主婦、王になる?

鷲野ユキ

文字の大きさ
26 / 36

真っ赤なフェラーリ

しおりを挟む
「でも今から東大なんてどう行くんだよ。もう電車だってないし、先生車運転出来るの?」
まさか陽子を奪還されるとは思っていなかったのだろう、手薄な警備をくぐりぬけ来た道を戻れば先の警備員は未だに放火、もといボヤ騒ぎの現場で右往左往していた。一応消防と警察も呼ばれたようで、赤いランプが騒々しい。
しかしそれが逆に幸いしたのか、皆の視線は現場に注がれており病院から出てくる彼らを誰も咎めなかった。残念ながら一台の自転車に二人乗りで来てしまったので(あれだけ大人数に関わらず、粕川家には自転車が一台しかなかったのだ)、彼らは気づかれぬよう息を殺して浜松駅まで徒歩で向かったものの、当たり前だが電車はなく。
「運転なんてできないよ、だって免許持ってないし」
自分の無計画さを後悔しつつ、なかばふて腐れたように粕川が言った。
深夜。新幹線が停まる大きな駅とはいえ、さすがに終電もとうに過ぎ、始発まで今しばらくの時間、人通りは少なかった。とはいえ地元民なのか諦めてタクシーを使うのか、居酒屋帰りの酔っぱらいがちらほらといる程度。そんな中、音符をかたどった巨大モニュメントの元、片腕と片目を怪我した女性と若い女の子、さらに若い男の子の組み合わせは目立って仕方がない。時おり好奇の目で見られて辟易していた。幸いなのは陽子の顔半分が包帯で隠されていたことか。じゃなければ噴火予告の女だと絡まれていたかもしれない。
「タクシーは?」
気を急いた陽子が提案した。借り物のスニーカーが微妙に足に合わなくてなんだか足もとがフワフワする。気を利かせて粕川が持ってきてくれた、彼女の姉だか妹だかの靴はサイズこそ同じものの持ち主の足の形に馴染んでおり、履かれるのを拒絶するような違和感があった。出来ることならこれ以上歩いたり走ったりもしたくない。早く東京に向かうならタクシーが手っ取り早いじゃない。
「でも、手持ちが」
心許なげに粕川が言った。タクシーに乗るにはお金がいる。電車より高いし距離が距離だ、一体いくらかかるのか。悲しいかな大学生の彼女にはそこまでのお金はなかった。しかもバイトの給料日前、さらには勇樹の食費やらを立て替えて回収出来ていないものだからカツカツだ。
「こんなことならクレジットカード作っておけばよかった。陽子さんは……持ってるはずないですよね」
落胆ぎみに粕川は声を落とす。そりゃあそうだろう、さっきまで病院で横になってたのだから。勇樹に至ってはもとより当てになどならない。
「そんなこと言ってる場合じゃないじゃんか、もうとりあえず乗り込めば」
勇樹は前に見た海外ドラマを思い出す。正義の為だ、多少手荒い真似をしたって。
「で運転手を襲って無賃乗車しろと?ダメだよ犯罪じゃん、すぐに捕まるのがオチだよ」
「じゃあ、碓井先生は?」
期待を込めて陽子が問う。わたしの危機にこの二人は駆けつけてくれた。まして碓井は王妃じゃない、王の一大事に気づいてくれたのではなかろうか。さすがに事態が事態だ、出てくれるんじゃ。
「そっか、そうですよね。先生に電話してみます」
そう彼女が電話をかけてみるものの、やはり彼は一電話に出なかった。
「もう、この一大事に!なにやってんのよ碓井先生!」
そう思わず粕川が叫んだときだった。闇に同化する黒スーツが、こちら目掛けて走ってくるではないか。
「うそ、逃げられたと思ったのに!」
粕川が悲鳴をあげる。陽子も腕を撃たれた時の痛みを思いだし、思わず足がすくんでしまう。その二人の手を引き、駆け出したのは勇樹だった。
「とにかく逃げよう、このままじゃ東京に行くどころか捕まっちゃう」
「でも私たち勇樹くんみたいに体力ないんだけどっ」
引きずられるように手を引かれ、乱れる呼吸で粕川が不満を垂れる。陽子に至っては、口を開く気力もないようだった。
「だったらのんきにしゃべってる場合じゃないでしょ!」
勇樹は駅から離れ、こまごまと入り組んだ商店街へと走り込む。けれど彼らを追う足音はなかなかに途絶えない。
もつれる手足を叱咤しながら駆ける粕川はどうすればいいのか考えるがそれももはやままならない。流れる汗が目に入って鬱陶しい。ああ、こんなことならあの子みたいに毎朝ジョギングでもすれば良かった。粕川は仲の良い友人の姿を思い浮かべる。見た目に似合わず彼女はあれでアクティブなのだ。もうすでに陽子さんだって限界のはずだ、大ケガをして、片目を失って、こんなに走ることなんてできるはずないのに。
そこで粕川は一人思い当たる。そういえばあの子、緋美はこのあたりに住んでなかったっけ?だってあのケーキ屋さん見覚えがある。前に緋美と一緒に行った店じゃない!
