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学び舎の祟り
学び舎の祟り-1
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二学期。夏休みは終わったけれど、夏は寂しがり屋なのか未だ去ろうとしない。
開放的に窓を開け放つこの学校は、エコなのかあいにくとクーラーが各教室にはついていなくて。
つまり、とても暑い。
こんな時、自分も丸藤さんやミサキみたいだったらいいのになと思う。
暑さ寒さをものとしない神様は、さぞ便利だろう。僕と彼らの間には、どうやっても越えられない壁がある。
わかってはいるけれど。
「ナオ、一緒にご飯食べよ」
厳しい残暑に音を上げて、ぐったりする僕に声がかかる。この、やたらと明るい声。
視線だけそちらに向ければ、白石さんが我が物顔で隣の空いた席に腰かけていた。
そう、二学期になってからというものの、やたらと彼女は僕にかまうようになった。
夏休みの間に色々あったからだとは思う。
けれど、彼女には他に友達もたくさんいるのに、なんで僕と一緒に居るたがるのか。
今だって、彼女の席は廊下側で、僕の席は校庭側と真反対だ。
それをわざわざやってきて。
まあ、おかげで他のクラスメイトとも少し話すようになって、ようやく僕の中でクラスメイトの名前と顔が一致してきたのではあるのだけど。
「ごはん……」
ぼんやりとした声で僕はうめく。
一応、コンビニ(というか商店?)で買って来たパンはある。
けれど、なんだかあまり食べる気もしなかった。妙に喉が渇くだけで、さっきからジュースばかり飲んでしまう。
「ちゃんと食べんばだめばい、だって成長期やろ」
うちだってもっと身長伸びるはずなんだから、とブツブツ言いながら彼女は弁当箱を取り出した。
てきぱきと包みをほどき、ふたを開けた中には色とりどりのお惣菜。
昔、運動会の時に母親が気合を入れて作ってくれたようなやつだった。
結局あの時も、見に来てくれたのはお母さんだけだったとか、そんな余計なことを思い出す。
「すごいね、それお母さんが作ってくれたの?」
何の気なしにそう聞いて、すると彼女は一瞬の間を置いて明るく答えた。
「ううん、これうちが作ったんだよ」
「え、本当に?これ全部?」
「そ。まあ、昨日の夕飯の残りとかも入っとるけど」
うち、料理は得意だから。彼女は少し照れたように笑った。
「へえ、すごいなあ、わたし、本当に料理が苦手で」
女の子ならこれくらい出来て当り前、なんだろうか。だとしたら僕は、やっぱり向いてない。
なんで女の人は料理が出来ないといけないんだろう。レストランのシェフは、男の人の方が多いのに。
「うちも別に好きってわけやなか、まあ慣ればいね」
そう呟いて、彼女はミニトマトを口の中に放り込む。
慣れ、だけで、こんなに出来るかなあ。
「それに、出来るに越したことはなかやろ」
人間、食べんば死んでしまうけんね、と彼女はおかずを頬ばった。
うーん、確かにそうなんだけど。
「ほら、ナオもちょっとでよかけん食べな」
ちょっと作りすぎたし、もしよかったら。
そう言って、彼女は僕の前にお弁当箱を差し出した。
確かに小柄な彼女が食べるには、成長期、といえ少し量が多い気もする。
差し出されたお弁当から、いいにおいがしてきた。ぐったりしていた胃が、少し目を覚ましたようだった。
僕の目が、物欲しそうに弁当箱の中身を物色する。
「……本当にいいの?」
「うん、どれでも好きなのどうぞ」
唐揚げ、ハンバーグ、ポテトサラダ。
およそ嫌いな人はあまりいないんじゃないかというラインナップがひしめいている。
本当に、運動会のお弁当だ。
僕は改めて思った。こんなのを毎日、彼女は作っているのだろうか。
ハンバーグだけだって、玉ねぎを切るだけで僕は閉口してしまうのに。
僕の視線が、ハンバーグに狙いを定めた時だった。
「ねえ、ちょっとちょっと、ねえ聞いた?」
