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一章(エレオノール視点)
鏡に映る自分の姿
しおりを挟むペレは翌日にも来て、進捗を訊ねてきた。昨日の時点でエマを身請け出来るだけの大金を支払っていたから、うんもすんもなく当分は最優先でペレの相手をすることを余儀なくされている。
二階の奥の部屋へ案内してから、エマは図書館で訳したメモをテーブルに広げた。
詩作の題名は「散りゆく花」
確実に分かったことはそれだけだ。
詩自体の訳は断片的で、合っているのかいないのか意味不明な単語ばかりが並んでいる。やはり詩は難しい。パズルのように正解が無いからこそ余計に。
原本を持つペレもいくつか書店を回ったらしい。しかし手がかりは無し。出版年月は不明。作者も不明。これは、意図的にそのページが切り取られた形跡があったせいだ。
「どの本屋もラ・シーヌ語という時点で匙を投げられた。やはり総本山まで行かなければ、見つからないかもしれないな」
ペレは異教徒だ。異教徒は女神信仰の総本山へは入れない。
「人を雇って調べてさせては?私も完璧に訳すのは無理ですし」
「まぁおいおいな」
あまり気にない返事に、エマはペレを伺う。今日のペレは、黒にシルバーの刺繍が施された長い上衣に、同じく黒のゆったりとしたズボンを履いていた。アビア国の典型的な衣装だ。
「お前、娼婦として優秀らしいな」
急にさし向けられた話題に、エマは曖昧に答える。自分で肯定するほど思い上がってはいない。
「笑わない娼婦、消息不明の元王妃、お前を巡って男が何人も死んでるとか、話題性は抜群だな」
「恐れ入ります。今日一日でお調べに?」
「一人じゃないんでな」
娼館へは一人で来ているが、あれだけの大金持ちだ。一介の娼婦の噂くらい、金の力でいくらでも調べられる。
「笑わせたら相手してくれるらしいな。金を積んでも無意味だとか」
「床を所望でしたらお応えします」
「噂と違う」
「それだけの大金をお支払いされております」
女主人ヒルダからは、この男を無下にするなと念を押されている。娼婦なのに、ずっと本物の娼婦で無かった。別に貞操を守ろうなどとは思っていない。逆によくぞ今まで床を共にせずにやり過ごせだものだと、己の運の良さに感心してさえもいた。
しかしペレはエマが予想したのとは全く違う反応を見せた。
「お前には全く魅力を感じんな」
「左様ですか」
「小娘相手に触手が動かん」
…年増好きなのだろうか。この男は、エマが見てきたどの男よりも見目麗しかった。自分が完璧過ぎると、他人の容姿などどうでもよくなるのかもしれない。
「ええと、どういう方が好みなんですか?ヒルダ姐さんに言って、交代してもらいますから」
「なぜ?」
「なぜ?」
「私はエマに金を払った。なぜ交代などと言い出す」
「私には魅力が無いようなので。今夜、ペレさんは…肌を合わせに来たのでしょう?」
「お前それでも本当に娼婦か。男はな、どんなに醜女でも勃つんだよ」
膝に足を乗せて、やれやれと男は椅子にもたれる。
「それにあの金は情報代だ。母の遺品が詩作だと気づいたお前へのな」
「だとしても高すぎです」
「私には黄金にまさる事実だった。ま、お前が気に病むのなら相手してやる」
「…………」
「選ばせてやる。寝るか、寝ないか」
「…………」
「どうした。男を手玉に取ってきたお前が、昨日やって来たぽっと出の男に遊ばれるのが癪にさわるか」
「…私は、お相手しますと既に申し上げました。後は貴方様次第でございます」
と答えたものの、本当は、怖かった。いつかこの時が来ると覚悟していたのに、その瞬間に立ってみないと本心は出てこない。ペレは遊び慣れている。今までもこうした客はいた。遊び慣れた客。いつもなら軽くいなせるのだけれど、今回は自分から既に相手すると言ってしまっている。今さら撤回はできない。発言には気を付けていたはずなのに。
椅子は一つしかないから、エマはベッドに腰掛けていた。ペレは立ち上がると、片膝をベッドに乗せて、エマに顔を近づけた。
ペレの大きな手が肩を抱く。顎を支えられて、唇が合わさる。本当に怖かった。エマはそれでも、ペレを受け入れようと懸命に口を開けた。
唇が離れる。長かったような短かったような判然としない。息をするのを忘れていたのか、呼吸が苦しい。
鼻先をかすめ、吐息が触れ合う。
意識がはっきりしていくと、いつの間にか押し倒されていた。はらり、と後ろに撫でつけたペレの黒髪が、エマの顔に落ちてくすぐったい。
鋭い瞳。闇のような黒い瞳。鏡のように、自分の姿が映っている。
今からこの人のモノになるのだ。エマは確信した。
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