【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

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二章(ジョン視点)

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「あの部屋はもう使えないな」

 服を着替える手伝いをしていた侍従に言うと、そうですね、と淡々と答えた。

「清掃をすればまた使えるようになります。床には絨毯が敷かれていますから、下まで血は染みこんでいないかと」
「これで、少しは罪滅ぼしになっただろうか」

 あからさまな話題の転換に、侍従はもちろん、と答えた。

「先ほども申し上げましたが、やはり一度お会いになるべきかと思うのです」
「…気が進まない」
「娼婦は過酷です。気の進まない者とも相手をしなければなりません」

 諭され、ジョンはハッとする。

「…しかし会った所でなんになる。俺が出来るのは、娼婦を辞めさせるくらいだ」

 伯爵位を取り上げたマルツァーノ家の屋敷をそのままエレオノールに与えてもいい。年金を与えれば、一生を悠々自適に過ごせる。

「陛下は悔やんでおられるのですね」
「違う。アイツは俺を拒み続けた。王妃に相応しくなかった。それだけだ」

 その決定が間違いだったとは思わない。現に、エレオノールは皇太子妃時代、公務も放棄し部屋に籠もっていた。
 亡き父と結託して離婚出来ないようにする権利章典を用意するという姑息な手段を取っていた。
 
 王妃を廃して正解だったと思っている。

 だが、娼婦になるまでの罰を受けさせるつもりは無かった。
 それくらいの良心は持ち合わせていた。

 結婚式でのベールを外した、あの初めての姿が忘れられない。あの時のエレオノールは、紛れもなく唯一の自分の妻だった。

 たまたまココットを誘って観に行った劇場での再会。これは偶然か?
 偶然じゃない。紛れもなく再び会うために、それこそ女神ディアナの導きを受けたような神秘的な必然だったのかもしれない。

「お会いになりたいのでしょう?」

 見透かされた侍従の発言が後押しする。控え目な侍従にしては、はっきりとした口調だった。

「なんだ急に。俺がココットを王妃にすると言ったときにも何も言わなかったお前が」
「陛下の身心のままにお支えしたいだけです」
「お前個人としてはどう思っているのだ」
「同じでございます」

 ジョンは目を細めた。この者も、影のように常に無表情だ。自分に仕える者として愛想など必要ないとは思ってはいたが、ここに来てエレオノールと似ているこの侍従の心の内が気になりだしてきた。

「おい、笑ってみろ」

 侍従は少し口元をゆるませた。明らかに笑い慣れていない、ぎこち無い笑みにジョンは下手くそ、と罵った。
 
 
 王の顔は一般的には知られていない。だが娼館は、名のある貴族もお忍びで訪れるという。そんな奴らに見つかるわけにはいかない。別れた妻に会いに行ったと噂が立てば、ココットの耳にも入る。それは避けたい。ジョンは変装して従者のフリをして『クルチザンヌ』を訪れた。

 金髪を隠し黒髪のかつらを被る。馬車から降り立ち娼館を見上げる。陽が落ちて暗くなったものの、窓からの煌々とした灯りと、けたたましい笑い声で中の盛況具合は伺えた。
 
 これが『クルチザンヌ』
 エレオノールがいる場所。

 見た目とは裏腹に重い扉らしく、侍従が苦労して開けている。ステンドグラスの装飾は明かりで彩りよく照らし出されている。
 真っ赤な赤い薔薇のステンドグラス。
 あの日のエレオノールを思い出させる。

 中に入る。店番をしている女主人らしき老婆が、値踏みするようにこちらを見る。

「やぁ見ない顔だね。初めてかい?」
「エレオノールはいるか」
「前の王妃様と同じ名前の娘なんかいないよ。みんな育ち良くないからね」

 後ろから侍従が小袋を取り出して女主人に渡す。
 中身をその場で開けて、女主人は目を輝かせた。

「おおこりゃ大金だ。誰をご所望だい?誰でも呼ぶよ」
「エマを買いたい。口添えを頼む」

 侍従の発言に、女主人は高笑いして肩を揺らした。

「あっはっは。そりゃ大きく出たねぇ。そしたらこの金は無駄金だ。今すぐお帰り」
「足りないと?」
「足りる足りないじゃない。決めるのはエマだ。エマが客を選ぶんだよ」

 小袋を投げ返される。取りこぼしそうになりながらかろうじて小袋を受け取った侍従は、どういうことだと言わんばかりにジョンへと振り返る。
 ジョンも当惑するしかない。なんといっても花街のしきたりを知らずに来たオノボリだ。王権をかざせない以上、向こうに従うしかない。

「ま、でもそれだけの金を用意できるんだ」と、女主人は煙草を吸いながら侍従に吹きかける。「エマはまだ一階にいるからね。見ていきなよ。興味本位じゃなく、本気で溺れない自信があるんならさ」

 女主人の物言いでは、客がエマを選ぶのではなく、エマが客を選んでいるように聞こえた。そんな娼婦は聞いたことがない。高級娼婦ですら、パトロンがいなければ成り立ってゆけない。

 それくらいの知識はジョンにもある。しかし女主人の許可は得た。ジョンは侍従を伴って一階の酒場へと向かった。

 

 酒場は、多くの人で賑わっていた。馬鹿みたいに騒ぐ者、一人静かに飲む客。娼婦は客に合わせて席につく。それぞれがそれぞれを楽しみながら、夜を過ごしている。

 その中に、ひときわ目につく集団を見つける。

 ──いた。

 ジョンは目を見張った。

 そこにエレオノール──エマがいた。

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