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三章
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しおりを挟むアネモネの偽名と信仰の疑惑が解決するまで、一週間かかった。
結果から言えば、シロだった。教会には洗礼を受けた日付けと名前がはっきり記載されていたそうだし、備考欄にも東の国の者だと記述されていたそうだ。
父親との姓が違ったのは、母親の姓を名乗っていたからだとか。母親の実家の方が力があると、度々そうなるらしい。これは直接アーネストがアネモネに確認し、裏付けも間違いないと判明した。
その一週間の間に、アーネストはアネモネと親交を深めた。オスカーから手解きを受けただけあって古代魔術への造詣が深く、アーネスト自身、多くの学びを得た。
なによりアネモネと話していると楽しい。最初は遠慮気味だった彼も、慣れてくるとより愛らしく笑うようになった。笑った顔が直球にアーネストを貫くので、毎日幸せに過ごせた。こんなに胸が高鳴るのは初めてだった。そろそろ心臓発作を起こしそうだ。
反対にレイフとは一言も話していない。この一週間ずっとだ。夜の見張りで顔は見るものの、アーネストが話しかけないのだから互いに会話もない。
昼間はレイフは眠っているから、まず会わない。ブレスレットの術式の削り取りを命じていたが、取れたかは知らない。半ばどうでもよくなっていた。
アネモネの疑惑が晴れたその日に、タイミングよく婚姻証明書が届いた。
しかもアーネストの希望通り、証人欄にオスカーの署名があった。
先手を打ってきた。再発行された婚姻証明書にオスカーの署名が無いのであれば、アーネストはゴネるつもりだったのだが。
ここまで来ては、もうあれこれ長引かせるのは不可能だ。もう署名するしかない。
婚姻証明書を携えてきた使者は、教会の司祭だった。署名するだけでは味気ないと、式も兼ねてやって来た。ますます逃げ場を封じられる。
即席の祭壇が設けられたのは、屋敷の庭だ。母が遺した薔薇が容赦なく伐採され、祭壇の前に置かれた一つのテーブル。署名するためだけに用意されたテーブルだった。
何のタイミングも無く、おもむろに式は始められた。心づもりなど全く無い。ただ庭に来たら始まっていた。
アーネストは着替えも全く済ませていなかった。騙し討ちのような始まり方に、もう抵抗しようという気も無くなっていた。
アネモネは良い男だった。控えめで優しく、アーネストを喜ばせようと機嫌も取ってくれる。伴侶としては申し分ない。
そのアネモネは先に祭壇で待っていた。白いベールを被って、眩しい陽光に照らされている。何もかも仕組まれた式典。生涯の伴侶となる青年が、笑顔で待っているのを、アーネストはベール越しでも感じ取れた。
花道の両側には使用人たちが立ち並んでいる。イエローは祭壇に一番近い場所に。レイフは最後尾に立っていた。
庭は、まるでこの日の為に植えられたかのように薔薇が咲き誇っていた。庭師がそれなりに気を利かせて、庭木をそれとなく移動させたのだろう。地植えを変えられた薔薇は弱くなる。じわじわ殺されるよりも、首をすっぱり切られた方が、彼らも本望だっただろう。生き返る保証など全く無いのだから。美しいままに死にゆく方が、薔薇は薔薇らしい。
「アーネスト様」
司祭の手下が、祭壇へと促す。アーネストは花道の前で止まっていた。せめて正装をと言ったが、長引くと雨が降るという。
清々しい晴天だった。アーネストも自虐する。なぜここまで来て引き伸ばそうとするのだろうか。
アネモネは良い青年だ。控えめで優しく──止めよう。堂々巡りだ。さっさも署名して、さっさと終わらせれば楽になる。その先は、レイフと相談して──
──貴族と結婚しない王族は、王族から除籍され貴族でもなくなる。一市民として生きなければならなくなる。
何を今更。そんなのは百も承知だ。
一市民となることに異議などない。
一市民となるのは何故か。
生きるためだ。
首を落とさんと画策するオスカーの手から逃れるために、王位継承権を放棄し、謀反の疑惑を払拭するためだ。
何故生きる?
繰り返すからだ。
何が?
首を落とされるのを繰り返すからだ。
「…馬鹿馬鹿しい」
既にそれは回避した。もう生きている。
生きている以上、死を回避する意味はない。
「アーネスト様、どうぞ花道を」
「断る」
え、という顔をする手下の横を通り抜ける。
「レイフ!」
呼ぶと、彼は当然のようにアーネストの前に出て片膝をつこうとした。
それを制して、腕を絡めて耳打ちする。
「削れたか?」
「いえ」
レイフは自身の爪を見せた。爪が短くなって血がにじんでいた。アーネストの命令に従って削ってくれていたのだ。その献身に、アーネストの心はじんわり温かくなる。
「石と爪では、爪が負けるようです」
「それは翡翠の中でも最高級だからな。硬さもケタ違いなのだろう」
「アネモネ様がお待ちです」
アーネストはレイフの手をつねった。
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