【完】【R18】嫁いだ姉が死んだので、妹の私が嫁ぎ直しましたが、夫に溺愛され過ぎて困っています。

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 五日が過ぎても、伯爵はマリアの部屋にやって来なかった。邸にいないと知ったのは、それから更に何日か経ってからだった。モニカに聞いてもよく知らないという。
「伯爵様の武功はよく知られてます。この間の戦役でも大軍を退けました。皇帝さまから栄典を授与されたとかされるとか、そんな話があるそうですよ」
 そう言いながら、モニカはシーツの交換を手際よくしていく。つい、と顔がドレッサーへと向けられた。
「ブラシの手入れもしますね」
「ありがとう。扉開けますね」
「奥さまやめてください!これくらい平気です」
 モニカはエプロンのポケットにブラシを入れ、シーツを抱えたまま難なく扉を開けた。
 すると、開けた扉の前に伯爵が立っていた。
 モニカは驚いて悲鳴を上げる。マリアも悲鳴を上げていたかもしれない。
「モニカ!失礼だぞ!」
 伯爵の後ろから従者が顔を出したしなめる。伯爵は背が高く体格もそれなりだ。対する従者は一回り小さい。すっぽり隠れてしまう。
 モニカは謝罪しつつ慌てて部屋を出ていく。パタパタと音を立てて去っていった。
 使用人の誰もマリアに知らせなかったから、急な帰宅だったのかもしれない。マリアは近づいて一礼した。
「おかえりなさいませ」
 昼間の伯爵に会うのは珍しかった。白の上衣に黒のゆったりしたズボンを履き、腰には太いベルトが巻かれていた。そこには短剣が固定されていた。夜着しか見てこなかったから少し新鮮だった。
 従者が小箱を恭しくマリアに見せた。黒地に金の装飾が施されていた。開かれると、その中にはひしめき合うように、宝石が詰まっていた。
「これは…?」
「皇帝より下賜されました。奥方様にといただいたものです。お受け取りください」
 マリアは余り気が進まなかった。まだその席について日が浅く、特に内務に関わったわけでもない。貰うべきではなかったが、他ならぬ皇帝からの指名だ。受け取らないのは不敬に当たる。マリアは取り敢えず受け取った。
「礼状は私から出しておく。気兼ねなく使え」
 と、伯爵が言う。相変わらず威圧的な瞳。身体を重ねるだけの関係で、まともな会話もない。外見的要素からでしかこの人を推し量れなかった。 
 従者が更に続ける。
「先の戦役の褒章として、この度オリファント伯爵は、ツベル川以南のハーフェル領を皇帝より賜りました。よって、ハーフェル辺境伯の称号を得ました」
 その知らせは全く寝耳に水だった。伯爵が軍功を上げたのは知ってはいたが、敵国から奪った領土を拝領するなど、全く考えもしなかった。
「…それは…おめでとうございます」
 マリアは驚きを隠して夫を称える。彼は何も答えなかった。従者の報告が終わるのを待っていただけで、話し終えると終わったと判断して、自分だけさっさと部屋を出ていった。
 これには従者もさすがに、と思ったらしい。同情的な顔をマリアに向けた。マリアは手を振った。気にせず行きなさいという意味だったが、従者も理解してくれたらしい。では、と頭を下げて主の後を追っていった。

 夜に伯爵がやって来た。子種だけ注ぎ終えると、直ぐにいなくなった。モニカが恐る恐る入ってきてお清めしますと言ったが断った。汗もかかない短い時間だった。
 
 次の日の夜も同じだった。お互い服もろくに脱がないで済ませた。伯爵がただそれだけのためにマリアを扱っている。子を宿し産ませる。逆らう気は無かったが、どうしても知りたいことがあった。伯爵と話せるのはこの時しかない。マリアは意を決して口を開いた。
「お聞きしたいことが」
 伯爵はベットの端に座って靴紐を結んでいた。無視されて手も止めなかったが、マリアは「話すな」とは言われていないと解釈した。
「──姉の墓の場所を教えて下さい」
「そんなものは無い」
「花を手向けたいのです」
「初めて邸に来たときの言葉を思い出せ」
 姉が何故死んだのかを問うた時、彼は『ここには来なかった』と言った。いっときも忘れたことがない。
「お願いします。他は何もお聞きしませんから」
「くどい」
「旦那さま」
 伯爵は立ち去っていった。コツコツと響く足音が無情さを伝えていた。

 辺境伯になったからといって、特にそう変わるわけでもないらしい。このもともとの住まいにマリアは留め置かれた。
 あの夜以来、また追及されるのが煩わしいと思ったのか、薬で眠らせて事に及んでいるようだった。モニカが持ってくるハーブティーの中に眠り薬を含ませているらしく、それを飲むと次の朝まで全く起きなかった。ただ、腹に違和感が残っていた。そんな毎日だった。

 医師が度々呼ばれ、とうとう妊娠が発覚した。三ヶ月だという。モニカは喜んでくれたが、マリアは素直に喜べなかった。覚悟はとっくに出来ていたはずなのに、いざこの身に子が宿ると、虚しさが胸いっぱいに広がった。
 伯爵はぱったり来なくなった。当然だと思った。七ヶ月後も来ないだろうと思った。

 モニカの他に、もう一人世話役がついた。バーサと言った。四十代で、出産経験があることから、マリアの相談相手にと選ばれた。
 恰幅がよく、力もあった。マリアぐらいは簡単に抱き上げられた。モニカともウマがあって、よく二人で話をしていた。
 バーサは乳香を焚くのを止めさせた。妊婦には身体に悪いからと。こ伯爵と直接交渉してくれたらしい。
 バーサはよく気がついた。ほとんど話さないマリアを注意深く観察して、さり気なく気を遣ってくれた。モニカも世話をよくしてくれたが、バーサは本当によく見ていた。
 気が塞ぎがちなマリアを毎日、庭へ案内してくれた。バーサは口調が落ち着いていて、話し上手だったから、マリアも次第に少しずつ打ち解けていった。姉、よりは母のような安心感があった。

