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魔女の城1

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 天井のがらんとした、ひどく広い空間だった。
 円型の天井にはまばゆいシャンデリアが飾られ、さらにその上、積み上げられたレンガの壁には小窓が数か所備え付けられている。天気が良ければ陽でも差し込んでいたのだろうが、あいにくの天気で採光の機能は果たせていなかった。
 視線を下に戻せば、カウンターには所狭しとご馳走が並べられていた。さらに奥には立派な暖炉。火がくべられているものの、それだけで暖まるはずがない。シャンデリアで目隠しするかのように、ひっそりとエアコンが数ヶ所取り付けられていた。
 あれのせいでこんなに暑いのか。
 宮守社はこっそりとパーティー会場を抜け出した。扉一枚を隔てた廊下は嘘のようにひんやりとしていて、火照った身体にはちょうど良い。
 賑やかな会場と変わって、廊下は別世界のようだった。時折扉の向こうから人々の談笑が聞こえてくるが、この薄暗い場所からでは遠い世界の出来事のように思えた。絵画が飾られた回廊はさながら美術館のようで、違う場所に迷い込んだ気分になる。
 さすがは金持ちの家だっただけある。会場を抜けたものの特にすることのなかった社は、片手でネクタイを緩めながらぼんやりとそれらを眺めていた。珍しく礼服なんぞを着込んでいるものだからなんだか息苦しい。
 花と池の絵、砂漠とライオンの絵、どこかの街の絵。
 よくわからないけれど、きっと高いんだろう。この建物だって、造るのにいくらかかったことやら。ほっと息をつきながら下世話なことを考えていると後ろから急に声をかけられ、社はあやうく手にしたグラスを落とすところだった。
「おいおい、仕事中に何をサボっとるんじゃ」
 するりと会場を抜け出した社を良く見つけたものだ。声を掛けてきたのは、このパーティーの主催者であり、社の雇用主でもある寿社長だった。
 まったく、油断も隙もあったもんじゃない。
「サボってなんてないですよ。そもそも、出るわけないじゃないですか」
 驚く胸をなだめつつ、落下の危機を無事逃れたシャンパングラスを持て余し社は返す。
「だって改装前にちゃんと処理したんですから」
「わからんぞ、まだ残ってるのがいるかもしれん。なにしろ、あんなことがあったんじゃからな」
「なんでこんな物件なんて購入したんですか」
「だって、安かったんじゃもん」
 社長は少しも悪びれた様子がない。確かにこの広さと建物を考えれば安いに違いないだろうが、それでも庶民の社には到底手の届かないお値段だ。
「もう何も残ってませんよ。だから僕、もう帰ってもいいですかね」
 社は窓の外を見ながら寿社長に懇願する。なんだか天気の具合も悪そうだった。晴れていれば遠くに海を臨めたのだろうが、窓の先には白しか見えない。かすかに聞こえただろう潮騒の音も、風の唸る音によってかき消されていた。
 雪の降る時期ではあるが、それにしても例年より量が多い気がする。そもそも車の運転はあまり得意ではない。まして吹雪きはじめたらやっかいだ。そんな中、安全に帰れる自信もなかった。こんな辺鄙なところならなおさら。
「社長、こんなところにいらしたんですか?」
 突然声を掛けられ、社は再びグラスを落としそうになる。背後から、年齢を一切感じさせないスレンダーな身体をダークグレーのスーツに包む女性が現れた。その姿は、まるで良くできた社長秘書のよう。事実彼女はそうなのだから、これ以上ふさわしい格好もないだろう。
「ダメですよ、主催者がこんなところで油を売っていたら。せっかくのホテル完成記念パーティーなんですから。さあさあ、早くお戻りくださいな」
「いや、そうは言ってもじゃの、鶴野君。万一出ないとも限らんじゃろ、ワシはそう思っての」
「もう宴もたけなわですよ、ここまで出てこなかったんですからガセネタだったんでしょう。よかったじゃありませんか、いい買い物をしましたね、社長」
「いやいや、そうは言ってもだね、事実噂もあるわけだし、ああいうのは夜に出るものなんだから、もう少し様子を見てみないと」
「なにを今さら、まさか怯えてらっしゃるんですか?それでも天下のことぶき不動産の社長ですか」
「別に怯えてるわけじゃないんだがの、それより出るか出ないかが問題でな」
「はいはい、もう出ませんよ。とにかく会場にお戻りくださいな。皆様がお探しですのよ」
 そう言うなり、鶴野さんは寿社長の着物の襟をつかみ、ずるずると扉の方へ引きずっていってしまった。二人を呆然と見送って、そういえば帰宅していいかの許可を貰いそびれたと社は扉の方へと駆け寄った。その時だった。
 身を凍らすほどの風が通り抜けた。社は誰かが窓でも開けたのかと思い窓辺に目をやるも、開け放たれた様子はない。
 ならばなぜ?そう疑問に思いながらも再び視線を会場の扉へとやれば、そこには先から社長が執拗に気にしていた存在がふわふわと漂っていた。
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