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1964.8.31 遠野邸 1
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あの日から半月ほど。真理亜は忠実に菅野との約束を守っていた。今朝だって順次郎が、「そう言えば真理亜、新幹線はどうだったかい?」と急に思い出したかのように、あの日のことを聞かれたときだって言わなかった。
「なんでも同じ日に、東京駅で火事があったそうじゃないか。まったく、草加の次に火事だなんて。何事もなくて良かったな」
そう言って、父親は読んでいた新聞を折りたたんだ。遠野親子の招待された回転レストランは、草加次郎の仕業だという線が濃厚とニュースでやっていた。まさか自分があの草加の起こした爆破事件に巻き込まれるだなんて夢にも見なかった彼らは、ニュースを聞いて仰天したものだった。
さらに真理亜に至っては、その後東京駅で車両火事にまで出くわしている。まったく運が悪いとしか言えないが、そのおかげで真理亜は菅野に近づけたと言っても過言でない。
例の東京駅の車両火事は結局、架線ショートによる火災で、けれど速やかな初期消火により大事にはならなかったと報道されていた。あの時いた駅員の誰かが、菅野の手柄を横取りしたらしい。もっともそのおかげで、彼の力について変に騒ぎ立てられることもなく済んだのだろうが。
あの時、彼はホームに落ちそうになった私の手を引いて、抱きとめてくれた。
朝食を終えて、家事全般をこなしてくれるメグが食器を片づけている間、ぼんやりと真理亜は思い返していた。
私を抱きしめた菅野さんからは、なんだか落ち着くにおいがしたわ。汗ばんだシャツからは、新品の洋服の匂いと、彼の匂い。そこまで思い出して、真理亜は一人キャーと叫びたい気持ちでいっぱいだった。ここが自分の部屋だったらそうしていたかもしれない。けれど二人の目を気にして、赤らんだ頬に手を当てるだけで精一杯だった。
その後、彼は私を必死に助けてくれた。炎に立ち向かって、吹き飛ばされた私を助けてくれた。それから私の手を握って、一緒に走り回って。
なんだか心臓がどきどきしてきてしまった。けれど結局あれ以来、真理亜は菅野に会えていない。お父様に菅野君はどうだったかねと聞かれたときは、精いっぱいのとてもいい笑顔で「素晴らしい方でしたわ」と答えたにも関わらず、だ。
「そう言えばお父様、菅野さんはその後どうされていますか?」
答えを聞くのが怖いような気もして、深く追及はせずにいた。彼は「また」と言ってくれたじゃない、きっとお仕事で忙しいんだわ。あるいは、お父様に遠慮されているのかしら。
最初のうちこそ、希望はあると踏んでいた。少なくとも嫌われるようなことはなかったはず、約束だってこうしてちゃんと守っている。けれど一週間、二週間と音沙汰がないと、さすがの真理亜も不安になってきた。きっとお父様を通じて、菅野さんから何か連絡があると思っていたのだけれど。
だから八月も終わろうとしているこの日の朝、真理亜はようやく父親に切りだしたのだった。
「なんでも同じ日に、東京駅で火事があったそうじゃないか。まったく、草加の次に火事だなんて。何事もなくて良かったな」
そう言って、父親は読んでいた新聞を折りたたんだ。遠野親子の招待された回転レストランは、草加次郎の仕業だという線が濃厚とニュースでやっていた。まさか自分があの草加の起こした爆破事件に巻き込まれるだなんて夢にも見なかった彼らは、ニュースを聞いて仰天したものだった。
さらに真理亜に至っては、その後東京駅で車両火事にまで出くわしている。まったく運が悪いとしか言えないが、そのおかげで真理亜は菅野に近づけたと言っても過言でない。
例の東京駅の車両火事は結局、架線ショートによる火災で、けれど速やかな初期消火により大事にはならなかったと報道されていた。あの時いた駅員の誰かが、菅野の手柄を横取りしたらしい。もっともそのおかげで、彼の力について変に騒ぎ立てられることもなく済んだのだろうが。
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朝食を終えて、家事全般をこなしてくれるメグが食器を片づけている間、ぼんやりと真理亜は思い返していた。
私を抱きしめた菅野さんからは、なんだか落ち着くにおいがしたわ。汗ばんだシャツからは、新品の洋服の匂いと、彼の匂い。そこまで思い出して、真理亜は一人キャーと叫びたい気持ちでいっぱいだった。ここが自分の部屋だったらそうしていたかもしれない。けれど二人の目を気にして、赤らんだ頬に手を当てるだけで精一杯だった。
その後、彼は私を必死に助けてくれた。炎に立ち向かって、吹き飛ばされた私を助けてくれた。それから私の手を握って、一緒に走り回って。
なんだか心臓がどきどきしてきてしまった。けれど結局あれ以来、真理亜は菅野に会えていない。お父様に菅野君はどうだったかねと聞かれたときは、精いっぱいのとてもいい笑顔で「素晴らしい方でしたわ」と答えたにも関わらず、だ。
「そう言えばお父様、菅野さんはその後どうされていますか?」
答えを聞くのが怖いような気もして、深く追及はせずにいた。彼は「また」と言ってくれたじゃない、きっとお仕事で忙しいんだわ。あるいは、お父様に遠慮されているのかしら。
最初のうちこそ、希望はあると踏んでいた。少なくとも嫌われるようなことはなかったはず、約束だってこうしてちゃんと守っている。けれど一週間、二週間と音沙汰がないと、さすがの真理亜も不安になってきた。きっとお父様を通じて、菅野さんから何か連絡があると思っていたのだけれど。
だから八月も終わろうとしているこの日の朝、真理亜はようやく父親に切りだしたのだった。
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