「そこの角を左!」
「えっ?」
この突然の指示に驚いた勇樹だが、しかしそれに従うしか彼に残された術はない。次は斜め左!そこから右!その的確な指示に従えば、やや古ぼけたアパートにたどり着いた。もはやどこをどう走ったかの記憶もない。似たような建物の並ぶ住宅街、それほどには入り組んだ道のりだったようで、あのしつこい追跡者もどこかでうまく撒けたようだった。
「起きてくれるといいんだけど」
そう呟きながら二階の奥の部屋を控えめに、しかし反応もなく次は強く粕川がノックすれば、寝ぼけ眼のおっとりとした女の子が扉を開いたのだった。

「追われてる?」
大声を出さなかっただけ及第点だ。いきなり夢の世界から叩き起こされて、さらには追われている、ときたものだ。いたずらにしては悪質だった。夜中に女の子の家に押し掛けるだなんて。
だから却って彼女はすんなり信じてくれた。「それは大変、とにかく上がって、休んで」と、この部屋の主である穴田緋美は親切に彼らを部屋に上げてくれたのだ。
「ごめんね、こんな真夜中に」
謝る粕川を筆頭に、緋美はその場の人々を見回した。若い男の子と、片目を包帯でグルグル巻きにされた女の人。しかも片腕は三角巾で吊るされて。骨折でもしたのだろうか?
「よくわからなけれど一大事なんでしょう?じゃなきゃそんな大怪我してこんな時間に外を走り回らないだろうし、子供はもう寝ている時間だもの」
この人も俺のこと子供扱いして!思わず勇樹の口から不平がついて出そうになるが、しかし自分達をかくまってくれているのだ。おとなしく出された水で喉の乾きを癒しつつ、けれどここで呑気に休んでいる場合でもないと思い直す。涼しい室内は生き返るようだったけれど、このままのんびりしていたら本当に死んでしまうかも知れない。
「とにかく、この国を守るために東京に行かなくっちゃならないんだ」
勇樹はすでにぐったりしてしまった母の代わりに言った。滝沢を、恐ろしい兵器を止めないと。怪我をしてまで止めたかったのだ、それを叶えられなくてどうする。
「この国を守る?」
キョトンとするばかりの緋美に、粕川がこれまでのことを説明する。ネアンデルタールのDNAを持つ自分達の話から、大昔にあった国の話、その国にかつて存在していた記憶を持つ自分の優位性を証明するために、富士噴火などという恐ろしい暴挙に走った人間がいることを。そしてそれを止めようとして、陽子が撃たれ片目を失明してしまったことを。
「ああ、あの噴火予告の動画の人ね!」
納得がいったらしい緋美は、うなだれる陽子を見て言った。
「ちがう、母さんはそう言わされただけなんだ。でも責任を感じて、噴火を止めようとしてるんだ」
「ふうん。でもなんでそれで東京に?」
「それは」
そこで粕川らは言い淀んでしまった。そう〈王の目〉が映したからだ。そう言って信じてくれるだろうか。
「うーん、理由はわからないけど東京に行けばそれを止める手だてがあると。でもどうやって行くの?あと数時間待てば新幹線に乗れるけど。でも、追われてる人間がすんなり乗せてもらえるかしら」
とりあえず細かいところは気にしない主義らしい緋美が、それよりもと続ける。
「富士山を噴火させたいのは誰?その人は偉い人?どのくらいのお金持ち?」
その問いに、ようやく息を取り戻してきた陽子が答えた。
「滝沢修。この辺りじゃ有名な政治家みたい。お金持ちだと思うわよ、なにせあの神殿を建ててくれたんだもの」
贅の限りを尽くされた、そこでの生活を陽子は思いだしながら言った。
「ふうん。じゃあその有り余るお金で、例えば警察を買収して手配をかければ」
どうやら緋美は思い付いたことをポンポンと口にするタイプのようだった。
「警察を買収?そんな、やくざ映画じゃあるまいし」そう思った勇樹が抗議の声を上げる。
「そうよそんなバカなこと。いくらなんでも警察がするわけないじゃない」
そう同調しながらも粕川は不安を隠しきれなかった。だって相手は、陽子さんの腕を銃で撃つようなやつらだ。あいつらは何者なのだろう。ヤクザ?それとも実は、まさか刑事だとか?
「そうかな。あるいは、マスコミにあなたたちの情報をリークする」
それでも妄想を止めない緋美は、ペラペラと可能性を紡ぎ出す。
「マスコミに?」
「だっていい餌じゃない、特に噴火予告をした王さまは。インチキだの、怪しい宗教家だの。その彼女がわざわざ東京を目指している。しかも噴火予言の日に。なにかするんじゃないかって思わない?」
「それは、確かに」
そういわれればそんな気がしてくるから不思議だ。勇樹は腕を組み、考えるようにうなずいた。
「むしろ世の中的に悪いのは王を名乗る怪しい女だって風潮だもの。実際噴火するわけなんてないって思ってても、そんな悪意のある発言をした彼女を世の中は許してくれるほど優しくないよ」
「でも、母さんはそう言わされただけなんだ」けれどいくらそれっぽくっても、彼はそれを認めるわけにはいかなかった。
「落ち着いて。私は世間一般の感覚を述べただけだよ。君だってそうでしょう?Aという人間が容疑者として捕まった。そう報道されたら、絶対そいつが悪いやつなんだって思うでしょう。実際そうなのかなんて、自分にはわからないのに。ほんとは冤罪なのかもしれない」
「でもテレビや警察がそう言ってるならそうなんだろ」
「ね、そう思うでしょう?」
「それは……」
確かにそうだった。流される情報を絶対だと信じていた自分。その安直さで世の人々は母さんが富士噴火なんてさせる悪意のある人間だと思われていたら。ましてまさか本当に噴火してしまったら、一体どうなってしまうのだろう。
「追っ手は陽子さんがどこに行くか予測がついてるのかしら」
そこでなにやら考えていた粕川が声を上げた。
「どうなんだろ、まさか粕川先生が予知能力に目覚めたとは思ってないだろうけど」
「予知?」
うっかり漏らした勇樹のセリフを緋美が捕らえた。彼女に聞き返され、粕川はきまり悪そうに返すしかなかった。
「うん、なんか突然目覚めたというか」
「へえ、すごい!理央にそんな力があったなんて」
しかしどうやら、疑うこともせずにどうやらすんなり信じてもらえたらしい。ずいぶんと素直な子だわ、そう思いながら
「少なくとも向かう方向には気づいてるんじゃなかしら」
と陽子が撃たれた腕をさすりつつ口を開いた。
「計画は順調だって、滝沢がわざわざ言いに来たの。その時に唐澤先生は東京まで出向いて準備してくれてるって」
「唐澤先生が?」
驚きの声を上げたのは緋美だった。先生がなんで東京に?
「なんでも、唐澤先生も富士噴火を望んで協力してくれてるんだって」
陽子が言われたとおりの言葉を返す。わたしだってとてもじゃないがあの人がそんなことをするようには見えなかったけれど、確かに滝沢はそう言ったのだ。
けれど一方唐澤と面識すらない勇樹は、その場所に疑問を覚える。
「わざわざ東京に?富士山なんてここなら目の前じゃないか」
「わたしもそう思ったの。でも、危なくない場所からなにかするつもりなのかなって。その自分の発言を滝沢が覚えていたなら、わたしの行く先は思い付くはず」
「じゃあやっぱり新幹線はやめた方がいいかも。鈍行で行くのは」
緋美は路線図を思い浮かべながら考える。どのくらいかかるんだろう?
