そもそもそれ以前にだ、浜北人と縄文、弥生人とは種族が異なるだろ。ホモサピエンスとネアンデルタールだ。そう考えりゃとにかく今に繋がる日本人の先祖らに我々浜北人は滅ぼされたといって差し支えるまい」
「その、いまいちよくわからんのだが」
突如として始まった碓井の浜北人講義だが、ついていけない唐澤が口を挟んだ。何せ彼の本業は地質学だ、生物学ではない。
「そもそもホモサピエンスだの、ネアンデルタールだの、どれも同じ人間だろ?何がそんなに違うっていうんだ、その、脳の容量以外に」
「……あきれたな唐澤君。君はそれでも先生かい?」
やれやれ、と大仰に肩を竦めてみせ、碓井がため息混じりに言った。「説明してやってくれ、カスティリ……いや、粕川くん」
「ええと、そもそもホモサピエンスはネアンデルタールから進化して発生したと考えられていたんですが、遺伝子塩基を研究したところ全く違う種族だというのが判明したんです。だから、厳密に言うと同じ種族ではない。同じヒト属ではありますけど」
「なんだ、じゃあサピエンスとネアンデルタールは、今で言うチンパンジーとオラウータンぐらいに違うって言うのか?」
「その通り。さしずめチンパンジーがネアンデルタール属浜北人、オラウータンがサピエンス属現生日本人ってとこだな」
「確かにチンパンジーのほうが知能は高いですけれど。じゃあ覚醒者は一概に皆賢くて優れているのでしょうか?そうとも限らないと私は思うんですけど……」
先からしきりにネアンデルタールの優位性を説く碓井に、粕川が疑問を挟んだ。「まあ、他に覚醒者の方に会っていないのでなんとも言えませんが」
「いやそもそも覚醒者は浜北人のDNAをほんとに引いているのか?」さらに疑問を投げ掛けたのは唐澤だった。
「だっておかしい、お前がそもそも言ってたじゃないか。我々はサピエンスに滅ぼされたと。なら俺たちのこの体はあくまでもサピエンスの血を引く肉体だろ。そこになぜネアンデルタール属浜北人の過去が甦るんだ、おかしいだろ」
「それなんだが……。唐澤はともかく、粕川さんは今の人類にはネアンデルタールのDNAがごくわずかではあるが受け継がれているのを知ってるな?」
「ええ、数パーセントであるがサピエンスの遺伝子にネアンデルタールのゲノムが組み込まれていると」
「そう、それで俺は調べてもらったんだ」
「何を?」
「何をって、俺の遺伝子に決まってるだろ。わざわざ富士吉田キャンパスの遺伝子工学の権威・倉木先生のとこまで行ってきたんだから」
「その富士吉田キャンパスから俺はわざわざこっちに出向いてきたんだけど」
大学によってその線引きは異なるものの、理系と文系はキャンパスを離して設置する場合が多い。この東海静岡大学もご多分に漏れず、よって本来密接な関係であるはずの考古学と地質学、生物学は離ればなれになって不便しているのである。主に唐澤が、だったが。
「で、先生。結果はどうだったんですか?」
「ああ、やはりネアンデルタールのDNAが含まれていると」
「まあそりゃそうなるだろ。だって今の人間のほとんどにはあるんだろ?」
「そうなんだが、含有率は12パーセントだった」
「それって多いのか?少ないのか?」
「多いとは言われたがな。世界的な平均で2パーセント前後だそうだ。だが他の覚醒者の遺伝子を見てみないことにはなんとも、たまたまかもしれないと。……そこで諸君、お願いがあるんだけども」
「私、嫌ですよ」
「俺も遠慮しておく」
「なんでだ!?偉大な発見のためじゃないか!なに、ちょっと血を抜かせてもらうか口の中に綿棒を突っ込むかしてくれれば」
「そんなのプライバシーの侵害ですよ」
「そうだ、もしそれで実は母親か父親と血が繋がってませんでした、なんて判明したらどうしてくれるんだ」
「なんだ、思い当たる節でもあるのか?」
「例えばの話だ」
「大丈夫、ミトコンドリアDNAは母方のみ遺伝するからな、お前がカラシャールなら少なくとも母親は本当の母親に間違いない。父親は知らんがな」
「じゃあ、私のお母さんも覚醒者の可能性が高いってことですよね、ネアンデルタールの血を継ぐものが覚醒しているのなら」
そこで粕川が首をかしげながら聞いた。母方からこの遺伝子を受け継いでいるなら、そうなるはずだけど、でも。
「そうなるが。しかし今回のことがあって電話して聞いてみたけれど、そんな知らん人の夢なんて見んわと一蹴されてしまった」
けれど碓井から返された言葉は意外なものだった。では遺伝ではないってこと?