慌ただしく扉を開けて、僕ら――正確に言えば白石さんだ、のもとに駆けてきたのは知らない女子。
顔にあまり見覚えがないけれど、この騒がしい声は聞き覚えがある。
そういえば、ツバキの噂話を話してたの、この子じゃないだろうか。
あんまり大きな声で話すから、耳に入って、変に意識してしまって。
「うちんクラス、マジでやばいんだって」
そう言って彼女は、白石さんの隣に腰かける。
なんだかつまみ食いする感じでもなくなってしまって、僕の胃が可哀そうにギュルギュルと音を立てるだけだった。
乱入してきたその子は、そのまま僕など見えないみたいに白石さんに話し始める。
「呪われてんのよきっと、あの子の祟りなんだよ」
僕は仕方なく、持ってきたレーズンパンをちぎって口に放り込んだ。
口の中が嫌に乾く。
「ちょっとミズホ、落ち着きなよ。急になんなの?」
こっちはナオと一緒にご飯食べてたんだから、と白石さんに怒られて、ようやくミズホと呼ばれた彼女は僕に気づいたらしい。
「あ、あんた、東京から来た子でしょ!」
それが、僕に向けての第一声だった。
「え、はあ、そうだけど」
彼女がこちらに身を乗り出してくるものだから、自然と僕はのけぞる形となる。
パンが喉に詰まって、軽くむせる。一学期の途中に越して来た時だって、このクラスの人たちはここまじゃなかったぞ。
「いいなあ東京、大学は絶対都内のに行きたいんだよね、あたし」
東京のどの辺?原宿?下北?と、今度は興味が僕に移ったのか、彼女は矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる。
いや、矢どころじゃない、マシンガンみたいだった。数多の銃弾が、僕の身体に穴を開けようと襲い掛かってくる。
「うるさいなあ、静かにしてよ」
いつもニコニコしているイメージの白石さんでさえ、うんざりしたように呟いた。
「それに、うちのクラスに何しに来たの」
「あ、そうやった」
そこでぴたりと彼女は口をつぐむと、今度はやたら意味ありげに、妙にゆっくりと喋りしだした。
「うちのクラスの七瀬って子が、クラスメイトを祟ってるの」
開放的に窓を開け放つこの学校は、エコなのかあいにくとクーラーが各教室にはついていなくて。
つまり、とても暑い。
こんな時、自分も丸藤さんやミサキみたいだったらいいのになと思う。
暑さ寒さをものとしない神様は、さぞ便利だろう。僕と彼らの間には、どうやっても越えられない壁がある。
わかってはいるけれど。
「ナオ、一緒にご飯食べよ」
厳しい残暑に音を上げて、ぐったりする僕に声がかかる。この、やたらと明るい声。
視線だけそちらに向ければ、白石さんが我が物顔で隣の空いた席に腰かけていた。
そう、二学期になってからというものの、やたらと彼女は僕にかまうようになった。
夏休みの間に色々あったからだとは思う。
けれど、彼女には他に友達もたくさんいるのに、なんで僕と一緒に居るたがるのか。
今だって、彼女の席は廊下側で、僕の席は校庭側と真反対だ。
それをわざわざやってきて。
まあ、おかげで他のクラスメイトとも少し話すようになって、ようやく僕の中でクラスメイトの名前と顔が一致してきたのではあるのだけど。
「ごはん……」
ぼんやりとした声で僕はうめく。
一応、コンビニ(というか商店?)で買って来たパンはある。
けれど、なんだかあまり食べる気もしなかった。妙に喉が渇くだけで、さっきからジュースばかり飲んでしまう。
「ちゃんと食べんばだめばい、だって成長期やろ」
うちだってもっと身長伸びるはずなんだから、とブツブツ言いながら彼女は弁当箱を取り出した。
てきぱきと包みをほどき、ふたを開けた中には色とりどりのお惣菜。
昔、運動会の時に母親が気合を入れて作ってくれたようなやつだった。
結局あの時も、見に来てくれたのはお母さんだけだったとか、そんな余計なことを思い出す。
「すごいね、それお母さんが作ってくれたの?」
何の気なしにそう聞いて、すると彼女は一瞬の間を置いて明るく答えた。
