【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

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二章

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「嘘ではありません」

 言いきるレイフに、アーネストが折れる。隠していることはあるだろうが、本人に自覚が無さそうだ。

「分かった分かった」
「落ち着いたなら、下がります」
「また夢を見るかもしれない。まだ居てくれ」

 ぽんぽんと寝台を叩く。

「よい機会だ。隣で寝ておくれ」
「まだ婚姻前です」
「そんなの律儀に守る者などおらん。それに何もしないのだから、何も起こらない」

 燭台の明かりが揺らめく。窓が風で軋んだ。

「風が強いな」
「雨が降るかもしれません」

 ぎしり、と寝台が揺れる。隣で横になったレイフが、小さく息を吐いた。

「固いですね」
「ああ、そなたが使っている母上のベッドは古いからな」
「よく眠れそうです」

 燭台の火が揺れる。そのうち消えてしまうかもしれない。暗くなっても今はもう構わなかった。隣のぬくもりの、僅かな息遣いを聞いているだけで安らげた。



「これからは毎日一緒に寝よう」

 向かい合って朝食を摂っていたレイフに提案すると、彼にしては珍しく眉根を寄せた。

「困ります。私が初夜は無しと言った意味がありません」

 婚姻を無効にするならば、体の関係が無かったことを証明するしかない。初夜が無かった。つまり身体を繋げていないのなら、婚姻は無効となる。

「まだ婚姻前だ。それまでは一緒に寝よう」
「婚前性交だと思われます。もっとマズイです。最悪、破門されるかもしれません」

 婚姻の許しは教会から得る。婚前性交があった事実が発覚すれば、女神ディアナの認めていない関係となるため、婚姻は出来ず、破門される。破門は死にも等しい処罰だ。周囲からも人として扱われなくなる。

「なんだなんだ。前は押し倒して来たではないか。しかもリタに見せおった。既に使用人たちに知られてしまったのかもしれんぞ」
「リタさんにはボーテ様に対する対策だったと理由を話しました。口外しないと約束してもらっていますし、リタさんはアーネスト様の母君の代から仕えているとか。信用できます」
「そんなに気にするなら昨日の誘いを断ればよかったのに」
「昨日だけのつもりでした。子供ではないのですから、眠れないからと私を召すのは止めてください」
「面倒だな。そなたが初夜無しと言うからこじれておるのだぞ。既成事実を作ってしまえばよいのか?」

 レイフは、食べようとしていたパンを置いた。

「私の目的とは異なります」

 繰り返さない死に方を求めるレイフにとって、それ以外は余分のことなのだ。

「それって苦しくないか」
「一度目で私の人生は終わりました。二度目も今回も私にとっては無意味です」

 ちらりとアーネストを見てから、レイフは窓に顔を向けた。

「アーネスト様が三日目を越えた今回の人生は、劇的に変わり始めています。ですが、だからといって、アーネスト様との関係をこれ以上進めようとは思えません」
「私が嫌いか?」
「私には過ぎたお方だと思っています。貴方様は私と結婚し貴族でなくなったとしても、生まれながらの尊さが損なわれるわけではありません」
「例えば、私がそなたと幼なじみだったとしたら?」
「それはアーネスト様ではなく別人です」
「好きか嫌いかの質問にまだ答えておらんぞ」

 レイフは静かに目を閉じた。美しい横顔のシルエットに長いまつ毛が影を落とす。

「──ですから、私は同衾もしたくなければ既成事実も作りたくありませんし、好きか嫌いかと問われれば嫌いと答えます」

 ガシャン、と割れる音がする。見れば使用人が立っていた。足元には割れたガラスのボトルが転がっていた。おそらくは飲み物を注ぎにきたのだろう。ギョッとした顔をしているのは、レイフの発言を聞いてしまったからに違いない。
 原因が己にあると知ってか知らずかレイフは立ち上がって、使用人に怪我はないかと聞いた。

 
「振られてしまったな」

 庭には小さな池がある。そこの小魚に餌をやりながら、アーネストは呟いた。
 小魚は餌を求めて口を開けて群がる。餌が無くなると途端に離れていった。




 数日後、イエローが陛下の親書を携えて屋敷を訪れた。親書を読んだアーネストは、直ぐにレイフを呼んだ。

「お呼びでしょうか」

 客間に来たレイフに親書を読ませる。すると彼はそれを読むなり、

「良いことではありませんか」

 と、言った。

「何が良いのだ!これでは、私はそなたでは無く、別の者と結婚せねばならなくなるではないか!」

 親書をレイフから奪い取り握りつぶす。直ぐにでも燃やしてやりたいが、あいにく火種が無い。

 オスカーが寄越した直筆の手紙には、先日イエローに伝えた戦争しないだの不作や疫病を対策をしろだのという助言を重く受け止めると、殊勝な書き出しから始まっていた。先王のような良き王になるとも書かれていて、よしよしと思っていたのだが。

 問題はその次だった。

『レイフ・ノートとの婚姻ではなく、アネモネ・ローズと婚姻すること』

「──だれだそいつは!」

 怒りで親書を破り捨てる。陛下の親書を破り捨てるなど不敬にもほどがある。イエローが青ざめてお止めくださいと懇願するが、アーネストには全く聞こえていなかった。

「どこの馬の骨かも分からん奴と結婚なんぞ出来るか!返事を書く!イエロー直ぐにオスカーへ渡せ!」
「お、落ち着いてください。ここは冷静に」
「どおりで婚姻の許可証が届かぬはずだ。オスカーめ。この短期間で対策してきたな」

 オスカーの息のかかった人物と結婚させることで、レイフとの連携を崩すつもりか。

 なにより一番腹立たしいのは、レイフが全く不服そうでないことだ。

 しかも良いことだとぬかしおった。

「そなた!そんなに私と結婚したくなかったのか!」

 レイフに掴みかかる。答え無いのが肯定を物語っていた。

 怒りをぶちまけるアーネストに、イエローが遠慮がちに声をかける。

「あのー…大変言いにくいのですが、陛下よりこれをレイフ殿にお渡しするよう、仰せつかっております」

 イエローが懐から取り出したものを見て、アーネストが目をむく。

「これは…私と同じ翡翠のブレスレットではないか!」


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