疑問に思った粕川は碓井に問う。
「お母様、今はどちらにお住まいで?」
「母か?ああ、今は兄夫婦のところに引っ越ししてな、名古屋の方に」
「そうですか」
「それが何か?」
「遺伝だけじゃ覚醒しないのなら、場所に惹かれたのかなって思ったんですけど」
なにやら思案げに粕川が言った。
「浜北にいる、ネアンデルタールのDNAを持つ人間だけが覚醒するのかなって」
「それはありうるかも」
納得した様子で碓井がうなずく。非科学的な案ではあるが、条件だけを考えればその可能性も否定できない。じゃあ俺の母親もこっちに連れて来れば覚醒するのだろうか。たとえば、あの時代のあの国の、豪族の姫としてだとか。
「でも私の家族も誰もそんな夢を見ないっていうから。地元民なのに。なんだろうって」
「そうか。いや、でも、大丈夫、きっとお母さんと君は血がつながってるさ」
なにやら慌てたように碓井が口を濁らす。
「でしょう?そうなっちゃうじゃないですか。DNAで片そうとしたら」
不服げな表情で粕川が言った。彼女自身親を疑ったことなど一度もないけれども、今さらDNA鑑定をされるのも嫌だったし、突きつけられていい気分のものでもなかった。
「まあとりあえず、ここ静岡にシャンポリオンという高度な文明を持った国家があったかを確実に証明するとこからなんじゃないか、国を再建するにしても」
なにやら場が重くなってきた。唐沢はぬるくなったコーヒーを飲み干し口を開いた。このままでは埒が明かなさそうだったし、そろそろ彼は富士吉田に戻らなければならない時間だった。なにせ車で片道1時間以上かかるのだ。そんなこと出来るわけないだろ、と一蹴するのは容易かったが、仕事に対するモチベーションまで下げられては困る。
動機こそ突拍子もないものの、これで碓井は我が大学の誇る天才教授なのだ。大学の為にも働いてもらわなければ、経営陣に文句を言われてしまうかもしれない。なのでやんわりと希望を持たせたまま解散の流れに持っていこうとした唐澤であったが、
「証拠ならこないだ俺が見つけたじゃないか」
と当の天才教授は口を尖らせ不満そうにしている。
「あれだけじゃ弱いだろ、単に旧石器時代にギリシャローマ並みの高度文明があったのを示すだけだ。まして、その過去の記憶を私は持っています、なんてどの研究者が信じるかよ。そいつらを信じさせるほどのものを見つけないと」
そう全うな意見を唐澤がかつての王妃に申し上げると、
「具体的にはなにを?」
と粕川が身を乗り出してきた。
「一番確実なのは文字だろうなぁ。できれば読解できるほどの量のある長文が見つかればいいが」
「文字……あった気もしますけど、なんかこう、アルファベットのなりそこないみたいなのが」
記憶の底をさらうかのように、彼女はうーんと唸りながら思い出そうとする。国家成立に欠かせないのは情報だ。それはいつの時代にあっても同じこと。シャンポリオンが栄えたのも、文字の存在が欠かせないはずだ。
「劣化しにくい石とかにでも彫っててくれればいいけれど……」
たとえばロゼッタストーンのように。古代メソポタミアの文明を紐解く手がかりになったその石のことくらいはさすがの唐澤も知っていた。まあ、得意分野の素材だったからもしれないが。
「なんか、木みたいなのに鋭いペン先みたいなのを引っ掻いて書いてましたよね、文字」
そこでそろそろ粕川が思い出してきたらしい。バッグからノートを取り出して、そこにさらさらと何かを書いて見せる。
「……なんて読むんだ?」
そのメモを眺めながら唐沢が問う。
「たぶん、フュオンティヌス」
自身も半信半疑ながらに粕川が答えた。到底文字とも言い難い。まるで子供の書き損じだ。
「仕組みはローマ字と同じだったように思います。母音と子音を組み合わせて、言葉の音を表記する。ですよね?碓井先生」
「そんなような気もしたが、あいにくさすがの俺でも詳しくは覚えてないなぁ。木か、残っていたとしても文字まで読めるかどうか。あるいは石碑でも建ててくれてりゃいいんだが」碓井が、明らかに落胆の様子を見せた。
さすがに、今では当たり前のこんな質のいい紙なんて作ってはいなかった。せいぜい、古代日本人がよく利用していた木簡程度のもの。まああれも今思えば、浜北人の技術を真似しただけだったのかもしれない。もっとも上質紙を使っていたとすれば、尚更何も残っていないだろうが。
「やっぱり、発掘作業を急ぐべきなんじゃないですかね」
励ましの声をかけたのは粕川だった。推測だけではどうにもならないのが考古学だ。実績があって初めてそこから推論がされる。
「それもそうだな。奇跡的に石碑が見つかるかもしれん。とにかく掘って掘ってそれっぽいのを片っ端から見つけてかなきゃいかんだろうな」
「そうだろ、それがお前の仕事なんだから、しかも王様自ら手伝ってくれるっていうんだろ」
「ああ。週明けから王は現場に来てくれるらしい。次の月曜、11時。嘆かわしいことに家事やらなんやらがあるから夕方の四時くらいまでしかいられないそうだが、だが実際発掘作業なんて肉体労働を王にさせるわけにもいくまい。さて、どうしたものか」
「いいじゃないか、せっかく手伝ってくれるって言ってるんだ、手伝ってもらえばいいじゃないか、王様に。まずは証明できなければ何もかも空想の世界にすぎないんだから」
唐澤はあっけらかんと言い放つ。だってそうだろ、すでにここは日本という国があるんだ、そこにここに本物の王がいるから再建する、だなんて。いったいどうやってそんなことするんだ、国会を襲って総理を人質にでもとるつもりか?それじゃあただの頭のおかしい思想犯じゃないか。
親友として、そんな無謀なことを勧めるつもりは毛頭なかった。
「そうですよ、碓井先生。とりあえずは発掘調査。まだわからないこともたくさんありますから、少しずつでも明らかにしていかないと」
「けれど、せっかく王が目覚めたんだぞ?この奇跡、活かさないでどうする」
「それも原因がわからないじゃないですか。なぜ急に、私や唐澤先生を含めて覚醒者が増えたんでしょうか」
「それはおそらく、ルクレティウス妃の力だろう」
この素朴な粕川の問いに、すんなりと碓井が答えた。
「シャンポリオンを見つけ出せ。さすれば近しい者らが目覚めるだろう」
「なんですか、そのどこかの村の長老のセリフみたいなの」
突如として碓井の口から放たれた、呪文のような言葉に粕川が異を唱えた。変なの。先生がそんなこと言いだすなんて。
「俺がルクレティウスの記憶を取り戻したときから、俺の中の彼女がそう囁いていたんだ。だから俺は彼女の言うとおり、シャンポリオンの断片を見つけ出した。だからじゃないか、近しい人間たち、つまり王や粕川くんや唐澤が目覚めたのは」
「しかしまさか、そんなことが本当にあり得るとはな」
感慨深げに唐澤が言った。その話は学生の頃から聞かされていた。けれどまさか現実になるなんて。ならばこの現象は、本当にシャンポリオンがあったと、それが見つかったということの証明になるのだろうか?
