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再会と困惑①
しおりを挟む全く煩わせてくれる。王は移動の馬車の中で悪態をついた。何とか探させてやっと見つけたかと思えば、ラジュリー王国の貴族に買われていたとは。また面倒な奴に言い寄ったものだ。国外に脱出した後だったらもっと面倒になっていた。おそらくはそれが狙いだったのだろう。嫌なところをつく。
アンは眠らせて箱に入れている。廃した者を王宮に入れると妙な噂が立つ。隠れ家として使用している別邸へと運ばせる。最奥の部屋に箱を置かせて、蓋を開ける。間違いなくアンが眠っていた。
顔を見るのは実に二ヶ月ぶりだった。それだけなのに、何年も会っていないような気になった。
もともと細身だったが、ますます痩せたように思う。顎のラインがよく見えて、手の甲の骨が浮き出ていた。
頬を叩く。薬はとっくに切れているはず。まつ毛が震え、目を開ける。髪を掴んで、顔を上げさせる。アンは苦しそうな顔をした。
「…っあ…!」
「この馬鹿女め!機密を売るなどどうかしてるぞ!俺へ嫌がらせをしてさぞ楽しかったろうな。このままお前を殺してやっても──」
痛みと怯えの眼を向けられて、思わず言葉を失う。
金の瞳。
「──おまえ…なんだその目」
アンは答えない。痛みに耐えている。王が引っ張ると悲鳴を上げた。
「答えろ、アン。何か細工でもしてるのか」
「…っう…」
「答えろ!」
体を震わせて目を強く閉じる。怯えきった姿に、今までも散々に詰ってきた自覚がある王は違和感を感じた。
あの廃妃を宣言した場でさえも、アンは顔色一つ変えなかった。なのに今目の前にいるこの女は、まるで別人だ。
だがどう見てもアンとしか思えない。瞳の色以外は、アンそのものだ。
金の瞳は悪魔と交わった証と言われている。魔女狩りがあった頃の言い伝えで、実際にはそんな者はいないと思っていた。
震える唇がわずかに開く。いたい、と呟いた。
王はしぶしぶ手を離した。起き上がったアンは、周りを見渡して、再び怯えた目を向けてきた。
「…グレンさまは…?」
ひどく拙い喋り方だと思った。娼婦をしている間に、こんな技を身に着けたのか。そんなに器用な女じゃなかった。違和感が増していく。
「お前を買った男ならいないぞ。誰もお前を助ける者はいない」
「あなた…誰ですか?」
「馬鹿が。本当に馬鹿になったのか」
「…どなたですか?ここ、どこですか?」
嘘をついているのなら、大した演技だ。腕を掴んで顔を近づける。金の瞳。揺れて、自分の姿が映る。
「俺が分からないのか」
「わ、わかりません…あの、グレンさま…」
「アン」
「わたし、アニーです」
「それは偽名だろう」
「ちがいます。いつもグレンさまは、そう呼んでくださいました」
「うるさいぞ!あの男の名は言うな!」
びくりと震えて身を縮める。極度な反応に王は戸惑った。こんな女を知らない。こんな、弱々しい女なんか、知らない。
掴んでいる手が冷たいと感じる。自分の手が冷たいのではなく、この女の体が冷たいのだ。暖炉の火はついている。震えているのは、怯えからか、寒さからか。両方か。こんな有り様の女にどう声をかければいいのか、分からなかった。
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