【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました

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 夢を見る。暗闇の、冷たくて、服が濡れていて寒くて震えていた。体はひどく衰弱していて、動けない。喉が乾いて、呼吸するたび、ひゅーひゅーと変な音がした。
 重厚な扉が開く音がして、誰かがきざはしを降りてくる。足音が止まると、男はこう言った。
『まだ生きてるのか』
 男は嗤う。それから男は近づいてきて──


「──リア!マリア!」
 男の呼びかけにマリアは目を覚ます。心臓が早鐘を打ち、激しく呼吸を繰り返していた。
 カイルが心配そうに覗き込んでいた。マリアは小さく大丈夫と答えた。
「我慢するな。ゆっくり深く呼吸するんだ。…そう、ゆっくり」
 言いつけに従って、ぎこちなく呼吸すると、だんだん落ち着いてくる。マリアはいつの間にか強張っていた身体を弛緩させた。
「もう…大丈夫ですから」
「恐ろしかったろう」
 カイルは先日のロードレットの襲撃のせいで、マリアが悪夢に襲われたのだと思ったらしい。だが見ていた夢は全く違うものだった。
 あれが自分の身に本当に遭ったことなのか、失われた記憶なのか、よく分からなかった。マリアは新たに心配させまいと、カイルには話さなかった。

 体は汗でぐっしょり濡れていた。張り付く衣服が気持ち悪い。少しでも逃れようと胸元の服を引っ張る。まだ手は震えていた。
 気づいたカイルが起き上がってベットから降りた。
「着替えを持ってくる。拭くものも。待っていなさい」
「あ…待って、ください」
 カイルが立ち止まる。大丈夫とは言ったものの、まだ胸中は不安が広がっていた。
「一人は嫌です…」
「…分かった」
 カイルはベットに括り付けられている紐を引っ張った。上にぶら下がっている鈴が揺れて音が鳴る。身重のマリアの為に、いつでも使用人を呼べるようにと取り付けられたものだった。
 果たして扉は直ぐにノックされた。カイルが通すと、短く用件を伝えた。部屋を出ようとするメイドをカイルは呼び止めた。
「それと、白湯を持ってきてくれ」
 メイドは再度礼を取り部屋を出ていった。

 服を脱ぎ、カイルがマリアの身体を拭いた。マリアは恥ずかしくて俯いていた。カイルは全く気にする様子もない。時間をかけず、すみずみまで拭き終えると、新しい服を広げて着せてくれた。
 さっぱりしてベットに座っていると、テーブルに置いてあった白湯をカイルが持ってきた。先にカイルが口を付けて、マリアに飲ませた。味に変化がないか、毒味をしてくれたのだと思う。不安がらせないためかカイルは何も言わない。そうしたさり気ない気遣いは随所で見て取れた。

 目覚めると、部屋の中は随分と明るくなっていた。隣にカイルの姿はなかった。
 視線を巡らすと、ベットの一番遠くのカーテンだけが開いていて、そこにカイルが椅子に座って本を読んでいた。起こさないようにとの配慮と、一人にさせない配慮だった。マリアは腹を抱えて起き上がった。すると直ぐに向こうは気づいて、立ち上がり、椅子に本を置いてマリアに近づいた。
「まだ早い。寝ていなさい」
「よく眠りました。おはようございます」
「おはよう」
 カイルはマリアの顔を覗き込んだ。マリアの目元を親指で擦った。
「まだ眠そうだ」
「そんなことありません。カイル様、冷たい手です。風邪を引いてしまいます」
「そんなにヤワじゃない」
 言いつつマリアをベットへ促す。マリアはベットの上に座った。
「カイル様、カーテンは全て開けて、ベットの中でご本をお読みください。身体が温まります」
「私は丈夫だから気にするな」
「夫を気遣ってはいけないのですか?」
 カイルは黙った。マリアは続けた。
「頼りない妻ですが、旦那様が私を助けてくださるように、私も旦那様をお助けしたいのです。大したことは出来ませんが」
「助けてもらっている」
 そうとは思えなかった。マリアは首を横に振った。そんなマリアを見て、カイルもゆっくり首を振った。
「貴女は覚えていないだろうが、初めての子を私は守れなかった」
 臨月だった、とさらりと言った言葉が、余計深い悲しみを含んで聞こえた。
「貴女はもう一度機会を与えてくれた。妻として、ここに留まってくれた。子をまた宿してくれて、これ以上の喜びは無い。どうか私の意を汲んでくれないか」
 カイルがこれ程の心情の吐露をするのは初めてだった。マリアは今ほど記憶が無いのを悔やんだことはなかった。自分の全てを愛してくれている。この人は、本当に私の全てが好きなのだと実感した。
 顔が赤い自覚があった。マリアは自分の頬に手を当てた。やはり熱かった。思い切ってカイルの手を引っ張って頬に当てた。思った通り。冷たくて気持ち良い。
 カイルはその様子を見て、もう片方の手も頬に添えた。マリアの顔が持ち上がって、唇を重ねる。マリアが呼吸出来るようにか、時々離れて、長い時間をかけて交わした。
 やがて終わる頃、カイルの手もすっかり熱を持っていた。


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