【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。

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 皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。
 齢十八になる皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。
 マリアは皇太子と面識があった。皇太子の母、現王妃の女官として仕えていた過去がある。彼は幼いながら聡明で、将来を期待され、その通り皇太子となった。
 マリアは結婚で王宮を離れたが、まさか十年経って、こうして帝都へ戻ってくるとは思わなかった。王宮の門をくぐりながら、見覚えのある景色に古い記憶が蘇ってくる。懐かしさが込み上げた。あの頃はまだ、マリアは何も知らない純真無垢な少女だった。

 侍女の案内によって、長旅の労をねぎらわれることもなく、早速、床入りの準備をさせられる。湯浴みをして身を清め、夜着をまとう。本当にそれだけのために呼ばれたのだ。人目をはばかってか、使用人通路を使って皇太子の寝所に入る。
 部屋は暗闇に沈んでいた。マリアが持っている手燭のみが唯一の明かり。侍女もいなくなり一人きりになる。皇太子が来るまで、椅子に座って待つ。
 マリアの記憶にはない部屋だった。使用人通路を使ったから、マリアはこの場所が王宮のどの辺りにあるのかよく分からなかった。

 暗闇でひたすら待つ。静かに扉が開いて、マリアは立ち上がった。
 果たして、皇太子だった。供回りもおらず一人で入ってきた。彼も既に夜着に着替え、手燭を持っていた。上半身が浮かび上がる。
 皇太子は、この十年で立派な好青年に成長していた。マリアの腰までしか無かった身長はとっくに追い越され、愛らしかった顔は精悍になっていた。よく笑っていたように記憶していたが、今は表情が無くなって、鋭い瞳が冷たい印象を与えた。
「──マリア・ライトか」
 声も随分と低くなっていた。マリアは裾を広げて頭を下げる。
「皇太子殿下」
「礼はいらない。呼び方も昔のように」
 マリアは顔を上げたが、名を呼ぶのははばかられた。
 皇太子は手燭をテーブルに置いて座る。促され、マリアも対面に腰をおろした。
「久しいな。息災であったか」
「まだ私を覚えておいででしたとは。恐縮です」
「忘れたことはなかった」
 どう答えればいいのか分からず、沈黙がおりる。マリアは自らの役目を果たそうと切り出す。
「陛下より閨房術を授けよと命を賜りました。私は正直、自信は無いのですがお役に立てますよう努力いたします」
「聞くが、石女うまずめというのは本当か?」
 直球な質問にどきりとしつつも、はい、と認める。夫との間に子はいなかった。陛下も、それを期待して、わざわざマリアを指南役にしたようだ。
「私は子を成せません。ですから、殿下は何も気にせず私をお使いください」
 そう言うと、皇太子は手燭を持って立ち上がった。背を向けてベットへ向かい出したので、マリアも従った。

 指南役と言っても、マリアは夫しか知らなかった。本当に術など知らない。ただ女の体というものを教えるくらいは出来る。だから自分の体を惜しみなく差し出した。

 事を終える。マリアは床に落ちていた服を拾った。袖を通していると、ベットで横になっている皇太子が、こちらを見ているのに気づいた。マリアは微笑みかける。彼は最初から無表情のままだった。感情を読み取れず、何を考えているのか分からない。
 マリアは服を着終えると皇太子に一礼する。
「では私は、下がらせていただきます」
「何故」
「本日の指南は終わりましたから。ゆっくりお休みくださいませ」
 皇太子は体を起こした。
「まだ終わってない。ここにいろ」
 マリアはもう一度したいのだと思った。でしたら、と服を脱いでベットに上がる。
 だが彼はマリアを寝かせると、そのまま目を閉じてしまった。
「…殿下、あの」
「ここにいろ」
「…いつまで?」
 皇太子は答えない。マリアの肩を掴んで、まるで逃げるなと言わんばかりだ。
 とりあえず待ってみる。いつ声がかかるか分からない。そのうちに眠気がやってきて、うとうとしてくる。起きていないとと思って目覚めた時には、既に朝になっていた。

 明るい陽射しが窓から射し込む。マリアは隣を見た。皇太子の姿はなく慌てて起き上がると、狙ったかのように扉が開いた。
 皇太子だった。着替えを終え、普段着だった。
「起きたか。よく寝ていたから、起こさなかった」
「ご無礼をしたしました」
「構わない。また来る」
「また?」
 マリアはてっきり一度きりだと思っていた。そのつもりで、領地からも身の回りのものしか持ってこなかった。
 皇太子は眉を寄せた。初めて見せる表情。腕を組んだ。
「この部屋は貴女の部屋だ。好きに使うといい。使用人を呼んでおくから身の回りの世話をさせろ。また来る。待っていろ。いいな?」
「は…?──はい」
 かろうじて返事をすると、彼は部屋を出ていった。皇太子のまくし立てるような物言いと威圧感で、マリアは何も聞けなかった。


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