「うーん、じゃあ私、とりあえず王の息子さんに話を聞いてみます。この現象が遺伝的なものなら、たぶんあの子も覚醒者だと思います。ルクレティウス、というか碓井先生にそんな力があるのなら、あの子ももう目覚めているのかも」
「そうだな、うん、ぜひそうしてくれ。人数は多ければ多いほどいいんだ。それが民主主義国家の強みだからな」
「まあ、覚醒者だからってあの国を再建したいって思うかは別だと思いますけど。ちょうど今日、これからバイトで会うと思うので、それとなく聞いてみます。多分、王――楠木君のお母様が発掘調査に加わってくれたのも、たぶん楠木君の後押しもあったと思うから」
粕川は生徒である、勇樹との会話を思い出しながらそう言った。
そこで、この会はお開きとなった。
自分はシャンポリオンという美しい国で、頼もしい王の王妃であった夢。
その彼女のたおやかで優美な姿が今の自分に重なるとは到底思えなかったが、それでも彼女が自分の中にいる、という妙な確信だけは彼にはあった。そして、その彼女が王にひどく恋い焦がれているということも。
「……碓井……おい……」
そうしてようやく会えた王は、想像外の姿であった。
まさか、ただの主婦に成り果てているとは。
けれど彼女の目に写ったかつての王は、姿を変えてもやはり愛しい王だった。だからその王に拒否されたことはひどく悲しかった。それでも彼は諦めていなかった。なぜなら……
「おい、碓井先生。電話鳴ってるよ」
どうやら連日の疲れでうたた寝していたらしい。同僚の唐澤の声で起こされ、碓井は慌ててソファから身を起こした。
「電話。鳴ったらどんなことがあっても起こせって言ったのお前だからな」
フィールドワークを主にする地質学の研究者とは思えないほどの生白い手で、唐澤秋人が碓井のスマホを彼に手渡す。
「ん、ああ、悪い……もしもし、碓井ですが」
そう応対する寝ぼけた碓井の声が、にわかに喜びの色をはらんだことに唐澤が気づかないわけがなかった。
幼馴染みで同僚。自身の見る夢の原因を探るために考古学者を目指した碓井の役に立てばと思い、地質学者になった唐澤だ。わざわざ東大の先生に、無理を言って教えを乞うて。
子供のころから発掘ごっこに付き合わされて、家にはなんだかわからない遺物がゴロゴロしていて困っているくらいには彼の夢に付き合ってやっている。だから彼のことは大抵わかるつもりだった。
たぶんあれは、例の「王」とやらからのものなのだろう。半ば羨望の混じった瞳で喜ぶ碓井の横顔を睨みながら、唐澤は再びパソコンに目をおとした。
「どうやら思い出してくれたらしい、フュオン王は」
役割をこなしたその機械を慈しむように撫でながら、碓井は満足げに言った。「しかも、発掘作業を手伝ってくれるとも言っている」
「へぇ。王様自らか?」
「ああ、畏れ多いとは私も思うが、しかしあの王国を再建するのは王の願いでもあろう。かつての栄光をぜひ王に」
「……再建したいのはお前だけなんじゃないのか?だって、その王様とやらはいまやただの主婦なんだろ?子育てやらご近所づきあいで忙しいんじゃないのか」
「嘆かわしい。王がそんなことなどしているだなんて」
「お前、全国の主婦の皆さんに謝ったほうがいいと思うぞ。あれで結構大変らしいじゃないか」
「唐澤こそなんだよただの主婦なんて。陽子さんはただの主婦じゃない、フュオン王だ」
「陽子さんとは、またずいぶん馴れ馴れしいな」
「だって。あんまり王様王様と連呼されると都合が悪いらしいから」
「そりゃそうだろうな」
唐澤はその陽子について思いを巡らす。急に王に覚醒したというその女。それははたして本当なのだろうか。急に自身の存在を崇め奉られて、いい気分になってうまく碓井のおだてに乗せられただけではないのだろうか。なにせ彼女が王である証拠など何もないのだ。ただ、突然に現れた記憶以外に。
記憶。だがそれを疑うのは、親友の碓井を疑うことになってしまう。まして碓井が陽子をおだてて何の得になる?
