35 / 50
二章(ジョン視点)
17
しおりを挟むもうなりふり構ってはいられなかった。エレオノールを抱き上げ、馬車に乗せる。女主人が勝手に連れて行くなと騒ぐが、トマが剣を突き立て黙らせる。
「あ、あんたら!エマをさらって行こうなんて、暴挙もいいとこだよ!エマが許すはずないよ!」
他の娼婦が騒ぎ立てる。ジョンは鼻で笑った。
「どうかな?俺とエレオノールは相思相愛だ。俺を拒むはずがない。絶対にな」
王宮でなく離宮へ。夏にしか使われない離宮は、エレオノールを隠すにはうってつけだ。夏が過ぎ去ろうとしている季節。既に使われなくなった離宮は、つい先までココットが避暑と称して滞在していたお陰で、それなりに整備されていた。
離宮深くの部屋へとエレオノールを運び込む。エレオノールは全く起きる気配が無かった。顔は蒼白のまま指先は冷たく、もうこのまま死に絶えてしまいそうな、薄ら恐ろしい気配さえ漂っていた。
トマが連れてきた侍医に診てもらう。侍医はエレオノールの脈を測ると、ジョンの前に跪いた。
「過労です」
「過労…」
「休養が必要かと。酷く体を酷使しておられたようです」
体を酷使。原因は一つしかない。娼婦である以上、使うのは体一つ。もともとエレオノールは王宮で息を潜めて生きてきた。体力は無い。娼婦として生きるのは限界だったのだ。ジョンが助けなければ今頃は一人で死に絶えていたかもしれない。そんな推測をしてジョンはゾッとした。
「どうすればいい」
「とにかく滋養に良いものを食べさせ、休ませるしかありません。薬を処方します。意識が戻りましたら、必ず服用させてください」
侍医は父の代から務める重鎮だ。見立てを間違うはずはない。ジョンは早速トマに命じて食事の支度をさせた。
「いつ目覚めてもいいように常に温めておけ」
「は…陛下、本日はそろそろ王宮へ戻られたほうが」
「何を言っている。ここに泊まるに決まっているだろう」
「ですがココット王妃がなんというか」
「王妃?」
ジョンは片眉を上げる。
「王妃ならここにいるだろうが」
「陛下…」
「既に教皇に至上命令書の再作成を依頼している。それが届けば俺とエレオノールの婚姻関係は無効とはならない」
「では、ココット…様はどのように?」
「塔に閉じ込めておく。処分はエレオノールに任せる。散々酷い仕打ちをされたんだ。殺してやりたいほど恨んでいるだろう」
宰相には既にココットの宮廷費の着服の証拠を集めさせている。長年連れ添った相手だからと大目に見てきたが、真の愛を知った今、ココットはもはや盗っ人でしかない。私欲の為にジョンを惑わしエレオノールを罠にはめた悪女だ。
眠るエレオノールに口づけする。静かな寝息だった。このまま死んでしまいそうなほど、弱々しい。
ジョンが正体を明かすまでは、エレオノールが衰弱しているなど全く気づかなかった。自らの不調を隠して気丈に振る舞っていたのだろう。可哀想に。せめて初めてクルチザンヌで会った時に、真実を知り尽くしていたら、なりふり構わずに連れ去っていたのに。
冷たい手を握る。目覚めるまで、ジョンは待ち続けた。
869
あなたにおすすめの小説
幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか
ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。
翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。
笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
「君は大丈夫だろ?」と可哀想な元恋人を選択した夫。~今さら復縁を迫っても、愛は既に錆び付いています~
水上
恋愛
夫と白い結婚をして、傾いた領地を努力と苦労の末に立て直した伯爵令嬢ヴィクトリア。
夫との関係も良好……、のように見えていた。
だが夫は「君は強いから」と、めそめそ泣く元恋人を優先し、ヴィクトリアの献身を踏みにじった。
その瞬間、彼女の恋心は錆び付き始めた。
「私が去ったら、この領地は終わりですが?」
愛想を尽かした彼女は、完璧な微笑みの裏で淡々と離縁の準備を始める。
これは、有能な妻が去り、無能な夫が泥沼に沈むまでを描く、冷徹な断罪劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる