【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

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三章

10 オスカー視点

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 獣道を通り、崖下に入る。オスカーは歓喜した。

 ──いた。

 音を殺して近づく。兄と男は、背を向けていてまだこちらに気づいていない。先に男を殺してから、兄をこの手で殺す。処刑人を介すよりも自分の手のほうが、よっぽど愉悦にひたれる。兄の死を味わい尽くす。待ちわびた瞬間が今、目の前まで来ていた。

 魔法陣を出し、男に標準を定める。発動させようとする寸前、手首が切り落とされた。

「──え?」

 壮絶な痛みが襲う。オスカーは落ちた手を繋ぎ、回復魔法をかけた。

「ああ…!うう!」

 目の前の二人の姿が跡形もなく消えていた。
 あれは──幻影!

「あっけないものだな」

 ドン、と光るものが降り落ちる。その閃光が、今度はオスカーの両腕を切り落とした。

「あ、あああ!!」

 焼き切れた肉の焦げたニオイがする。自分の体の肉のニオイに、オスカーは吐き気を催し、喉元までせり上がってくる。

「ぐっ、ぉ、おお…!」
「血止めはしておいたぞ。私は優しいからな。出血多量で死ぬことはあるまい」

 声がしたのは直ぐ背後だった。壮絶な痛みで、振り返ることも出来ない。

「あ、あにうえぇ…!」
「レイフ、仰向けに寝かせてやれ」

 膝を折って座っていたオスカーを男が寝かせる。こちらを見下ろす男は、胸に致命傷を負わせたはずなのに傷一つ無く、同じく見下ろす兄の腕にはブレスレットが無かった。

「翡翠の…術式を解いたのか…!どうやって!」

 よく見れば男のブレスレットも無くなっている。二つのブレスレットはオスカーが密かに研究して術式を何重にも巡らせた特製だ。それをあんな逃げている最中に二つとも壊せる代物ではなかった。

 兄は青い瞳を細める。いつも見ていた聖母のような微笑みは鳴りをひそめ、冷たい目線を送っている。

「この通り、私は魔力を取り戻した。このまま殺してやってもいいんだが、それでは生ぬるいからな」
「どうやって!壊せるわけがない!私はあのブレスレットに何年もかけて術を仕込んできた!改良も何度もした!壊せるはずがない!」
「ああよく出来ていたな。解析のしがいのある術式ではあった」

 兄が嘆息する。

「──まぁ、今の私には、術式も何も関係ないのだがな」

 ふと、気づく。何かがおかしい。

 魔力を有する者同士は、魔力を感じることが出来る。魔力を目に見て感じ取ることが出来る。もちろんその相手がどれほどの魔力の量を持っているのかも、一目見れば分かる。

 だが兄はまったく見えなかった。ただの人のように、ただそこに立っているだけだ。

 両腕が切り落とされた時も、今も、魔力を感じなかった。ひとりでに腕が落ちるわけが無い。攻撃魔法を使ったとしか考えられない。
 なのに何の痕跡も残っていない。こんなのはあり得ない。技を使えば魔力の残滓が残るはず。

「まだ分からんか。察しの悪い」

 時間切れだと言わんばかりに、兄が視界から消える。仰向けに寝かされた岩の天井、亀裂から一滴の水が滴り落ちる。
 その水が、不自然に光る。
 この反応は──

「──そんな…まさか」

 あり得ない。こんなことが可能なわけが──

「ようやく気づいたか」

 静かに見下ろしている兄を、こんなに得体が知れないと思ったことはない。兄の反応から、この推測が正しいのだと驚愕する。

 それでも本当かと疑ってしまうのは、こんなことが可能な人間がいるわけがないからだ。

「この空間全てを、己の魔力で満たしている…?」
「そうだ」

 こともなげに兄は認めた。

 これほど兄を、化け物だと思ったことはない。

 空間全てを魔力で満たせば、この場を支配出来る。相手の魔力を圧倒できるし、無力化も出来る。ブレスレットを砕くのも造作も無い。己の魔力で満たされているから、痕跡や残滓などという「かけら」が残るわけがない。空間すべてなのだから、空気のようなものだ。よほど意識しなければ、違和感に気づけない。
 
 こんなことが出来る人間はまずいない。大量の魔力が必要で、範囲も狭く、短時間がせいぜいだからだ。オスカーほどの魔力量でも、自分の周囲を満たすのがやっとだ。

 それが、兄の魔力支配の端がまったく分からないのだ。どの範囲までが満たされているのか探知できない。

「どこまで…満たしているのですか」
「とりあえず屋敷を含む森一帯だな。もしや軍でも待機させているのかと疑ったが、いなかった。己の性癖を隠すために一人で来たのだな」

 森一帯だと?ただただ驚愕するしかない。そんな広範囲を魔力で満たしたら、どれだけの魔力を消費するんだ。想像もつかない。
 兄がそんな桁外れの魔力を隠していたなど全く気づかなかった。気づいていたら、最初から兄を自分のものにしようなどと思わなかった。母も王座を狙おうと画策しなかった。

 これこそ神のなせる業。
 とうてい人などが脅かせるわけが無かった。
 やはり兄は神だったのだ。
 
「かみさま…」

 切り落とされた腕を伸ばす。届かぬ存在。兄こそ、己がもっとも信仰する存在。人からも切り離された、誰にも触れられない存在。唯一神。

 悟ると、恍惚としてきた。こんなに満たされた気分なのは久しぶりだった。

 オスカー、と名を呼ばれる。冷たい視線を送る兄は、かつてないほど神々しかった。直々に名を呼ばれ、オスカーは起き上がって頭を垂れた。


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