「そうそう、そのお前の言うシャンポリオンなんだがな」
とにかく今の碓井はご機嫌だ。それをくじいて研究意欲を萎えさせることもないだろう。そんなことよりも、唐澤には彼に報告しなければならないことがあった。
「俺も、その国について思い出してきた、といったら信じるか?」
「は?」
「フュオンティヌス王の治めるシャンポリオン。鹿やイノシシを駆り麦を育て、岩で作った神殿に住まう王妃のお前。お前ほど鮮明ではないんだが、どうやら農耕具やら遺跡の破片やらが発掘された辺りから時々夢に見るようになった」
「なんで今更。だってお前、いくら俺が夢を話しても取り合わなかったじゃないか」
「そりゃあそうだろ、正直本当に一万四千年前の地層から今更遺物が発見されるとは思っていなかった。ましてここらは富士山噴火による土石流によって、地質的にもそういったものが残りにくい場所だ」
「先生が言うならそうに違いないだろうよ。いくつかの偶然が積み重なって運よく残っていた。奇跡といって過言じゃない」
「まあ、地盤が固いのもあって多少は期待していたんだが。その分骨が折れたけどな」
「で、それをきっかけに思い出した、だと?」
「王や粕川さんがそのタイミングで覚醒したのなら別におかしくないだろ」
「そりゃそうだけど、でも俺はお前に覚えがないんだ」
「残念ながら俺はただの平民でした。ルクレティウス妃には足もとも及ばないさ」
「そうか。だが仲間が増えるのはうれしいことだ」
「仲間、ねぇ」
今までだって充分仲間だったのではないのか?お前の夢を一緒に追いかけてきたのに?
その言葉を唐澤は胸の奥にしまい込んだ。仕方ない、碓井は今浮かれているのだ。ついに憧れである王に出会えたのだから。
王様、か。羨む気持ちがないと言えば嘘になる。普通に生きていたら一生呼ばれない肩書だ。学校の演劇じゃあるまいし、王様、だなんて。
急に分不相応な肩書を手にした彼女は、今何を思っているのだろう。これからどうしたいのだろう。碓井の、王国を再現するという無謀な夢に協力でもするのだろうか。この、日本という国家を、いまさら過去の肩書一つでどうにかできるとでも思っているのか?
「あ、忘れてた。そうだ今日は粕川くんを呼んだんだったっけか」
しつこくスマホの画面を眺めていた碓井は、そのスマホがアラーム音を急に奏で始めてようやく思い出したらしい。その音と同じくして、二人のいる教授室のドアを控えめに叩く音が聞こえた。
「碓井先生、粕川ですが」
「さすが秀才は時間にも厳しいな」
「お前がルーズなだけだろ」
唐澤が慌ててテーブルの上に散らかした資料を片していると、唐澤の生白さとはちがう白い肌に黒髪の、日本人形のような女の子が現れた。
粕川理央。なかなかの秀才で、歴史学部の中では首席を争うほどの女子学生だと碓井から聞いている。着物を着せたらさぞかし似合うだろう。唐澤はそう思ったが、だがその彼女はどうにも質素な服装を好むようで、白のシャツにベージュのパンツという出で立ちだった。
「あ、唐澤先生もいらっしゃったんですね」
「うん、別に呼んだわけじゃないんだが、次の学会で今回の発見について発表したいから力を貸せと言われててね」
「逆だろ碓井先生」
「まあそんなことはどうでもいいんだが、そうだ粕川さん、唐澤先生もどうやら覚醒したらしくてね」
「唐澤先生も?」
まあまあと粕川に椅子を勧めながら碓井が嬉しそうに言った。新たな仲間の発見は彼にとって喜ばしいことのようだった。
勧められるがままに椅子に腰掛けると、待ちきれなかったのだろうか、粕川は開口一番唐澤に問いかけた。
「で、唐澤先生は何でしたか?」
「何って?」
「その、前世……と言うにはずいぶん昔ですけど、そのはるか過去の記憶の中で何者でしたか?」
「何者って」
「私は〈王の目〉のカスティリオーネ。いわゆる預言者ってやつだったみたいです」
「預言者?」
「ええ、国の運命を見定める存在です」
なんだか話が眉唾物になってきた。あり得ない地層からあり得ないものが出てきてただでさえ皆驚いているのに、王の次は預言者ときたものだ。この急にファンタジーじみた登場人物が現れたことに驚く唐澤に、
「カスティリオーネ、仕方がないよ。残念ながら、唐澤はどうやら国の中枢には深く関わっていなかったらしい」
と碓井が部屋の奥でコーヒーを淹れながら会話に加わってきた。
「そうなんですか」
「ああ、役に立てず済まないね、俺はただの……そう、一般人だ」
「そうですか。でも、そのほうがより信ぴょう性がありません?だっていきなり、王だの預言者だのが覚醒するなんて。そんな、いかにもな作り話」
「なんだ、君も全面的に信じているわけじゃないんだな」
すっかり信じて疑わない親友を横目で見やりつつ、唐澤は少し安心して彼女にそう声をかけた。
「そりゃあそうですよ。碓井先生のように学生の頃から繰り返し見るとかならともかく、ここ最近急にですよ?私、そんなに逃避願望強かったんだって思って驚いちゃいました」
「逃避願望?」