「そんな余裕はない、あと数時間で噴火の日が来ちゃうんだから!」
「じゃあやっぱり車なんだけど、ここにいる人間はだれも運転できないよ?」大学生二人に主婦と中学生。それもそうだった。
「理央の家族は?軽トラ持ってなかったっけ?」
一度彼女の家にお呼ばれして、やはり勇樹のように大家族に驚いた緋美が思い出して提案する。だがそれは当の本人にあっけなく却下されてしまった。
「大地震が起こっても起きないような人たちだもん、電話したぐらいで起きないよ」
「じゃあ、碓井先生は?」緋美は知り得る人間を挙げてみる。たしか先生、発掘現場に車で来てた気がするけれど。
「それが、何度電話してもだめ」
「寝てるのかな、それとも先生は捕まっちゃったのかな」
ふと思い付いて緋美が口にする。囚われの先生、もとい、王妃様じゃない。碓井が大昔に王妃だった記憶をもっていると、つい今しがた粕川づたいに知ってひどく驚いたばかりではないか。
「碓井先生が捕まる?なんで?」
理解できない、というように首をひねるのは勇樹だった。
「だって下手に王さまみたいに計画を邪魔をされても困るだろうし」
「……もしかしたら、碓井さんもこの計画の一端を担ってるのかも」
今までこのやり取りをおとなしく聞いていた陽子が、か細い声で呟いた。
「先生が?なんで?」
「だって、ネアンデルタール以外いなくなればいいのに、って言ってたから」
「先生が、そんなことを?」
驚きを浮かべて碓井の教え子らは顔を見合わせた。
「そんなの……わからない、ぜんぶ憶測だもの」
だって、まさか。先生が、ねえ。そう思いながら粕川は心を整理するべく現状を口にした。「とにかく、今わかる事実は碓井先生を当てにできないってこと。それだけでしょ?」
そうだけど、でも。陽子の瞳はそう言っているように見えた。けれどあえてそれには気づかないふりをしつつ、
「どうしよう、緋美、車持ってるカレシとかいないの?」
「それはこっちの台詞だよ理央。誰かいい人いないの!?」
と教え子二人はあわてふためく。するとその二人の間に無造作に置かれたスマホが、ピロピロとこの場にふわしくないメロディを奏で始めた。
「あ、母さんからだ」
 この一分一秒を争う局面だというのに!周りの目など気にしない緋実は呑気なもので、その電話にすんなり出た。
「なに?こんな時間に。夜勤はどうしたの?」
 別に聞き耳を立てるつもりはなかったが、どうにも相手方の声が大きい。その母さんとやらのセリフが筒抜けで、
『なんかボヤ騒ぎだか誘拐だかがあったとかで、男性職員と交代しろって。万一なにかあったら危ないからって。男だからって強いわけでもないのにね、かわいそうに』
 と騒ぎ立てる女性の声が一同の耳に入った。
「でもだからってなんでこんな時間に私に電話してくるの」
 そう言いながら彼女は壁に掛けられた時計を見る。午前4時。深夜なのか早朝なのかわからない時間帯。
『だってせっかく出来たお休みじゃない、たまにはアタシだって娘と呑みたいわけよ。あとちょっとでそっちつくから待ってて』
「母さん、私未成年なんだけど。それにいくら今が夏休みだからって、こんな時間に来られても」
『大丈夫だって、あんたほぼほぼ成人じゃない、ハタチまでたかだか数か月ぐらいでアルコールで成長阻害されるもんか。それに夜更かしなんて今しかできないんだから!やれるときにやっとかなきゃ。アタシが言うんだから間違いない』
「そんなことより、今私忙しいの。富士山の噴火を止めなきゃいけない友達が家に来ててね」
『富士噴火?友達?あんなのデマに決まってるじゃない。それを信じてるの?』
「うーん、でもデマでもそれを止めようとした人を普通撃つ?」
『撃つ?』
「うん、逃げようとしたら銃で撃たれて片腕と片目怪我してるんだもん。ほんとなんじゃないかって思うじゃない」
『……あんた、その人たちと一緒なのね?待ってなさい』
「え?母さん?」
 そこで電話は途切れたらしい。困惑する緋美が、どうしよう、と一同に目配せする。
「なんか、母さんがこっちにくるから待ってろって」
「待ってろって、そんな余裕はないんだけど。急いで東京に行かないと」
 無論とばかりに異論を唱えたのは勇樹だった。なぜこの場でこの人の親を待つ必要がある?
