1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.8.15 ニューオータニ 2

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「すまなかったね菅野君、遅くなってしまって」
 鷹揚に順次郎が挨拶をすると、菅野と呼ばれた青年が椅子から飛び上がった。
「しゃ、社長!」
 どうやら先客は、父の会社の人らしい。そう把握すると、真理亜は社長の娘として遜色のないよう振る舞った。
「はじめまして。わたくし、順次郎の娘の真理亜と申します」
「は、はじめまして、その……」
 ちら、と男と真理亜の目が合った。
「ええと、菅野英紀です。遠野社長にはいつもお世話になっています」
 やはりここでも自分の瞳は目立つらしい。相手がこちらを見ているものだから、真理亜は居心地が悪かった。
「亡くなった母がアメリカ人なんです。目の色だけ遺伝したみたいで」
「あ、いや、すみません」
 仕方なしに説明すると、菅野が慌てて謝った。「じろじろ見ていたつもりはなかったんですが。その、きれいだなって思って」
「そうかしら」
 あまり目を褒められた思い出がなかった。子供のころ、ガサツな男子に外国人と馬鹿にされた。どうせお世辞だろう、と真理亜が返せば、
「いえ、本当です。良く晴れた日の、澄んだ空の色ですね。今日みたいな」
 と菅野が身を乗り出して瞳を見つめてくる。真理亜は思わず後ずさりしてしまった。
「まあまあ菅野君、いくらうちの娘がかわいいからってあんまりジロジロ見つめないでやってくれ。とにかく座りなさい」
「ありがとうございます。……でも、本当に、僕なんかが来てしまって良かったんでしょうか」
 落ち着かない様子で菅野が椅子に腰掛けたので、真理亜も続いて椅子に掛ける。特等席からは緑豊かな新宿御苑が見渡せた。外は良く晴れ渡っており、本当に空を飛んでいるみたいだった。吸い込まれそうな青い空。
 私の目は、本当にこんな色なのかしら。
「なに、せっかくの落成式だからな。ご家族でどうぞと誘われたが、ちょうど息子は仕事の都合で来れなくてな。ならば代わりに功労者の君を呼んであげようと思ったんだ」
「功労者と言われましても。僕は何も……」
「いやいや、充分に貢献してくれたさ。それにこれからだってそうだ、君のところが研究している青色ダイオードが開発されれば、もっと美しい映像を人々に見せることだって可能だ。素晴らしいと思わんかね、遠くに居ながら、まるで目の前の出来事かのようにリアルな映像を見ることが出来る!ゆくゆくはわが社のカラーテレビをそこまで発展させたいと私は思っているんだ」
「いえ、僕はそんな……」
「あまり謙遜しすぎると、却って嫌味に聞こえるぞ」
「いえ、僕はそんなつもりでは」
「冗談だ、冗談」
 父と菅野が歓談している間、真理亜はすることもなくただひたすら窓の外を眺めていた。
 地面を走っていた時には、うだるような暑さもあいまって、空の青さが嫌味に見えるほどだった。けれどこうして上から見渡す空はなんと美しいのだろう。御苑から飛び立った鳩が空を悠々と飛んでいく。
 ぐるりと首を回して反対側の窓の外へと目をやれば、また違った東京の景色がそこにはあった。遠くには富士山、手前には東京タワーが迫っている。赤い電波塔は、まるで日の丸のように燦然と輝いて見えた。
 なんて素敵なのだろう。真理亜は思わずにいられない。新しい東京、新しい日本。こんな素晴らしい景色が見えるほど、この国は豊かだ。これから先の自分の人生が、空に輝く太陽のようにひどく明るいものに思えてならなかった。
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