「だってそうじゃないですか。ここではないどこかで、本当の私は偉大な預言者だったんだ、なんて。そんな、憧れが生み出した妄想みたいなの。そんなこと言う人より、ここではないどこかで、自分は一般市民をやってたんです、って記憶の方がなんか信用できません?」
「その理論で言うと碓井はとんだ妄想野郎ってことになるけど」
唐澤は苦笑しながら提言した。この子、なかなか面白い子じゃないか。
「あら、そう思われたならすみません。でもそれだけを頼りに本まで出版して、さらにはほんとに過去の産物見つけ出しちゃうんですから、ほんと執念が強いですよね、碓井先生。いや、ルクレティウス妃は、って言ったほうが正しいのかもだけど」
「悪かったな、妄想執念野郎で」
ふてくされながら碓井は人数分コーヒーをテーブルの上に置く。なんだよ俺には用意してくれなかったくせに。唐澤は内心文句を垂れるが、そういえば自分がこの部屋に来た段階ですでに碓井はウトウトしかけていたのだった。
「で、たとえ一般人だったとしてもだ、名前ぐらい思い出さないか?自分の」
「自分の?」
出されたコーヒーに口を付けたものの、熱くて飲めず諦めカップを置いた唐澤に、碓井が興味津々に聞いてくる。国の中枢に関わらないゆえに一度は唐澤の覚醒への興味を失ったものの、粕川の意見を聞いて改めたらしい。過去の高度文明の国で一般市民をしていました、そのほうが信ぴょう性があると。その一言で。
「ええと……そう、確かカラシャールとか」
「ふむ、いい名前じゃないか」
「カラシャール?」
その名に反応したらしい粕川が、驚いたような瞳で唐澤を見つめた。例えるならそう、黒曜石とでも言おうか。その黒く光る瞳に見つめられて、唐澤はひどく居心地が悪かった。
「なにか思い出したのか?カスティリオーネ」
「……いえ。もし本当に私が〈王の目〉なんて大層な名前の預言者だったなら、カラシャールさんについてもっとわかることがあるかなって思ったんですけど。ぜんぜん何も見えないですね、当たり前だけど」
「まあ、古代王国において政治を呪術に頼り、王権を神聖化させて民を束ねるというのは常套手段だからな。本当に何か見えたわけじゃないんだろう、それっぽく見せかけていただけで」
ここで碓井が思いもよらずまともなことを言ったので、唐澤は思わず声を出してしまうところだった。お前、ほんとちゃんと歴史学科の教授だったのな、と。
「名前以外に他にないか?」
その碓井が、期待のこもった眼で見つめてくる。ほかに?思い出した記憶など。
ない、そう言い切ろうとしていた唇は、気付けば勝手に言葉を紡いでいた。
「ルクレティウス王妃に、ひどく恋い焦がれていたように、思う」
「俺に?」
「ち、違う!だれがこんなオッサンに憧れるか」
「同い年だろお前」
「俺……違う、カラシャールが恋していたのは、あくまでもルクレティウス妃だ」
半ば自分に言い聞かせるように唐澤は言った。そうだ、こいつのばかげた夢に付き合おうって思ったのも、きっと無意識のうちにはるか過去の自分がそうさせただけなのだろう。高台から民を見渡す王のもとに佇む美しい女性。そうだ、王妃に憧れていたのは俺だけじゃない、彼女は民すべてから愛されていたのだろうから。
「まあそうだよなぁ、あれがなんで自分なんだって悔しいからな、俺。何だって現世で美女に生まれてきてくれなかったのか」
どうやら唐澤の動揺は碓井には伝わらなかったらしい。似合わぬヒゲをさすりながら、さも悔しそうに碓井は言った。
「そうですよね、王も女性になってますし、特に過去と性別は関係ないみたいですね」
「そうだな、王のあの逞しかったこと!骨太の身体に生える体毛、たくましい眉毛。ひとたび剣を振るえば大地が割れ、弓を放てば必ず獲物を射とめる。その怪力で自ら石材を担ぎ、川の流れを変え人々を水害から守ったり」
「すごいな、まるでギリシャ神話の神々のようじゃないか」
熱く語る碓井に、茶化すように唐沢が言った。
「まあ、古代では強さがすべてみたいなところがあるからな」
確かに力あるものは魅力的だろう。けれどそこまで強いのならば、なぜシャンポリオンは滅びてしまったのだろう。唐澤は碓井の話を聞きながら疑問に思う。残念ながら、その国が無くなった理由はカラシャールの記憶にはなかった。
「そもそも我々ネアンデルタール自体が優秀だからな。部下も、民にも恵まれていた。強さだけではなく、人望もあったのだろう。私の誇りだった、フュオンティヌス王とあの国は」
「私の?」
「ん?ああ、ルクレティウス曰く、だがな。あの王妃様は、優れたネアンデルタールの頂点に立つあの王にベタ惚れだったようだし」
「でも結構、今思うとだいぶ美醜感が異なりますよね。筋骨隆々でモサモサの風貌じゃありませんでしたか?フュオンティヌス王」
その粕川の言葉に、唐澤は上野の博物館で見たネアンデルタール人の想像復元像を思い浮かべた。確かに、彫りが深くて、濃いめの顔だったような気もする。しいて言えば、古代ローマ人のような彫りの深い顔。