「たぶん、怪我のことを言ったのが良くなかったのかも。母さん飲んだくれだけど、あれでも医者だから」
「医者?」
 そうだったの?と粕川がおうむ返しに聞き返す。自分と違って一人暮らしをしてる緋美の口から、あまり親の話は聞かなかった。疎遠なのかな、そう思っていたがそうでもないらしい。こんな深夜に電話をかけてくるほどには仲が良いようだった。
「うん、浜松市民病院の外科。もうこっちに向かってるみたいだし、近いからそんなにかからないとは思うけど」
『浜松市民病院!?』
 思わず三人の声が重なった。つい今しがたまでいた場所ではないか。しかも、爆炎騒ぎやら見張りを縛ったりだとか、さらには患者を連れ出したりといろいろしでかした場所だ、そこのお医者さんがこちらに向かってくる。それって、まずいんじゃないの?
「ええと……時間も時間だし、そろそろ私たちお暇するね」
 冷や汗もダラダラに粕川が緋美に言ったその時。
『ブオォォォォォン!!』
 時間帯を全く考えない、非常識なエンジン音が外に聞こえた。
「あ、来たみたい」
 けれど慣れたものなのだろうか、緋美がのんびり言い終わるか終らないかのうちに、バタンと扉を開ける音が狭い部屋に響いた。
そこには、白衣のままの女性の姿。しかしその白衣の中に真っ赤なシャツに黒のタイトスカートを着ているものだからひどくけばけばしい。まるでコスプレの女医さんみたい、陽子は思ったがその人はコスプレをするような歳でもなさそうだった。なにせ大学生の娘がいるのだ。いくら若くして産んでも40代。けれど痛々しいという印象も受けなかった。
 そうぼんやり陽子が思っていると。
「あんた!!怪我も治ってないのになに逃げ出してんの!!」
 まるで宿題をやらずに遊びに出てしまった子供を叱るかのような声が、部屋中に行き渡った。
    
「話は分かった。あんたたちが一連の犯人だってことは」
取り急ぎ、彼らはこの突如として現れた人物に自分たちの身の潔白を証明しなければならなかった。緋美に話したことをそっくりそのまま伝えれば、犯人呼ばわりときたものだ。
「そんな、犯人だなんて」
 抗議するのは勇樹だった。だって、母さんは悪いやつらに捕まってたんだぞ。犯人は向こうじゃないか!
「いくらその滝沢とかいう人がヤバイやつでも、あんたを病院に連れてくるだけの常識はあったんだ。それをなんだい、そこから連れ出して、そんな身体で走り回させて。大丈夫だと思ったの?」
「それは……」
 正直粕川だって勇樹だって、陽子の身体を考えなかったわけではない。けれどその本人が急かすのだ、はやく止めなければと。そのことを彼女に告げれば、
「ふうん」
 とジト目で返される。「そんなこと本当に信じるとでも?」
「信じてもらえないかもだけど、本当なんです!」
腕を組み疑いのまなざしを向けるその女医に、粕川は必死の抗議をした。このまま病院に連れ戻されることだけはなんとしてでも阻止しなければならなかった。
「相手に信じてもらうには、まだまだ説明も不十分だし何より説得力もない。けど、とにかくあんたたちを東京に連れてけばいいんだね?」
 けれどまるで娘そっくりに、細かいことを気にしない豪胆さでその女医は納得してくれたようだった。
「じゃあ、ちょうどあたしも暇だし連れてってあげる。けれど着いてから何をするのか知らないけど、そこの怪我人は東京の知人の病院に押し込むからね」
「ええ、そんな」
 思わず声を上げたのは陽子だった。わたしのせいで、こんなことになってしまったのに。
「そんな身体で何が出来る。ええと、王だかなんだか知らないけどね、怪我人はただの足手まといだ。それくらい、わかるだろ?」
「それは、そうだけど」
「あんたが無茶したからあの国は滅びたんだ。肝に銘じておくんだね」
「え?」
 一同は思わず顔を見合わせた。今、なんと?
「とにかく急ぐんだろ、大丈夫、アタシの腕なら2時間で着くさ」
 そう自信げに笑う彼女は部屋の扉を開けた。その先、手すりのさらに下の道端には、真っ赤なフェラーリが一台停まっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...