【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112

文字の大きさ
36 / 50
二章(ジョン視点)

18

しおりを挟む

 夜が明けてもエレオノールは目覚めなかった。トマに休むよう促され、離れがたくて、長椅子で横になる。
 早く目覚めてほしい。目覚めたらエレオノールに何もかも解決して幸せになったのだと知らせてやりたい。そう願いながら眠りにつく。

 
 ふと、頬に何かが触れる感覚。冷たくて気持ちいい。ジョンは薄目を開けた。

 エレオノールの顔が飛び込む。目が合うと、エレオノールは怯えたように身を引いて、ジョンの視界から消えた。

「エレオノール…!」

 起き上がると、エレオノールは走って扉に向かっていた。ジョンは慌てて後を追い、エレオノールを背中から抱きしめる。

「エレオノール!無茶をするな!」
「いやぁ!離して!」

 泣き叫んで拒絶される。大した抵抗では無かったが、拒絶された事が、ジョンの胸をえぐった。
 小さな体を抱き上げてベッドに降ろす。起き上がって逃げようとするエレオノールに上から覆いかぶさって阻止する。

「寝てろ!お前倒れたんだぞ!」

 暴れて長い黒髪がエレオノールの目を隠していた。しゃくり上げる声は、涙を必死にこらえているかのように、苦しげだ。
 抵抗しなくなった頃、そっと体を離す。押さえつけたせいで、エレオノールの手首は赤くなっていた。ほんの少し力を入れただけなのに、エレオノールの体は本当に弱々しい。

「逃げても無駄だからな。部屋の外には衛兵が待機している」

 エレオノールはジョンに背を向けて、体を丸めた。嗚咽が聞こえた。体が震えている。

「なにをそんなに泣いている」

 エレオノールは答えなかった。目覚めたら笑ってくれると思っていた。こんなに泣かれて、ジョンには理解出来なかった。

「父の仕打ちもココットの暴挙も全て暴いた。エレオノールが俺を慕っていることも知った。俺もエレオノールを愛している。なぜ泣くんだ。答えてくれないか」

 慰めようと頭に触れた瞬間に、エレオノールは体を震わせた。

「…もしかして、俺の勘違いだったのか?俺を慕っていると勝手に思ってただけなのか?」
「……私は汚れています」

 絞り出すようにエレオノールは言った。

「こんな姿になった私は、陛下に会う資格はありません」
「エレオノールが悪いんじゃない。エレオノールをおとしめた奴らのせいだ」
「もう無理です…陛下、どうかこのまま私を帰してください」

 肩を震わせて涙するエレオノールに、娼婦としてどんな壮絶な日々を送ってきたのかを垣間見る。あらゆる男を相手にし、喜びを与えるのは、清らかに生きてきたエレオノールにとって耐え難い苦痛だったのだ。
 そしてそんな様を愛する男に知られてしまった。エレオノールの涙をようやくジョンは理解した。

 背を向けていたエレオノールの前に回り込む。顔を隠していた黒髪をそっと払い除けて覗き込む。エレオノールの顔は涙で濡れていた。

「エレオノール…」

 涙を流す目元に口づけする。長いまつ毛が唇をかすめて、くすぐったかった。

「俺を責めてくれ。お前の真実に気づけなかった俺が憎いだろう。どれだけでも憎んでくれ」
「…そのようなこと、できません」
「憎まれても仕方ないことをした。俺は、一生かけて償う。絶対に」

 涙が止まらない。エレオノールは声を殺そうと手で口を覆った。それをやんわりと止めさせる。
 泣けない日を送ってきたはずだ。たくさん泣かせてやりたかった。

 抱きしめて、ゆっくり背中をさする。初めは震えて硬直していた体が、次第に安心して弛緩していくのが分かった。



「…すみません」

 濡れたタオルを目に当てていたエレオノールは、タオルを外してそう言った。
 泣いたせいで目が腫れている。目が合うと、気まずそうにエレオノールは顔を背けた。

「何にたいして謝っている」
「…ぜんぶ、いろいろなことです」
「曖昧な言い方だな。聡明なお前らしくない」

 エレオノールは意気消沈したように下を向く。伏したまつげの影が頬に伸びる。
 ベッドから長椅子に移動していた二人は、少し距離をあけて座っていた。ジョンが近づくと、エレオノールは距離を取った。

「何か食べるか?」
「食欲がなくて。すみません」
「また謝ってる」

 エレオノールはまた俯いた。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。 翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。 笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

「君は大丈夫だろ?」と可哀想な元恋人を選択した夫。~今さら復縁を迫っても、愛は既に錆び付いています~

水上
恋愛
夫と白い結婚をして、傾いた領地を努力と苦労の末に立て直した伯爵令嬢ヴィクトリア。 夫との関係も良好……、のように見えていた。 だが夫は「君は強いから」と、めそめそ泣く元恋人を優先し、ヴィクトリアの献身を踏みにじった。 その瞬間、彼女の恋心は錆び付き始めた。 「私が去ったら、この領地は終わりですが?」 愛想を尽かした彼女は、完璧な微笑みの裏で淡々と離縁の準備を始める。 これは、有能な妻が去り、無能な夫が泥沼に沈むまでを描く、冷徹な断罪劇。

処理中です...