【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

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そして

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 解放されたのは一週間後だった。
 屋敷に戻されると、男爵との結婚は白紙になっていた。

 父も母もエリザベスの身に何が遭ったのか知っていた。
 一週間の間に殿下への輿入れが決まっていた。
 日取りまで決められていて、両親は喜んでくれたが、エリザベスはもう死んだも同然だった。

 呆然とするエリザベスに、母は優しく抱きしめてくれた。あまりにも唐突な出来事に、エリザベスだけでなく母も戸惑いながらこう言った。

「リズ、結婚なんてそんなものですよ。女からは決められない。これも運命だと思って、受け入れなさい」

 慰めにもならない慰めの言葉が、エリザベスを余計追いつめた。
 それが決定打となって、ある一つの決意をした。



 誰にも告げず家を出た。

 父母宛てに置き手紙だけしておいた。心ならずとある殿方と肌を合わせてしまったことに絶望して、とか自殺を仄めかしておいた。

 隣国へ逃げる。
 むかし旅行で行ったことがあったから、勝手は分かっていた。なんなく国を超えられた。

 隣国から更に隣国へ向かおうと、エリザベスは初めて電車というものに乗った。手続きが分からず言われるがまま乗った席は、個室の向かい合わせの席。四人が座れる席に既に三人座っていた。父母娘の三人家族らしい。身なりからどこぞかの貴族だろう。エリザベスは軽く会釈して入り口の端に座った。
 
 はじめは何の会話も無かった。
 娘さんは五才くらいだろうか。甘えたがりの年頃で母親に話しかけたりお人形に話しかけたり、せわしなかった。
 エリザベスはその様子を目の端で微笑ましく見守っていた。

「すみません。うるさくして」

 母親が声をかけてきた。エリザベスは微笑んだ。

「お気になさらず。元気な娘さんで良かったですね」
「そうなんです。病気一つしませんで。あ、これよかったらどうぞ」

 母親は缶の蓋を開けて見せてくれた。中身は飴だった。一つ摘んで口に入れる。キャラメル味だった。
 
 それから打ち解けてきたのか、家族と会話が弾んだ。聞けばこの国の子爵で、首都の視察の帰りだという。近々始める事業の為に、色々な工場を回ってきたそうだ。
 娘にとっては初めての旅行で、彼女のためにたくさんのおもちゃを買ったという。
 手にしている女の子のお人形もその一つだという。幸せな家族の姿だった。

「そのお年で一人旅など勇敢ですね。どちらへ向かわれるのですか?」

 と聞かれ、迷った末に口を開いた。

「…バッカスへ行こうかと」
「まぁそんな遠くへ。バッカスだなんて、あそこは寂しい所ですよ」

 母親に追随するように、父親も頷く。

「お嬢さん、あそこに特に用が無いのなら行かないほうがいい。去年、紛争が起きてまだ収まっていない。誰か親戚でもいるのなら話は別だが」
「…修道院がありますから」

 その言葉に二人は顔を見合わせた。
 エリザベスが何になろうとしているのか分かったのだろう。母は席を立って揺れる車内の中、エリザベスの両肩に手を置いた。

「修道女になるおつもり?」
「あそこならどんな身分の人でも受け入れてくださると聞きました」
「そんなの嘘ですよ。あそこは人身売買の組織なの。絶対に行っては駄目」
「…そうでしたか」
「その若さで修道女だなんて…それに佇まいからして、貴女は相当なお家柄の方だわ。大きな事情があるのでしょうけど、知り合った以上は見過ごせないわ」

 母親はすっかりエリザベスの身を案じて、離すまいと肩に力を入れた。父親は寡黙な人だが妻に賛成なのだろう。何も知らない娘だけが、無邪気に人形で一人遊びをしていた。

 エリザベスは彼らに事情を話した。
 とある殿方に無理やり純潔を奪われ、結婚させられそうになり、家を出たと。
 もしかしたら身籠っているかもしれないと。

 一人で抱え込むのに限界があった。エリザベスは疲れきっていた。


 家族はすっかりエリザベスに同情して、家に住むようにと提案してくれた。ただで住むには気が引けて働きますと言うと、娘の家庭教師の役目を与えてくれた。

「身籠っていたとしたら、初めての子どもは産まれる前から難しいものですよ。ここで会ったのも何かの縁。何でも甘えて抱え込まないで言ってくださいね」
「もう十分過ぎて、申し訳ないです」

 母親はエリザベスを、ふわりと優しく抱きしめた。僅かに香るライラックの匂い。それと相まってか、いつの間にか気を張っていた気持ちが、和らいでいくのを感じた。

「私のねえやもね、そうやって一人で死んでいったの」
「…え?」
「好きな人に裏切られて、首を吊って死んだの。お腹には赤ちゃんがいたわ」

 母親はさらりと言った。それが、エリザベスの胸を突いた。

 体が離れて、にこりと微笑まれる。まるで聖母のようだ。

「だから貴女が他人には思えなくて。ここにいれば大丈夫。一人や二人くらい増えたって、我が家はびくともしないわ。だから何も気にせずに、まずは心を落ち着けて、ゆっくり過ごしてくださいね」
「はい…ありがとうございます…」
「この国へようこそ。歓迎します。エリザベスさん」

 この選択は大丈夫なのだろうか。優しい母親。巻き込んでしまった。この人たちに危害が及んだりしたら。不安は拭えない。でも他の誰にも頼る術がない。すがるしかない。腹をそっと確かめる。まだ分からない。身ごもっていないと分かったなら、そっとこの家を出ていこう。そう考えるしかなかった。




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