主婦、王になる?

鷲野ユキ

文字の大きさ
18 / 36

より優れているのはこのワシだ

しおりを挟む
「おい、昨日のテレビはあれは何だ!?ええ、なんであんな怪しいジャーナリストなんて呼んだんだ、ワシは聞いとらんぞ?」
 朝から騒々しいのはこの部屋の主、滝沢だった。先日見た女性秘書はそんなこと日常茶飯事なのか、気にも留めずに無表情で立っている。彼女の忍耐力に黒崎は手当を付けたい気持ちになった。毎日毎日大変ですねぇ。なんなら俺の秘書に引き抜いてやろうか、とさえ思うほどに。
その不機嫌な声で早朝から怒鳴られる黒崎もたまったものではなかったが、滝沢の唯一尊敬する点が規則正しい生活なので彼は大人しくしていた。あの極悪顔で朝は5時に起き、夜は10時に眠りにつくのだ。さらには酒も女もやらないという。人は見た目と異なるんだな、黒崎はしみじみと思う。陽子が王であるように。
そんな健康的な滝沢と対照的に、見た目にふさわしく夜型人間である黒崎はまだぼんやりする頭で滝沢の恨み節を右から左へと聞き流す。
「なに、あのジャーナリストはこちらの息がかかったものですからご安心ください。現に彼はよく働いてくれたじゃないですか、さりげなく碓井先生や王のフォローに入って」
「じゃあなぜ宗教団体のことなんていちいち取り上げる?現に、あっというまにワシと優人会のつながりが暴露されてしまったじゃないか」
「遅かれ早かれいずれは日の元にさらされる運命だったんですから、こういった形で露見された方がよかったじゃないですか」
「ちっともよくない!ワシはそれを一番危惧していたというのに。どうしてくれるんだ黒崎!」
「どうもこうも。何か滝沢先生にご迷惑をかけるようなことになりましたか?」
「迷惑だらけだ!各方々から優人会への問いかけが殺到しとるんだ!」
「それはいいことじゃないですか」
「どこがだ!このままでは国会で叩かれてしまう」
「叩きたいやつには叩かせとけばいいんです。今更ほかの政治家のご機嫌取りしたって意味がないでしょう。それより媚びるべきは国民です」
「ただの一般人になにが出来るっていうんだ」
「お忘れですか?紛いなりにもこの国は民主主義国家。数の力をあなどってはいけません、ほら、現にこれを」
 そう言いながら黒崎はスマートフォンを取り出した。何も持たない無力な人々が、それでも自分をなにか大層な人物かのように見せているSNS。世に起こった出来事に対して批判家ぶるもの、やたらと同情を寄せるもの。そんな烏合の衆で形成された、コミュニケーションというには一方通行なそれを半信半疑で滝沢が覗き込めば、
『わたしも浜北人かも』
『シャンポリオンね、うんそれ知ってる』
『てか優人会めっちゃ入信したいんだけど』 
『優人会入れば俺もネアンデルタール人の仲間入りってこと?優性人種に俺もなりたい』
 などと言いたい放題だった。時折否定的な意見も見受けられるものの、そういった人間はすべてにおいて否定的のようだった。あれは駄目だ、こいつもダメだ。とにかく自分以外は許せない人間たち。それは今起こっている重大な事柄を差し置いて、いつまでも重箱の隅をつつく同士らの姿が重なりはしたが。
「なんだ、宗教法人の方は着実に信者を増やしているようだが」
「でしょう?実際友人が覚醒者だったり、家族がそうだったりする人もいるようで。この記憶を共有したいと皆我先に優人会について調べたようですね」
「だがワシは別に宗教家になりたいわけじゃない。それに伯父があの宗教法人の代表だ、ワシは資金を提供しただけで」
「ええ、けれど伯父さまが覚醒者だとしたら?」
「そうなのか?いや、遺伝的なものなら充分あり得るが」
「まあそこの真偽のほどなど関係ないのです。いまや伯父貴さまは大司祭様だ。それより、遺伝で覚醒するのなら、とうぜんその親族でもある滝沢先生が覚醒者でありますよね?」
「当然も何も、ワシはあの記憶を持ってるんだ」
「ええ、だからこそ、先生はあの宗教法人に寄付をされた」
「正確に言うと寄付ではないが」
「そう世間は思ってくれているので、そういうことにしておきましょう。で、あのこわもての政治家がそんなすばらしいことをしているなんて、と世の人々はギャップに驚くわけですな」
「確かにこわもてかもしれんが、これでもワシは国会中継ではなるべく温和な表情を心がけているんだ」
手で顎をさすりながら得意げに笑うその顔は、とてもじゃないが温和には見えなかった。けれどいちいち咎めるのも億劫だった。黒崎はそれをなかったことにして話を続ける。
「そうですね。さすが優性人種のお方だ。ネアンデルタールの血を引いているだけある」
「それはそうかもな。かねてよりこの国には愚かものが多くて困っていた。なるほどその愚か者こそがサピエンスだというわけだ」
「と人々も思ったわけですよ」
「で、それとワシの選挙戦となんの関係がある?」
「ありますとも。すばらしい人種ですばらしい人格の滝沢先生。彼こそこの国を引っ張っていくリーダにふさわしいだろう、と」
「だが王や王妃はどうなる。俺がしゃしゃり出てくるのをおとなしく見ていると思うか?」
「その点はご心配なくとお伝えしましたでしょう。それに、実際政に長けていらっしゃるのは先生です、あの二人はあくまでも過去にそうだっただけで、今はズブの素人。さすがに愚かな民とて、誰が一番ふさわしいかはおのずとわかりますでしょう」
「だが……」
「ご不安なら天皇とすり替えてしまえばよろしい。日本書紀なんぞよりはるか昔、一万四千年前の国の正当な王と王妃なのです。それをたかだか二千六百年前の神武天皇の血を引くなんて言う眉唾遺伝を未だに信じているのですから、もうそんなものやめてしまえばいいでしょう」
「しかし、そんなことをすればそれこそ国民の反感を買うのでは」
「反感など覚えないくらいに、王と王妃の偉大さを世に知らしめればいいのです。まだ碓井先生が王妃でいらしたことはメディアには漏れていません。前回はあのような形で中断となりましたが、次こそ先生のご正体を明かす時ですな」
「そうか……」
 どうやら黒崎は、悠長にメディアの力を借りてネアンデルタール属の優位性を世に浸透させていくつもりの様であった。だが、それだけで本当に人々は信じるのだろうか。滝沢は疑問を禁じ得ない。さきのSNSもしかりだ、とかく何も信じたがらない人間というのは一定数いるものだ。一人一人が批評家ぶりたい今のご時世では尚更。
 どうすればあの国は絶対に在ったと、王の力は偉大だったと知らしめることができるだろうか。伯父の宗教団体の力なぞ借りずに。 
だがとりあえずはとにかく叩きたがる同族の相手をしなければいけなかった。宗教法人との関係性、バカげた過去をお前も持つのかという攻撃的な好奇心。しかしそんなことはどうでもよかった。そんなやつらの相手などしていないで、この先を見据えなければならないというのに。
「田村」
「は」
名前を呼ばれただけで要領のいい女性秘書が電子たばこをうやうやしく持ってきた。今が正念場だ、健康にいっそう気を遣うようになった滝沢は葉巻をやめ、電子たばこに変えたのだった。それの効果のほどは分からないが、タバコを吸えば頭が冴えてくるような気がした。そうだ、黒崎などを頼っている場合ではない。より優れたこのワシこそが、行動を起こさなければ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...