「ううん、これうちが作ったんだよ」
「え、本当に?これ全部?」
「そ。まあ、昨日の夕飯の残りとかも入っとるけど」
うち、料理は得意だから。彼女は少し照れたように笑った。
「へえ、すごいなあ、わたし、本当に料理が苦手で」
女の子ならこれくらい出来て当り前、なんだろうか。だとしたら僕は、やっぱり向いてない。
なんで女の人は料理が出来ないといけないんだろう。レストランのシェフは、男の人の方が多いのに。
「うちも別に好きってわけやなか、まあ慣ればいね」
そう呟いて、彼女はミニトマトを口の中に放り込む。
慣れ、だけで、こんなに出来るかなあ。
「それに、出来るに越したことはなかやろ」
人間、食べんば死んでしまうけんね、と彼女はおかずを頬ばった。
うーん、確かにそうなんだけど。
「ほら、ナオもちょっとでよかけん食べな」
ちょっと作りすぎたし、もしよかったら。
そう言って、彼女は僕の前にお弁当箱を差し出した。
確かに小柄な彼女が食べるには、成長期、といえ少し量が多い気もする。
差し出されたお弁当から、いいにおいがしてきた。ぐったりしていた胃が、少し目を覚ましたようだった。
僕の目が、物欲しそうに弁当箱の中身を物色する。
「……本当にいいの?」
「うん、どれでも好きなのどうぞ」
唐揚げ、ハンバーグ、ポテトサラダ。
およそ嫌いな人はあまりいないんじゃないかというラインナップがひしめいている。
本当に、運動会のお弁当だ。
僕は改めて思った。こんなのを毎日、彼女は作っているのだろうか。
ハンバーグだけだって、玉ねぎを切るだけで僕は閉口してしまうのに。
僕の視線が、ハンバーグに狙いを定めた時だった。
「ねえ、ちょっとちょっと、ねえ聞いた?」
慌ただしく扉を開けて、僕ら――正確に言えば白石さんだ、のもとに駆けてきたのは知らない女子。
顔にあまり見覚えがないけれど、この騒がしい声は聞き覚えがある。
そういえば、ツバキの噂話を話してたの、この子じゃないだろうか。
あんまり大きな声で話すから、耳に入って、変に意識してしまって。
「うちんクラス、マジでやばいんだって」
そう言って彼女は、白石さんの隣に腰かける。
なんだかつまみ食いする感じでもなくなってしまって、僕の胃が可哀そうにギュルギュルと音を立てるだけだった。
乱入してきたその子は、そのまま僕など見えないみたいに白石さんに話し始める。
「呪われてんのよきっと、あの子の祟りなんだよ」
僕は仕方なく、持ってきたレーズンパンをちぎって口に放り込んだ。
口の中が嫌に乾く。
「ちょっとミズホ、落ち着きなよ。急になんなの?」
こっちはナオと一緒にご飯食べてたんだから、と白石さんに怒られて、ようやくミズホと呼ばれた彼女は僕に気づいたらしい。
「あ、あんた、東京から来た子でしょ!」
それが、僕に向けての第一声だった。
「え、はあ、そうだけど」
彼女がこちらに身を乗り出してくるものだから、自然と僕はのけぞる形となる。
パンが喉に詰まって、軽くむせる。一学期の途中に越して来た時だって、このクラスの人たちはここまじゃなかったぞ。
「いいなあ東京、大学は絶対都内のに行きたいんだよね、あたし」
東京のどの辺?原宿?下北?と、今度は興味が僕に移ったのか、彼女は矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる。
いや、矢どころじゃない、マシンガンみたいだった。数多の銃弾が、僕の身体に穴を開けようと襲い掛かってくる。
「うるさいなあ、静かにしてよ」
いつもニコニコしているイメージの白石さんでさえ、うんざりしたように呟いた。
「それに、うちのクラスに何しに来たの」
「あ、そうやった」
そこでぴたりと彼女は口をつぐむと、今度はやたら意味ありげに、妙にゆっくりと喋りしだした。
「うちのクラスの七瀬って子が、クラスメイトを祟ってるの」
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