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二章(ジョン視点)
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しおりを挟む頭が痛い。ジョンは薄目を開けた。部屋のカーテンは閉まっているものの、外から陽が漏れていた。鳥のさえずり。朝のようだが、頭が痛くて目すら開けられない。
「お目覚めになりました?」
上から降ってくる声。優しく囁くような声音に、なにやら柔らかな感触が頭に感じる。痛む頭を押さえようと手を動かすと、冷たい指が絡みついてくる。
「…あ…?」
「痛みますか?」
目を開けると、エレオノールだった。ジョンの顔を覗き込むように、見下ろしている。
ぼんやりした視界が鮮明になってくると、ジョンはその姿にギョッとして、思わず起き上がる。
裸だった。見れば自分も裸だった。
柔らかな感触だと思ったのは、エレオノールの膝だった。いつの間にかエレオノールに膝枕されて眠っていたのだ。
裸ということは、そういうことをしたのだろう。昨夜の記憶を思い出そうとして、頭痛で考えられなくなる。
「痛みますか?横になってくださいまし」
状況が呑み込めないジョンに、エレオノールが膝を差し出す。白磁のような肌。内から輝いているような肉体。一糸まとわぬエレオノールの姿に、ジョンは顔が熱くなるのを感じた。
「ひ、必要ない!」
「でも、横になったほうが」
「それより服を着ろ!風邪を引くだろうが!」
ジョンは寝台から降りて背を向けた。女の身体など見慣れている。なのに、エレオノールにおいてはそうはいかなった。
昨夜は酒を飲んで、気づけば朝になっていた。
何が起こった…?一つしかないのだが、記憶に無い以上、混乱するしかない。何となく覚えているのは、柔らかな肌に触れた感覚。それくらいだ。
柔らかな肌の持ち主はエレオノールしかいなかった。ジョンはエレオノールと、肌を合わせたなどとは思えなかった。
全く記憶が無いのだ。こんな不誠実なことがあるか。
ジョンの混乱を知らないエレオノールは、平然と近づいてくる。服を着ろと言った通り、羽織り一枚をまとってはいたが、前を閉じていないから、胸やら腹やらが丸見えだ。ジョンは咄嗟に顔を背けた。
「………………」
「いま、二日酔いに効く飲み物を持ってきますね。お待ちくださいまし」
二日酔い?そういえば、ワインを飲んでいる内に酔いが回ってきたような。少し思い出した記憶の断片に、頭に手を置く。違和感に、そうだと思い出す。かつらを被っていた。酔いもあったが、かつらに頭を締め付けられて頭痛を起こしていたのだ。
自覚すると早々にこのかつらを外したくてたまらなくなる。仮面舞踏会用の特注のかつらは、簡単に外れないように地毛に編み込んで固定されている。外すにも一人では外せない。
「いや、帰る。トマはどこにいる」
王宮を丸々開けたのだ。今頃は騒ぎになっているかもしれない。ココットにでも知られたら大変だ。
「護衛の方は別室で待機しておられます。呼んできますね」
「すまない」
「…ふふ」
「なにがおかしい」
意味深に笑うエレオノールに、ジョンは最初からかわれているのだと思った。
「すみません。風邪を引くなどと気遣われたのは初めてだったもので、嬉しくて」
何気なく言うエレオノールの言葉が重くのしかかる。頭を殴られたように気になる。
気遣われたのは初めてだと言った。自分と結婚していた頃はもちろん、娼婦になってからも労りの言葉をかけられることなど皆無だったのだろう。身体を売るのが娼婦の仕事。色で誘惑するためには、裸になるなど当たり前。エレオノールもその中で生きてきたのだ。まさか裸になって怒られるなど思わなかったのかもしれない。
呼び止めようとした時には、エレオノールは部屋を出ていた。ジョンは一人残された部屋で、届かなかった手を下ろした。
帰りの馬車の中で、かつらを外して身軽になる。ぼんやりと外を眺めるふりをしながら、ジョンはずっと、エレオノールとの邂逅を振り返っていた。
会えるだろうとは思っていた。自分が望めば何でも叶う。王なのだから。だが昨日の再会は、偶然が重なって導かれた運命のように感じられた。
ジョンと知らずに打ち明けられたエレオノールの本音は、これまでのジョンが思っていたものとは全く違った。
嫌われていると思っていた。なのに、エレオノールは自分自身が原因だと言った。
その理由はなんだったのだろう。父の影がちらつく。
父が絡んでいるのは確かだった。
伯爵家の娘をわざわざ妻にさせたのは、明らかに強引過ぎるやり方だった。
「トマ、調べてほしい」
「は、何をでしょうか」
「父とエレオノールの関係を」
対面に座っている侍従のトマは苦い顔をした。調べ物が得意なトマでも、さすがに王族関係は足を踏み入れにくい対象なのだろう。
以前、父が存命中にも一度、調査したことがあった。その時は父の側近たちに阻まれ、ろくに調べられなかった。父が死に側近たちを遠ざけた今なら、あの時知れなかった真実が分かるかもしれない。
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