37 / 42
三章
10 オスカー視点
しおりを挟む獣道を通り、崖下に入る。オスカーは歓喜した。
──いた。
音を殺して近づく。兄と男は、背を向けていてまだこちらに気づいていない。先に男を殺してから、兄をこの手で殺す。処刑人を介すよりも自分の手のほうが、よっぽど愉悦にひたれる。兄の死を味わい尽くす。待ちわびた瞬間が今、目の前まで来ていた。
魔法陣を出し、男に標準を定める。発動させようとする寸前、手首が切り落とされた。
「──え?」
壮絶な痛みが襲う。オスカーは落ちた手を繋ぎ、回復魔法をかけた。
「ああ…!うう!」
目の前の二人の姿が跡形もなく消えていた。
あれは──幻影!
「あっけないものだな」
ドン、と光るものが降り落ちる。その閃光が、今度はオスカーの両腕を切り落とした。
「あ、あああ!!」
焼き切れた肉の焦げたニオイがする。自分の体の肉のニオイに、オスカーは吐き気を催し、喉元までせり上がってくる。
「ぐっ、ぉ、おお…!」
「血止めはしておいたぞ。私は優しいからな。出血多量で死ぬことはあるまい」
声がしたのは直ぐ背後だった。壮絶な痛みで、振り返ることも出来ない。
「あ、あにうえぇ…!」
「レイフ、仰向けに寝かせてやれ」
膝を折って座っていたオスカーを男が寝かせる。こちらを見下ろす男は、胸に致命傷を負わせたはずなのに傷一つ無く、同じく見下ろす兄の腕にはブレスレットが無かった。
「翡翠の…術式を解いたのか…!どうやって!」
よく見れば男のブレスレットも無くなっている。二つのブレスレットはオスカーが密かに研究して術式を何重にも巡らせた特製だ。それをあんな逃げている最中に二つとも壊せる代物ではなかった。
兄は青い瞳を細める。いつも見ていた聖母のような微笑みは鳴りをひそめ、冷たい目線を送っている。
「この通り、私は魔力を取り戻した。このまま殺してやってもいいんだが、それでは生ぬるいからな」
「どうやって!壊せるわけがない!私はあのブレスレットに何年もかけて術を仕込んできた!改良も何度もした!壊せるはずがない!」
「ああよく出来ていたな。解析のしがいのある術式ではあった」
兄が嘆息する。
「──まぁ、今の私には、術式も何も関係ないのだがな」
ふと、気づく。何かがおかしい。
魔力を有する者同士は、魔力を感じることが出来る。魔力を目に見て感じ取ることが出来る。もちろんその相手がどれほどの魔力の量を持っているのかも、一目見れば分かる。
だが兄はまったく見えなかった。ただの人のように、ただそこに立っているだけだ。
両腕が切り落とされた時も、今も、魔力を感じなかった。ひとりでに腕が落ちるわけが無い。攻撃魔法を使ったとしか考えられない。
なのに何の痕跡も残っていない。こんなのはあり得ない。技を使えば魔力の残滓が残るはず。
「まだ分からんか。察しの悪い」
時間切れだと言わんばかりに、兄が視界から消える。仰向けに寝かされた岩の天井、亀裂から一滴の水が滴り落ちる。
その水が、不自然に光る。
この反応は──
「──そんな…まさか」
あり得ない。こんなことが可能なわけが──
「ようやく気づいたか」
静かに見下ろしている兄を、こんなに得体が知れないと思ったことはない。兄の反応から、この推測が正しいのだと驚愕する。
それでも本当かと疑ってしまうのは、こんなことが可能な人間がいるわけがないからだ。
「この空間全てを、己の魔力で満たしている…?」
「そうだ」
こともなげに兄は認めた。
これほど兄を、化け物だと思ったことはない。
空間全てを魔力で満たせば、この場を支配出来る。相手の魔力を圧倒できるし、無力化も出来る。ブレスレットを砕くのも造作も無い。己の魔力で満たされているから、痕跡や残滓などという「かけら」が残るわけがない。空間すべてなのだから、空気のようなものだ。よほど意識しなければ、違和感に気づけない。
こんなことが出来る人間はまずいない。大量の魔力が必要で、範囲も狭く、短時間がせいぜいだからだ。オスカーほどの魔力量でも、自分の周囲を満たすのがやっとだ。
それが、兄の魔力支配の端がまったく分からないのだ。どの範囲までが満たされているのか探知できない。
「どこまで…満たしているのですか」
「とりあえず屋敷を含む森一帯だな。もしや軍でも待機させているのかと疑ったが、いなかった。己の性癖を隠すために一人で来たのだな」
森一帯だと?ただただ驚愕するしかない。そんな広範囲を魔力で満たしたら、どれだけの魔力を消費するんだ。想像もつかない。
兄がそんな桁外れの魔力を隠していたなど全く気づかなかった。気づいていたら、最初から兄を自分のものにしようなどと思わなかった。母も王座を狙おうと画策しなかった。
これこそ神のなせる業。
とうてい人などが脅かせるわけが無かった。
やはり兄は神だったのだ。
「かみさま…」
切り落とされた腕を伸ばす。届かぬ存在。兄こそ、己がもっとも信仰する存在。人からも切り離された、誰にも触れられない存在。唯一神。
悟ると、恍惚としてきた。こんなに満たされた気分なのは久しぶりだった。
オスカー、と名を呼ばれる。冷たい視線を送る兄は、かつてないほど神々しかった。直々に名を呼ばれ、オスカーは起き上がって頭を垂れた。
304
あなたにおすすめの小説
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
天使の声と魔女の呪い
狼蝶
BL
長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。
ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。
『も、もぉやら・・・・・・』
『っ!!?』
果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?
第十王子は天然侍従には敵わない。
きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」
学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる