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一章(エレオノール視点)
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しおりを挟む「──お前、初めてか」
「え?」
不意を突かれて素になる。エマの反応に確信したのか、ペレは身を引いた。
「初めてなんだな?」
念押しされて、エマはどう答えだものか逡巡した。それがさらなる確信を与えてしまい、ペレは落ちた前髪を後ろに撫でつけながら椅子に座りなおした。
エマは躊躇しながら起き上がる。
「あの…分かります?」
「ものすごく」
「あの、どうして?」
「それで初物ぶってんなら相当な猫かぶりだぞ」
半ば呆れたように、口づけの間に外していたらしい胸元のボタンを留め直している。晒されている素肌を見てしまって、エマは顔を逸らした。
「エマ」
逸らすなと言わんばかりに呼ばれて、エマは顔を上げる。顔が赤くなっているのを自覚しきっていたが、知られてしまった以上は、何をしてもしなくても同じだった。
「めちゃくちゃ下手だった」
問いに律儀に答えてくれたが、今のエマは混乱していた。もうどうしたらいいのか分からなくて、とにかく顔が熱かった。
「おい、もしかして、キスも初めてか」
「一度だけ…結婚式の時に」
「旦那がいるのか」
思わず口を滑らしてしまって、エマは首を横にふる。
「いえ、無効になってしまって…」
また口を滑らしてしまう。エマは唇を噛んだ。
「泣くな。悪かった」
「ペレさんは悪くないです。泣いてません」
「我慢するな。こういう時は、八つ当たりした方が楽になる」
「泣いてません」
本当に涙は出なかった。ただただ暴かれてしまった羞恥心の方が強くて、ただただ恥ずかしかった。
狭い部屋に次々と料理が運ばれてくる。二人分だが小さな丸テーブルで皿が埋まってしまって、ビール片手にエマとペレは夜食を貪った。
食事の提案はペレからだった。亜熱帯の夜をやり過ごすには冷えたビールが一番だと言った。実際には気まずい雰囲気を払拭するためだったのだろうが、エマも飲みたい気分だった。
素揚げされたロブスターを掴んで、豪快に食したペレは、美味い、と言った。
「これ美味いぞ。食べてみろ」
料理はその日の仕入れによって変動する。娼館の料理人はかつて宮中で働いていただけあって、どんな食材でも一級品にしたてあげた。後で上客が喜んでいたと料理長に伝えておこう。
甲殻類はナイフとフォークには向かない。昔からの躾で、どうしても素手で食べるというのに抵抗がある。エマがナイフとフォークで悪戦苦闘しているのを見かねて、ペレが皮を剥いてくれた。
礼を言って食べてみる。身が弾けて肉汁が溢れる。揚げてあるから臭みはなく、旨味だけを味わえた。これはビールによく合う。
ペレはさすが男の人で、よく食べよく飲んだ。食べきれるのかと心配になるくらいの料理に囲まれていたのに、みるみる空の皿が積み上がっていく。
腹が満たされていくと、酒の酔いもあって、気が緩んでくる。あらかた食べ終えて一区切りついた頃、エマは思い切って言った。
「あの、続きしますか?」
ペレはエマを一瞥すると、隣に座った。彼の重みでベッドがきしむ。
「凄いなお前」
「え?」
「身体を許さずに娼婦してきたんだろ?男も殺して」
「こ、殺してません」
「金を稼ぐために女は娼婦になる。生きるためだ。だがお前は別の目的があって娼婦になった」
「わたしも皆さんと同じ理由ですよ」
「復讐か?」
あんまりにも気軽に心中をえぐってくるので、エマは咄嗟に反応出来なかった。この人はよく観察している。きっと、そういう場所で育ってきたのだろう。
「──そうですね。そうなればよいと思っています」
「お前を捨てた旦那か」
「よくお分かりで」
「分かるだろ」
座った姿勢のまま、ペレは後ろに倒れ込んだ。目を閉じている。腹を満たして彼も眠いのかもしれない。
「旦那にどんな復讐をするんだ」
「話しませんよ。邪魔されたくありません」
「そいつはエマがここで働いてること知ってんのか?」
「話しませんってば」
「旦那、ここに連れてきてやろうか」
ペレが薄目を開けてこちらを見る。エマは首を横に振った。
「ペレさんには無理ですよ」
相手は国王なのだ。金持ちといえどペレが会える相手ではない。
「女の復讐ってのは限られている。色を使うんだ。他の男をたぶらかして旦那に殺させるのか?」
追求は止まない。しかも鋭いところをついてくる。
「殺しません」
「手ぬるいな」
「殺してしまったらそれで終わりですから」
「殺せば終われる。殺さなければ怨嗟は続く」
「ペレさんは、私よりも殺伐とした生き方をしてきたようですね」
「蛮族の国なんでな」
ペレはくつくつと笑った。この人はよく笑う。色々な笑い方をする。
「ペレさん、お願いがあります」
「言ってみろ」
「私を女にしてください」
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