 つわりが酷かった。何を食べても吐いてしまって、水を飲んでも吐いてしまった。
 起きていても横なっていても気持ち悪く、誰かに助けてほしかった。
 モニカが、水差しを持ってきた。寝台で横になるマリアを抱き起こす。
「少しはお飲みなってください。砂糖漬けのレモンが入ってますから、飲みやすいかと」
 少し、口に含んでみる。レモンの爽やかさと砂糖の甘さが美味しく、すぐに飲み干せた。
「…美味しい」
 そう言うと、モニカは、ホッとしたように微笑んだ。
 
 次にバーサがやって来た。盆の上に皿を乗せて、見てみると冷製スープのようだ。色は白く、何の匂いもしなかった。
「百合根のスープです」
「百合根?」
「はい。すみません。私もよく知らないんです」
 取り敢えず一口食べてみる。さっぱりしていて美味しかった。完食すると、モニカとバーサ二人で喜んでくれた。だいぶ気を揉ませてしまっていたようで、マリアは申し訳ない気持ちになった。
 バーサが皿を片付ける。
「実はこれらは、伯爵様からの指示なんです」
「伯爵様が?」
「はい。奥さまのつわりが酷いという話をすると、直ぐにレモンの砂糖漬けと百合根をどこからか取り寄せて、一度試してみるようにと」
 お優しい方です、とバーサは言う。マリアは曖昧に頷いた。
 マリアのためではなく、産まれてくる子のためだと分かっていた。

 なんとかつわりを乗り切って、安定期に入った。お腹は大きくならなくて本当に赤ん坊がこの中にいるのだろうかと心配になってくる。バーサはたくさん食べろという。あまり食べられないから、栄養のあるものばかり食べた。

 眠っていると、誰かが腹に触れた。じんわり温かさが広がって、心地よかった。

 少しずつ、お腹が大きくなっていった。時々、胎動も感じられて、やっと実感が湧いてきた。

 庭に出ようと階段を降りていると、めまいがした。ぐらりと身体が揺れる。モニカの悲鳴が響いて、暗転した。

 起きると、知らない天井だった。顔を動かそうとして、体に激痛が走る。マリアは歯を食いしばった。涙が溢れた。
 そっと布が目元に置かれる。優しい手付きで押さえつけて、涙をしみ込ませた。
「マリア」
 どきりとした。伯爵の声だった。それから意識を失う前のことを思い出す。ハッとして腹をさすろうとするが、また激痛が走って叶わなかった。
「動くな。腕を折っている」
「あ、赤ん坊は…」
「無事だ」
 マリアは心底ホッとした。また涙が溢れた。
 足を踏み外し、腹をかばって腕をついて右腕を骨折したという。右腕を固定しているが、身重のため痛み止めは飲ませられないから、痛みに耐えるしかないという。痛みなどどうでもよかった。赤ん坊が無事なら何でも構わなかった。
 目に当てていた布が取られる。伯爵がじっとこちらを伺っていた。視線を合わせるのを避けて、部屋を眺めた。
「私の部屋だ」
 伯爵は言った。広い天蓋ベッドに寝かされているらしい。黒地に草花の刺繍が施されていて、落ち着いた雰囲気があった。
 マリアは起き上がろうとした。伯爵に止められる。
「寝ていろ」
「自分の部屋に戻ります」
「寝ていろ」
 仕方なく横になる。こんな状況で寝られるわけがない。自分の部屋の方が休めた。などと思って、ふと、思い出す。
「あの、モニカは?」
「休ませている」
「モニカが悪いんじゃないんです」
「分かっている。寝なさい」
 言われて、目を閉じる。腕の痛みでなかなか眠れなかった。

 その日から、伯爵の部屋で過ごした。日中は政務でいなかったが、合間には部屋に戻ってきて様子を見に来た。彼はいつも腕の痛み具合や、体の調子を尋ね、それ以外は特に会話も無かった。
 これは好機だと思った。伯爵の私室であれば、姉の死に関するものが出てくるかもしれない。腕が痛むのを我慢して、探してみたが見つからない。そんな証拠を残してここにマリアを置いておくわけもないかと、よくよく考えれば当然の帰結に至った。
 
 ある日、伯爵は朝に部屋を出たきり一度も戻ってこなかった。聞けば朝から外出しているという。
 マリアは直ぐに隣の部屋に向かった。
 そこは伯爵の執務室だった。紫檀の机の上には、なにかの報告書の束が積み重なっていた。机に取り付けられている棚から探してみる。どの棚もよく整理されていた。
 探すうちに一つだけ鍵のかかった箱を見つけた。なんの装飾もない木箱だった。持ち上げると軽く、中を降ると軽い音がした。
 鍵を探してみる。燭台や置物の下を見てみるが見つからない。この部屋にはないのかもしれない。
 もう一度、机の上を見やる。たくさん積み重なった束。まさか、と思ってそこに手を入れてみる。指の僅かな感覚。なにか硬い感覚を感じて、崩さないように慎重に手を入れる。
 するとあった。マリアは歓喜しそうになる。必死に抑えて小さな鍵を早速、鍵穴に嵌めた。回すと解錠の音がして蓋が浮いた。直ぐに開けると、中には一つのブローチが入っていた。金縁に、女神の絵が掘られたもの。カメオブローチだった。固定もされないで、無造作に入っていた。
 裏面を見る。そこには「ローレンスへ」と彫られていた。
 

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