「確かに俺……いや、ルクレティウス妃もがっしりしてたもんな。カスティリオーネ女史も。でもあの時代は男女問わず逞しかったもんなぁ、なにしろまだ氷河期だ、厳しい自然を生き延びなきゃならん」
「そうですね、……それより先生、その呼び方やめてくれません?昨日なんて廊下でそう呼んでくるから、すっごく恥ずかしかったんですよ私」
「それは……恥ずかしいな。お前、俺のことも急にカラシャールとか呼び出したら二度と手伝わないからな」
粕川と唐澤が畳み掛けるが、本当にそれを守ってくれるかどうかは定かではなかった。なにせ、マンションの一室を訪れるなり、「王よ!」と始める輩である。それは不憫だろうなと、二人はまだ見ぬ王にそっと同情を寄せるのであった。
「まあ、そんなことはさておいて、だ」
分が悪くなったと判断したからなのだろうか、碓井は話を変えた。
「粕川君に来てもらったのはほかでもない、これから王を迎えるにあたって、我々はどうしたら良いだろうか」
「どうって。お前はどうしたいんだ、碓井」
「そりゃあ、かつての王国を復活させたいに決まってる。我々のご先祖様はホモ=サピエンスより脳の体積が大きかったことがわかっているんだ。知能においても我々の方が優れていたに決まっている。なぜその優れた種族が滅びたのかはまだ研究段階だが、少なくともヨーロッパ圏にいたネアンデルタールより長く存在していたのは確かだ。その分日本で生き延びた我々の御先祖様の知性が発達して、文明を築いているのはごく自然だ」
「けれどなぜヨーロッパ、東南アジア圏でしか発見されていないネアンデルタールが日本にいたんでしょうか」
「それはこれから調べてみないと何ともだな。単に日本の土壌が骨を残しにくく、発見されなかったからそう言われてきただけかもしれん。案外三万年前の日本の旧石器時代は彼らの手によって形成されたのかもな」
「それを探すのがお前の次の仕事か」
ようやく冷めてきたコーヒーを飲むと、唐澤が満足げに言った。
「そうなるな」
同じくコーヒーを、こちらは砂糖とミルクたっぷりのものだが、それを飲み干し碓井が続ける。甘党のくせになぜ太らないのか。それは長年親しくしている唐澤にもわからぬ謎であった。
「それと、これは昔から答えの出ない問いなんだが、なぜネアンデルタールは滅んだかも、だ。中国大陸からやってきたサピエンス、のちの縄文人だ、らに滅ぼされたんだろうってのが通説ではあるが」
そこでまるで授業さながらのように、粕川が手を挙げ碓井に質問する。
「でも先生、縄文人は争いを好まない人たちだったって古代史の中里先生は仰ってましたけど。縄文人を駆逐した弥生人こそが、争いを好む日本人の属譜の基盤になっていったとも」
「そもそもそれ以前にだ、浜北人と縄文、弥生人とは種族が異なるだろ。ホモサピエンスとネアンデルタールだ。そう考えりゃとにかく今に繋がる日本人の先祖らに我々浜北人は滅ぼされたといって差し支えるまい」
「その、いまいちよくわからんのだが」
突如として始まった碓井の浜北人講義だが、ついていけない唐澤が口を挟んだ。何せ彼の本業は地質学だ、生物学ではない。
「そもそもホモサピエンスだの、ネアンデルタールだの、どれも同じ人間だろ?何がそんなに違うっていうんだ、その、脳の容量以外に」
「……あきれたな唐澤君。君はそれでも先生かい?」
やれやれ、と大仰に肩を竦めてみせ、碓井がため息混じりに言った。「説明してやってくれ、カスティリ……いや、粕川くん」
「ええと、そもそもホモサピエンスはネアンデルタールから進化して発生したと考えられていたんですが、遺伝子塩基を研究したところ全く違う種族だというのが判明したんです。だから、厳密に言うと同じ種族ではない。同じヒト属ではありますけど」
「なんだ、じゃあサピエンスとネアンデルタールは、今で言うチンパンジーとオラウータンぐらいに違うって言うのか?」
「その通り。さしずめチンパンジーがネアンデルタール属浜北人、オラウータンがサピエンス属現生日本人ってとこだな」
「確かにチンパンジーのほうが知能は高いですけれど。じゃあ覚醒者は一概に皆賢くて優れているのでしょうか?そうとも限らないと私は思うんですけど……」
先からしきりにネアンデルタールの優位性を説く碓井に、粕川が疑問を挟んだ。「まあ、他に覚醒者の方に会っていないのでなんとも言えませんが」
「いやそもそも覚醒者は浜北人のDNAをほんとに引いているのか?」さらに疑問を投げ掛けたのは唐澤だった。
「だっておかしい、お前がそもそも言ってたじゃないか。我々はサピエンスに滅ぼされたと。なら俺たちのこの体はあくまでもサピエンスの血を引く肉体だろ。そこになぜネアンデルタール属浜北人の過去が甦るんだ、おかしいだろ」
「それなんだが……。唐澤はともかく、粕川さんは今の人類にはネアンデルタールのDNAがごくわずかではあるが受け継がれているのを知ってるな?」
「ええ、数パーセントであるがサピエンスの遺伝子にネアンデルタールのゲノムが組み込まれていると」
「そう、それで俺は調べてもらったんだ」
