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⑨
ロードレットと名乗られても、マリアには誰かは分からない。戸惑っていると、起き上がったソニアが二人の間に割り込んで手を広げた。
「ロードレット様!誰の許しを得て帰国されたのですか」
「お前こそ誰の許しを得て話している。どけ」
ロードレットがソニアの肩に手を伸ばしたので、マリアは咄嗟に叫んだ。
「やめて!ソニアさんに乱暴しないでください!」
「これは教育ですよ。ここは随分温いですね。家令も口答えしてくるし、分をわきまえぬ者ばかりだ」
「スチュアートさんに、何をしたの?」
マリアは震えながら言った。とにかく大柄で、彼がその気になればマリアの首を折ることなど造作も無さそうだった。
弟の存在をマリアは聞いたことが無かった。ソニアの必死な形相に、隠されていたのだと知った。カイルが誰にも会うなと言ったのは、この弟に対する警告だったのだ。
ロードレットが腰に手を当て、ねめるように上から下までマリアを見据えた。マリアは居心地悪く、嫌な沈黙だった。
「義姉上、お会いしたのは式のみでしたが、随分とお綺麗になって」
何を言い出すのかと思った。結論が分からず、マリアはじっと待った。
「──ここで私と貴女が身体を重ねたと知ったら、兄上はどちらを処罰するでしょうね」
ぐい、と腕を引かれる。ソニアが必死で止めようとするが、ロードレットが容赦なく突き飛ばした。壁に当たり倒れ込む。マリアが声を上げる暇も無かった。
軽々とマリアを持ち上げたロードレットは、寝室のベットに乱暴に降ろすと、手首を掴んで覆いかぶさった。手がするりと胸を撫でて、マリアは血の気が引いた。必死で身をよじるが、何の抵抗にもならなかった。
「っや!やめてっ!」
男は喉元で笑って、更に手を下へと伸ばした。腹に差し掛かると、違和感に気づいたらしい。男は身体を起こした。無言で見下ろすロードレットの顔は、カイルに瓜二つだった。
「…まさか」
「あ、赤ちゃん…います。だから」
──またか、という囁きを、マリアは確かに聞いた。ロードレットは掴んでいた手を離した。降りた髪をかき上げると、ダルそうに部屋を見回した。そしてベットから降りていった。
マリアは身体を起こす。掴まれていた手首がずきりと傷んだ。逃げようとベットの端へ。ロードレットが何をするのかも気になって、目で追い続けた。
彼はテーブルに置いてあった水差しを杯に注ぐと、懐から取り出した粉末を入れていた。全てを入れきってマドラーで回す。杯を手に取ると、くるりと振り向いた。マリアは震える足を何とか動かそうとしたが、遅かった。
あっという間に近づいて、マリアに杯を差し出した。
「飲んでください」
「…あ…なに、入れたの…?」
「飲んでください。飲んだら、帰ります」
ずい、と差し出される。粉末が入ったのを確かに見たのに、その水は全く濁っていなかった。ただの薬ではないことはマリアにも分かっていた。
ロードレットは待たなかった。マリアの顎を掴むと、無理やり飲ませようと杯を近づけた。
「──奥様!!」
家令が決死の覚悟でロードレットに突進する。スチュアートもロードレット程ではないが長身の持ち主だ。ロードレットには何のダメージも無かったが、杯を落とすことには成功した。杯が転がりマリアの足元を濡らした。
家令がやや乱暴にマリアを引き寄せる。マリアも家令に抱きついた。
「たった今、戦の終結の知らせが届きました。旦那様は直ぐにご帰還されます。ロードレット様、お引取りください」
「タイミングの良いことだ。本当かな?」
家令は書状を振りかざした。封筒には、オリファント伯爵の印章が捺されていた。疑う余地もない証拠に、ロードレットも引き下がった。
「まぁいい。義姉上、ご懐妊、おめでとうございます。無事のご出産をお祈りしております」
などと言いながら、あっさりロードレットは部屋を出ていった。大きな足音が聞こえなくなっても、マリアは中々家令から離れられなかった。
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