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家族の食卓
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ひどく質素で味気のない食卓だった。失ってから初めて気が付くとはよく言ったものである。それをしみじみと感じている彼らは、深くため息をつくことぐらいしかできなかった。
「今日も陽子さん……いや、王は遅いのかね」
がっくりと肩を落とし、老婆が口を開く。相変わらず食べ物を口に入れたまま喋るものだから米粒がポロポロと落ちるが、今や誰もそれを片してくれなかった。
「たぶん、帰ってこないんじゃないかね」
疲れた表情で男が返す。急激な環境の変化についていけなかったのもある。心なしか頭が薄くなったような気がして、彼は気が気ではなかった。
「まさかあの子がそんな偉大な方とは知らんで……なんて失礼なことをしてしまったのか」
「けれど本当なのか?アイツがそんなえらい王様だったなんて」
「政治家の先生だってそう言ってるじゃないか」
「けど、急にそんなこと言われたって」
細々としゃべるのは家に取り残された陽子の夫の良一と義母だった。息子の勇樹もなぜだか最近、塾が忙しいからといって一緒に食卓を囲むこともあまりない。
先日見たテレビに、陽子が出ていたのには心底驚いた。
スーパーの惣菜を口に運びながら良一は思う。しかも、ネアンデルタール属浜北人の血を引いているだと?
アイツが遺跡調査のバイトなんてしたいと言ってきたときから違和感はあった。働いたこともないくせに、いきなり肉体労働なんて。せいぜい数日で音を上げるだろう、そう良一は計算していた。
あなた、働くのって大変ね。あなたのおかげで生活できているのね、わたし。そう感謝の言葉さえかけてくるだろうと信じて疑わなかったというのに。
けれど音を上げるどころかどんどん帰りが遅くなる。男が出来たのだろう、けれど言及するほど彼女に固執もしていなかったから放っておいた。それが今になって、まさか王だなどと公表するに至るとは。
「でも陽子さんが王に違いないよ、だって誰もがそう言ってるし、あたしも夢に出てきたんだ、ホンテヌス王ってのが」
「フュオンティヌスだろ、母さん。それ本当か?」
「本当だよ!あたしだってネアンデルタールのデーエヌエーがあるんだから」
「それ調べてもらったのか?」
「いや、向かいの木島さんが『あなたネアンデルタールっぽい顔つきじゃないの』って」
「顔つきって」
「でもそっくりじゃないか、あのテレビに出てた陽子さんの顔!そういや若いころはあの子も美人だったもんねぇ、あたしの若いころにそっくりじゃないか」
それはどうだろう。面食いの良一は疑問に思ったが口に出さずにおいた。母さんの若いころの写真見させてもらったけれど、とても美人だとは。
けれど確かに陽子は急に若返ったようだった。彼女が今何歳なのかもはや把握もしていなかったが、30過ぎくらいから興味を失うほどにはやつれたような顔をしていたように思う。今のご時世、世の30代はもっと若く見えるがね。職場の女の子と比べてもあんまりだった。だから良一はひどくがっかりしたものだ。ああ、俺は不良品をつかまされたのか、とも。そのやつれの原因が自分たちにあるとは露とも思わずに。
「そうだよ、あたしたちだってあのすばらしい国の民だったに違いないさ。だからはやく優人会にあたしらも入らなきゃ」
「母さん本気か?」
「だってえらい政治家の先生も、学者先生も入ってるんだろ?なら大丈夫だろ、べつにお布施を要求してくるわけでもないらしいし、すでにダンス仲間の米田さんは入ったんだと。みんな優しくて素晴らしい人ばかりなんだって」
陽子が王だというのに納得はいかなかったが、それでも周りがどんどん感化されていっているのは良一も感じていた。お前の奥さんすごいのな。君の奥方が王だとは。
周りの、良一を見る目付きさえ変わったような気がしていた。いまや良一は職場において、「王」を妻に迎え入れた男として一目置かれるようになっていた。もちろん全員が全員信じているわけでもなかっただろうが、それでも彼女は時の人だ、テレビで華々しくその過去を語った彼女のことをみな気に留めていた。過去が本当かはわからない、けれど凛とした彼女の気高さ。そのおかげだろうか、仕事もいままでの不調さが嘘のように軌道に乗り始めた。「王」の夫なら問題ないだろう?人を見る目は正確なんじゃないのか。そういう期待が自分に掛けられているのを良一は感じていた。
彼女にあやかっているのはたしかだった。あの、なにも持ち得ぬ主婦の陽子のおかげで。
だから良一は納得するしかなかった。そうだ、陽子はフュオンティヌス王の生まれ変わりなのだと。そして自分も、シャンポリオンの民だったのだろうと。
惣菜の容器をがさがさとゴミ袋に捨てている母の背を見ながら良一は思った。俺の夢にも陽子が、いやフュオンティヌスが出てきてくれればいいのに、と。
「今日も陽子さん……いや、王は遅いのかね」
がっくりと肩を落とし、老婆が口を開く。相変わらず食べ物を口に入れたまま喋るものだから米粒がポロポロと落ちるが、今や誰もそれを片してくれなかった。
「たぶん、帰ってこないんじゃないかね」
疲れた表情で男が返す。急激な環境の変化についていけなかったのもある。心なしか頭が薄くなったような気がして、彼は気が気ではなかった。
「まさかあの子がそんな偉大な方とは知らんで……なんて失礼なことをしてしまったのか」
「けれど本当なのか?アイツがそんなえらい王様だったなんて」
「政治家の先生だってそう言ってるじゃないか」
「けど、急にそんなこと言われたって」
細々としゃべるのは家に取り残された陽子の夫の良一と義母だった。息子の勇樹もなぜだか最近、塾が忙しいからといって一緒に食卓を囲むこともあまりない。
先日見たテレビに、陽子が出ていたのには心底驚いた。
スーパーの惣菜を口に運びながら良一は思う。しかも、ネアンデルタール属浜北人の血を引いているだと?