「何を?」
「何をって、俺の遺伝子に決まってるだろ。わざわざ富士吉田キャンパスの遺伝子工学の権威・倉木先生のとこまで行ってきたんだから」
「その富士吉田キャンパスから俺はわざわざこっちに出向いてきたんだけど」
大学によってその線引きは異なるものの、理系と文系はキャンパスを離して設置する場合が多い。この東海静岡大学もご多分に漏れず、よって本来密接な関係であるはずの考古学と地質学、生物学は離ればなれになって不便しているのである。主に唐澤が、だったが。
「で、先生。結果はどうだったんですか?」
「ああ、やはりネアンデルタールのDNAが含まれていると」
「まあそりゃそうなるだろ。だって今の人間のほとんどにはあるんだろ?」
「そうなんだが、含有率は12パーセントだった」
「それって多いのか?少ないのか?」
「多いとは言われたがな。世界的な平均で2パーセント前後だそうだ。だが他の覚醒者の遺伝子を見てみないことにはなんとも、たまたまかもしれないと。……そこで諸君、お願いがあるんだけども」
「私、嫌ですよ」
「俺も遠慮しておく」
「なんでだ!?偉大な発見のためじゃないか!なに、ちょっと血を抜かせてもらうか口の中に綿棒を突っ込むかしてくれれば」
「そんなのプライバシーの侵害ですよ」
「そうだ、もしそれで実は母親か父親と血が繋がってませんでした、なんて判明したらどうしてくれるんだ」
「なんだ、思い当たる節でもあるのか?」
「例えばの話だ」
「大丈夫、ミトコンドリアDNAは母方のみ遺伝するからな、お前がカラシャールなら少なくとも母親は本当の母親に間違いない。父親は知らんがな」
「じゃあ、私のお母さんも覚醒者の可能性が高いってことですよね、ネアンデルタールの血を継ぐものが覚醒しているのなら」
そこで粕川が首をかしげながら聞いた。母方からこの遺伝子を受け継いでいるなら、そうなるはずだけど、でも。
「そうなるが。しかし今回のことがあって電話して聞いてみたけれど、そんな知らん人の夢なんて見んわと一蹴されてしまった」
けれど碓井から返された言葉は意外なものだった。では遺伝ではないってこと?
疑問に思った粕川は碓井に問う。
「お母様、今はどちらにお住まいで?」
「母か?ああ、今は兄夫婦のところに引っ越ししてな、名古屋の方に」
「そうですか」
「それが何か?」
「遺伝だけじゃ覚醒しないのなら、場所に惹かれたのかなって思ったんですけど」
なにやら思案げに粕川が言った。
「浜北にいる、ネアンデルタールのDNAを持つ人間だけが覚醒するのかなって」
「それはありうるかも」
納得した様子で碓井がうなずく。非科学的な案ではあるが、条件だけを考えればその可能性も否定できない。じゃあ俺の母親もこっちに連れて来れば覚醒するのだろうか。たとえば、あの時代のあの国の、豪族の姫としてだとか。
「でも私の家族も誰もそんな夢を見ないっていうから。地元民なのに。なんだろうって」
「そうか。いや、でも、大丈夫、きっとお母さんと君は血がつながってるさ」
なにやら慌てたように碓井が口を濁らす。
「でしょう?そうなっちゃうじゃないですか。DNAで片そうとしたら」
不服げな表情で粕川が言った。彼女自身親を疑ったことなど一度もないけれども、今さらDNA鑑定をされるのも嫌だったし、突きつけられていい気分のものでもなかった。
「まあとりあえず、ここ静岡にシャンポリオンという高度な文明を持った国家があったかを確実に証明するとこからなんじゃないか、国を再建するにしても」
なにやら場が重くなってきた。唐沢はぬるくなったコーヒーを飲み干し口を開いた。このままでは埒が明かなさそうだったし、そろそろ彼は富士吉田に戻らなければならない時間だった。なにせ車で片道1時間以上かかるのだ。そんなこと出来るわけないだろ、と一蹴するのは容易かったが、仕事に対するモチベーションまで下げられては困る。
動機こそ突拍子もないものの、これで碓井は我が大学の誇る天才教授なのだ。大学の為にも働いてもらわなければ、経営陣に文句を言われてしまうかもしれない。なのでやんわりと希望を持たせたまま解散の流れに持っていこうとした唐澤であったが、
「証拠ならこないだ俺が見つけたじゃないか」
と当の天才教授は口を尖らせ不満そうにしている。
「あれだけじゃ弱いだろ、単に旧石器時代にギリシャローマ並みの高度文明があったのを示すだけだ。まして、その過去の記憶を私は持っています、なんてどの研究者が信じるかよ。そいつらを信じさせるほどのものを見つけないと」
そう全うな意見を唐澤がかつての王妃に申し上げると、
「具体的にはなにを?」
と粕川が身を乗り出してきた。
「一番確実なのは文字だろうなぁ。できれば読解できるほどの量のある長文が見つかればいいが」
「文字……あった気もしますけど、なんかこう、アルファベットのなりそこないみたいなのが」
記憶の底をさらうかのように、彼女はうーんと唸りながら思い出そうとする。国家成立に欠かせないのは情報だ。それはいつの時代にあっても同じこと。シャンポリオンが栄えたのも、文字の存在が欠かせないはずだ。
