丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

文字の大きさ
32 / 80
あの子が欲しい

あの子が欲しい-4

しおりを挟む
白石さんの家ってことは、やっぱり正光寺なんだろうか。
そう目論見をつけていたものの、彼女に連れられてやってきたのはそこではなくて、そこから少し離れた住宅街だった。
そこに突如として現れたのは。

「これ……著作権とか大丈夫なの?」
「売り物やなかけん大丈夫って、言い張ってはいるんやけど……」

苦い顔で白石さんがそいつらを睨んだ。そこには、飄々とした顔のミッキーマウス。
いやそれだけじゃない。ドラえもんやらピカチュウやら、知らない人間はいないだろうキャラクターたちが勢ぞろいしていた。

「ここって、石屋さん?」
「そ」

改めて、僕はあたりを見回した。見慣れたキャラクターのほかに、石でできたベンチとか、猫や犬の石像まである。ひいてはハムスターや小鳥まで。

「この石屋さんは、かわいいものが好きなのかな」
「あ、そらペットん墓石用ね。最近多かばいっちゃ、飼うとったペットに似た石像ば作って墓石にするんよ」

そんなものもあるのか。確かに、気持ちはわからなくもない。前に飼っていた亀を死なせてしまって、土に埋めたことがある。仕方なしに目印で割り箸を差したけれど、あまりに貧相なそのお墓を見下ろして、自分のところに来てしまったあの動物に申し訳なくて仕方がなかった思い出がある。

せめてこういう立派なものを用意してあげられれば、少なくとも僕の心は晴れただろう。土に眠る両生類がどう思うかはわからないけれど。

「で、ここがうちん家」
しれっと答え、彼女は門をくぐった。確かに、表札には白石の文字。
「え、お寺の娘さんじゃ」
「よう父ちゃんが墓石なんか卸しとるけん、ちょっとした知り合いなんやばいね、あん住職んじーさんとは」

なんだ、そうだったのか。想像していたのとは違う現実に、僕は驚く。
「でも、なんで丸藤さんと」
そこまで言いかけて、僕は合点がいった。丸藤さんの身体を洗ってあげたりだとか。彼女はそう言っていた。
身体。

「もしかして、『本体』がここにあるってこと?」
「そん通り」
彼女はそのまま玄関には向かわず、家の裏手側へと回った。
それについていくと、申し訳程度に備え付けられたトタンの屋根の下、僕の両手を広げたくらいの大きさの、大きい以外はどうと言うことのない黒い石が置かれていた。

「これが丸藤さん?」
「そうばい。今日は一日寝てるつもりみたいやけど」
そう言いつつ、彼女は近くの蛇口からバケツに水を汲むと、無造作にそれを石に流しかけた。

「こうやって毎日、水ば掛けてブラシでこすれって。いちいちせからしかとよね」
ただでさえタダで置かせちゃってるとに、と白石さんは容赦ない。そのままデッキブラシでごしごしと、石というより岩を洗い始めた。

「でもなんで、白石さんちに?」
「知らんばいよ、物心ついたころからあったけん。たぶん父ちゃんがどっかで拾うてきたんやろうけど」

拾ってきた、と言うにはずいぶん大きいサイズだけど、石屋さんならそれもわかる。
たぶん何かの材料として持ってきたのだろう。そしてそれをこれ幸いに、彼は元居た所より栄えているこの場所で、探偵業を始めたというわけだ。

「……うるさいな、なんだ」
やけくそみたいに力を込めて石を磨く白石さんの向こうに、ぼんやりと人影が現れる。
それは段々と輪郭を濃くしていき、やがて見慣れた丸藤さんの姿となった。

「せからしかとはなによ、これでも事件解決んお礼ばしてあげに来たとばってん」
「今日は日曜だ、神も休む日だと決まってる。するならほかの日にしてくれ」
「せっかくナオも来てくれたっていうとに」

頬を膨らます白石さんの影にいた僕を認めたのだろう、探偵が軽く眉を上げた。
その顔は、少し困ったような顔だった。なんでこんなところにいるんだ、と言わんばかりの。

「白石さんが丸藤さんにお礼のごちそうするから手伝えって。……その、神様もパンケーキとか食べるのかなって思ったら、気になって」

答える僕に、しかめ面だった探偵が笑った。寝起きなのもあるかもしれない。ふんわりとした笑顔だった。
「食べれたら良かったんだがな。甘いものは嫌いじゃなかったから」

その声は、少し悲しそうな色を含んでいて、僕は改めて彼がかつて人間だったということを思い出す。
こんな石の神様になんて、なんでなってしまったのだろう。

「あいにく甘うはなかけれど」
ひとしきり岩を洗い終えた白石さんが口を開いた。
「石屋ん本気んフルコース、振舞うちゃるけん」

にやりと笑う彼女の合図で、僕は休む間もなく仕事に励む羽目となる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...