【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

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解放の日②

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「えっ……?」
「聞こえたろう。俺は王になった。もう金の瞳は要らない」
「ど、どうして?私、お役に立てます。エイドス様の邪魔になる者を」
「お前が邪魔だ」

 突き放す言葉。彼女は引きつったような悲鳴を上げる。

「う、嘘です!私、邪魔なんかじゃ…!」
「死なせる事しか出来ない時点で、役に立たない。殺すなんてな、誰だって出来るんだ」
「嫌です!そんなこと言わないで」
「言わせてもらう。俺は初めからお前を利用する為に妻に据えた。王になるためには金の瞳が必要だった。王になった今、俺に必要なのは有力な後ろ盾のある妻と、その子供だ。実家の無い、子も宿せないお前が居ても邪魔なだけだ。分かったか」

 エイドスが話している途中から、彼女のすすり泣く声が聞こえ始めていた。嫌だ、と何度も言っている。

「…妻じゃ無くても構いません。…お願いします。お慕いしております…そ、傍に居させてください…」
「用済みを傍にはおけない。目障りだ」
「…なら、なら…死にます。ご迷惑はかけません」
「お前は覚えてないだろうが、既に三度死んでいる。不死のお前は死ねない」

 三度死んでいる?聞き逃せずグレンが振り返ると、アニーは立ち尽くすエイドスの足元にすがりついていた。エイドスは顔色一つ変えずに見下ろしている。

「お前は化け物だ。そんな得体の知れない危険な者を国には置いておけない」
「…殺してください」
「俺をわずらわせるな」

 駄々をこねる子供のように、嫌々と首を振る。離れまいと、細い腕はエイドスの足にしがみついている。

「──邪魔だ!さっさと離れろ!」

 怒声に、アニーは体を震わせる。それでも離れようとしない。グレンも流石に見ていられず、二人の元へ向かう。

「この化け物め!お前のせいで散々な目に遭った。お前なんか連れてくるんじゃなかった!」

 エイドスの真横に片膝をついて、グレンは見上げた。

「殿下、彼女は衰弱している。追い詰めるような事はしないでくれ」

 グレンの言葉は無視される。エイドスの視線はアニーに注がれて、その彼女は額を押し付けている。

「殿下、これ以上は」
「……やっと寝た」

 おもむろにエイドスは屈むと、しがみついていたアニーを抱き抱えた。腕は力なく垂れ下がり、その顔は涙に濡れて、瞳は閉じられていた。

「彼女は…?」
「水に睡眠薬を混ぜて飲ませた。効くか分からなかったが、人並みに効いてくれて良かった」
「眠らせる意図は?」
「引き取ってもらうためだ」

 アニーを渡される。理解出来ないという顔をすると、エイドスは馬鹿にしたようにわらった。

「鈍いな。ソフィアを連れていけ」
「……利用価値が無いからか」
「この娘は見た者を簡単に殺してしまう。その力を無効に出来るのは貴様だけだ。連れていけ」

 グレンの従者には既に荷物をまとめさせたという。全ての段取りを終えて、後は二人が馬車に乗るだけだとも言った。

 エイドスはグレンの前髪に触れた。金の重瞳が露わになる。
 
「その金の瞳、お前も女神の呪いを受けたのか?」
「生まれつきだが、そうかもしれない」
「お前も、彼女を利用する為に探していたのか?」
「そう思っているのなら、何故俺に託す?」

 エイドスは苦笑する。自嘲にも見えた。

「無粋なことを聞いた。許せ。──人払は済ませてあるが、時間は無い。早く行け」

 腕の中のアニーがみじろぐ。抱え直して、一ニ歩下がってから、エイドスに背を向けた。

「──待て」

 エイドスの引き止めに直ぐに振り向くと、彼自身、何故こんな言葉を言ったのか分からないような、珍しく気まずそうな顔をしていた。彼は一瞬だけ苦笑すると、グレンを真っ直ぐ見つめた。

「──ソフィアは、暗闇を怖がる。眠るときは明かりを絶やさないように」
「…分かった」
「それから紅茶が、カモミールが好きなようだ。よく夜に飲んでいた」
「ああ」
「それから…ボールロールの詩を愛していた。誰かとの記憶を大切にして、俺には読ませてもくれなかった」
「…覚えておく」

 言葉が途切れる。視線はアニーに向けられていた。最後の言葉は無かった。グレンは今度こそ部屋を出た。





 馬車が出ていったという。ダンカンからの報告をエイドスは頬杖を付いて聞いていた。

 王の政務室は、奏上が積み重なっていた。父は宰相にほとんどを任せていたようだが、エイドスはそうする気は無かった。

 とはいえ何もかも気が抜けてしまってやる気が起きない。政敵は死に、愛した人は愛する者に託し、ただ虚しさだけが残った。

「これで良かったんですか陛下」

 ダンカンの言葉に、取り敢えずは頷く。一つの奏上をつまんではみるものの、広げた中身は頭に入ってこない。

「あんな化け物、飼っておけない。適切な処理だ」
「心にもない事を言うもんじゃないぜ。これからアンタの治世が続くんだから、ずっと偽ってると耐えられなくなるぞ」
「敵も味方もいない。こんな気楽なことは無い」
「寂しいねぇ。でも、可愛らしい人だったな」
「……それだけの人じゃない」
「どういう人だったんだ」

 エイドスは読み終えた奏上を丸めた。ダンカンに放る。

「それは宰相に処理を任せろ。俺への報告は要らんと伝えろ」
「傷心を癒やすには酒か、新しい女ですよ」
「くだらん事言ってないでさっさと行け」

 手を振ってダンカンが部屋を出ていく。入れ代わりに従僕がやって来る。

「陛下、クインツ国からの使いの者が来ております」
「クインツから?何の用だ」
「それが…子供が来ておりまして」

 子供?エイドスには心当たりが無かった。子供を使者に立てるなど、王が幼いから同じような者を寄越したのだろうか。変な真似をすると思いながら、使者の者を呼ぶと、それはギルだった。

「ギルじゃないか…!?どうした?こんな所まで」

 風邪を引いて伏せっていた。あれからまだ数日しか経っていない。なのにわざわざ厳しい山脈を超えてやって来た理由が、考えを巡らせてもエイドスには分からなかった。

 ギルはひざまずいた。エイドスは近づいて直ぐに立たせた。

「そんなことしなくていい。風邪は?もう体調はいいのか」
「ナセル新国王に拝謁します」
「いいから。長旅で疲れたろう。座れ」
「レオン陛下より即位に際しての信書をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。後で読んでおく」

 それから、とギルは少し恥ずかしそうに言う。

「…僕、お役に立ちたいんです…家族にも言ってきました。何でもしますから、お傍にさせてください」
「まさか…その為に来たのか?」

 ギルは頷いた。子供の身で自分を求めてやって来た者は、ギルが初めてだった。

「旦那さまに助けていただいた恩を返させてください」
「そんなつもりで助けた訳じゃない。無理に来なくて良かったのに」
「…無理してません。本当です。ご迷惑は承知です。でも、何かしたいんです。旦那さまの為に、何かしたいんです」

 なんて一途な。この計り知れない程の一途さに、エイドスは胸が締め付けられる思いがした。これはきっと、親愛の情だ。

 エイドスは膝をつく。出会ってから少し成長した子供は、こうすると彼の方が目線が上になる。

「そうか。助けてくれるか」
「はい。なんでもします」
「助かる。人手不足でな。ギルに手伝ってもらえるなら百人力だ」

 頭を撫で、ぎこち無く体を寄せる。目頭が熱くなるのを必死に堪らえた。







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