アイツが遺跡調査のバイトなんてしたいと言ってきたときから違和感はあった。働いたこともないくせに、いきなり肉体労働なんて。せいぜい数日で音を上げるだろう、そう良一は計算していた。
あなた、働くのって大変ね。あなたのおかげで生活できているのね、わたし。そう感謝の言葉さえかけてくるだろうと信じて疑わなかったというのに。
けれど音を上げるどころかどんどん帰りが遅くなる。男が出来たのだろう、けれど言及するほど彼女に固執もしていなかったから放っておいた。それが今になって、まさか王だなどと公表するに至るとは。
「でも陽子さんが王に違いないよ、だって誰もがそう言ってるし、あたしも夢に出てきたんだ、ホンテヌス王ってのが」
「フュオンティヌスだろ、母さん。それ本当か?」
「本当だよ!あたしだってネアンデルタールのデーエヌエーがあるんだから」
「それ調べてもらったのか?」
「いや、向かいの木島さんが『あなたネアンデルタールっぽい顔つきじゃないの』って」
「顔つきって」
「でもそっくりじゃないか、あのテレビに出てた陽子さんの顔!そういや若いころはあの子も美人だったもんねぇ、あたしの若いころにそっくりじゃないか」
それはどうだろう。面食いの良一は疑問に思ったが口に出さずにおいた。母さんの若いころの写真見させてもらったけれど、とても美人だとは。
けれど確かに陽子は急に若返ったようだった。彼女が今何歳なのかもはや把握もしていなかったが、30過ぎくらいから興味を失うほどにはやつれたような顔をしていたように思う。今のご時世、世の30代はもっと若く見えるがね。職場の女の子と比べてもあんまりだった。だから良一はひどくがっかりしたものだ。ああ、俺は不良品をつかまされたのか、とも。そのやつれの原因が自分たちにあるとは露とも思わずに。
「そうだよ、あたしたちだってあのすばらしい国の民だったに違いないさ。だからはやく優人会にあたしらも入らなきゃ」
「母さん本気か?」
「だってえらい政治家の先生も、学者先生も入ってるんだろ?なら大丈夫だろ、べつにお布施を要求してくるわけでもないらしいし、すでにダンス仲間の米田さんは入ったんだと。みんな優しくて素晴らしい人ばかりなんだって」
陽子が王だというのに納得はいかなかったが、それでも周りがどんどん感化されていっているのは良一も感じていた。お前の奥さんすごいのな。君の奥方が王だとは。
周りの、良一を見る目付きさえ変わったような気がしていた。いまや良一は職場において、「王」を妻に迎え入れた男として一目置かれるようになっていた。もちろん全員が全員信じているわけでもなかっただろうが、それでも彼女は時の人だ、テレビで華々しくその過去を語った彼女のことをみな気に留めていた。過去が本当かはわからない、けれど凛とした彼女の気高さ。そのおかげだろうか、仕事もいままでの不調さが嘘のように軌道に乗り始めた。「王」の夫なら問題ないだろう?人を見る目は正確なんじゃないのか。そういう期待が自分に掛けられているのを良一は感じていた。
彼女にあやかっているのはたしかだった。あの、なにも持ち得ぬ主婦の陽子のおかげで。
だから良一は納得するしかなかった。そうだ、陽子はフュオンティヌス王の生まれ変わりなのだと。そして自分も、シャンポリオンの民だったのだろうと。
惣菜の容器をがさがさとゴミ袋に捨てている母の背を見ながら良一は思った。俺の夢にも陽子が、いやフュオンティヌスが出てきてくれればいいのに、と。
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