「劣化しにくい石とかにでも彫っててくれればいいけれど……」
たとえばロゼッタストーンのように。古代メソポタミアの文明を紐解く手がかりになったその石のことくらいはさすがの唐澤も知っていた。まあ、得意分野の素材だったからもしれないが。
「なんか、木みたいなのに鋭いペン先みたいなのを引っ掻いて書いてましたよね、文字」
そこでそろそろ粕川が思い出してきたらしい。バッグからノートを取り出して、そこにさらさらと何かを書いて見せる。
「……なんて読むんだ?」
そのメモを眺めながら唐沢が問う。
「たぶん、フュオンティヌス」
自身も半信半疑ながらに粕川が答えた。到底文字とも言い難い。まるで子供の書き損じだ。
「仕組みはローマ字と同じだったように思います。母音と子音を組み合わせて、言葉の音を表記する。ですよね?碓井先生」
「そんなような気もしたが、あいにくさすがの俺でも詳しくは覚えてないなぁ。木か、残っていたとしても文字まで読めるかどうか。あるいは石碑でも建ててくれてりゃいいんだが」碓井が、明らかに落胆の様子を見せた。
さすがに、今では当たり前のこんな質のいい紙なんて作ってはいなかった。せいぜい、古代日本人がよく利用していた木簡程度のもの。まああれも今思えば、浜北人の技術を真似しただけだったのかもしれない。もっとも上質紙を使っていたとすれば、尚更何も残っていないだろうが。
「やっぱり、発掘作業を急ぐべきなんじゃないですかね」
励ましの声をかけたのは粕川だった。推測だけではどうにもならないのが考古学だ。実績があって初めてそこから推論がされる。
「それもそうだな。奇跡的に石碑が見つかるかもしれん。とにかく掘って掘ってそれっぽいのを片っ端から見つけてかなきゃいかんだろうな」
「そうだろ、それがお前の仕事なんだから、しかも王様自ら手伝ってくれるっていうんだろ」
「ああ。週明けから王は現場に来てくれるらしい。次の月曜、11時。嘆かわしいことに家事やらなんやらがあるから夕方の四時くらいまでしかいられないそうだが、だが実際発掘作業なんて肉体労働を王にさせるわけにもいくまい。さて、どうしたものか」
「いいじゃないか、せっかく手伝ってくれるって言ってるんだ、手伝ってもらえばいいじゃないか、王様に。まずは証明できなければ何もかも空想の世界にすぎないんだから」
唐澤はあっけらかんと言い放つ。だってそうだろ、すでにここは日本という国があるんだ、そこにここに本物の王がいるから再建する、だなんて。いったいどうやってそんなことするんだ、国会を襲って総理を人質にでもとるつもりか?それじゃあただの頭のおかしい思想犯じゃないか。
親友として、そんな無謀なことを勧めるつもりは毛頭なかった。
「そうですよ、碓井先生。とりあえずは発掘調査。まだわからないこともたくさんありますから、少しずつでも明らかにしていかないと」
「けれど、せっかく王が目覚めたんだぞ?この奇跡、活かさないでどうする」
「それも原因がわからないじゃないですか。なぜ急に、私や唐澤先生を含めて覚醒者が増えたんでしょうか」
「それはおそらく、ルクレティウス妃の力だろう」
この素朴な粕川の問いに、すんなりと碓井が答えた。
「シャンポリオンを見つけ出せ。さすれば近しい者らが目覚めるだろう」
「なんですか、そのどこかの村の長老のセリフみたいなの」
突如として碓井の口から放たれた、呪文のような言葉に粕川が異を唱えた。変なの。先生がそんなこと言いだすなんて。
「俺がルクレティウスの記憶を取り戻したときから、俺の中の彼女がそう囁いていたんだ。だから俺は彼女の言うとおり、シャンポリオンの断片を見つけ出した。だからじゃないか、近しい人間たち、つまり王や粕川くんや唐澤が目覚めたのは」
「しかしまさか、そんなことが本当にあり得るとはな」
感慨深げに唐澤が言った。その話は学生の頃から聞かされていた。けれどまさか現実になるなんて。ならばこの現象は、本当にシャンポリオンがあったと、それが見つかったということの証明になるのだろうか?
「うーん、じゃあ私、とりあえず王の息子さんに話を聞いてみます。この現象が遺伝的なものなら、たぶんあの子も覚醒者だと思います。ルクレティウス、というか碓井先生にそんな力があるのなら、あの子ももう目覚めているのかも」
「そうだな、うん、ぜひそうしてくれ。人数は多ければ多いほどいいんだ。それが民主主義国家の強みだからな」
「まあ、覚醒者だからってあの国を再建したいって思うかは別だと思いますけど。ちょうど今日、これからバイトで会うと思うので、それとなく聞いてみます。多分、王――楠木君のお母様が発掘調査に加わってくれたのも、たぶん楠木君の後押しもあったと思うから」
粕川は生徒である、勇樹との会話を思い出しながらそう言った。
そこで、この会はお開きとなった。
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