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マリアは王宮に留め置かれた。皇太子とはその後も何度か体を繋げたが最近ではマリアの方が根をあげてしまって、指南しているというより、されている気分だった。気をやって終わる時も多々あった。
「あの…殿下、もう私のお役目は終わったかと」
と何度か言ったのだが、その度に皇太子は不機嫌になって許してくれなかった。マリアはその理由が分からず、かと言っていつまでも三十の女が、将来有望の皇太子の元になどいるわけにはいかない。愛人だとでも思われたら皇太子の名誉に関わる。早く領地に返してほしかった。
そんな日が続くと、皇太子は珍しく昼間にやって来た。突然の訪れに、マリアは慌てて礼を取る。
昨日も抱かれた後で、気だるさから夜着のままだった。
「すみません。こんな格好で」
「いや、無理をさせた。すまない」
「お気になさらず。どうされました?」
皇太子はじっと見下ろしてくる。マリアは返事を待った。
「庭でも、と思ったのだが。体調が悪いようだ。明日でもいかがか?」
マリアは笑った。
「まぁ殿下。なりませんよ。私のような者を連れては、笑い者になりますよ」
「笑い者…?」
「殿下の隣を歩かれるお方は、もっと若く、お綺麗でないと」
確かに庭などを散策してはいかが、と提案したのはマリアだった。
でもそれは皇太子がどうしたら相手と親密になれるかと聞いてくるものだから、そう答えただけ。
「別の者をお誘いください」
「…私が貴女を誘ったら、貴女は迷惑か」
「とんでもない。身に余る名誉で嬉しくなります。ですが私は相応しくないので、辞退させてください」
誘った手前、皇太子も発言を撤回しづらいだろうと、マリアから断りをいれた。
皇太子はそうか、と踵を返した。マリアは礼を取って見送った。
夜になって皇太子はやって来た。先触れを受けていたマリアは出迎えた。
予めテーブルにはリラックス出来るナイトティーを用意していた。皇太子の前に置くと、ゆっくり口をつける。カップを置くと、彼は顔をあげた。
「今日は何もしない。ただ、一緒に眠りたい」
と言うので共にベットに入る。ちらりと横を見ると、彼は目を閉じていた。眠っているとは思えないが、マリアも目を閉じる。
奇妙な雰囲気が漂う。なんだか落ち着かない。寝返りをうって背を向ける。
「…マリア」
呼ばれて皇太子へ振り返る。彼はこちらに体を向けていた。少し目を細めて、力の抜けたような顔をしていた。
引き寄せられる。顔が近づく。そういえばまだ皇太子が幼い頃、お昼寝の時間にこうして共に眠ったことを思い出す。確か、皇太子から請われて、マリアが承諾すると嬉しそうに抱きついてきて可愛かった。
彼はマリアを抱きしめると、胸に顔を埋めた。そのままやがて寝息を立て始めたので、すっかり眠ってしまったらしい。かつての幼い皇太子の寝顔と重なる。でもあの頃とは全然違う。彼は成長しすっかり大人の男になり、私は斜陽の伯爵夫人となった。今回のお召しを承諾したのは、お金欲しさだった。少しでも破産の危機を回避しようという思いからだった。
そんなことなど知らずに皇太子は眠っている。随分と帰るのが遅くなってしまった。もう彼に教えることは何もない。長居するとあらぬ噂を流されてしまう。陛下にお許しを頂いて帰らせてもらおう。そう思いながら眠りについた。
「仮面舞踏会?」
朝、共にモーニングティーを飲んでいると、皇太子が今夜、仮面舞踏会が開かれると、ポツリと教えてくれた。
「そうでしたか。どうぞ楽しんでらしてください」
「一緒に参加してほしい」
「殿下、駄目ですよ。私などでは」
「私は社交界には顔を出していないし、貴女は十年ぶりにこちらに来た。仮面をしているから誰かなど分からない」
そういうものだろうか。マリアはいまいち納得出来なかった。
「他の見栄えのよい方々といってらしてください」
「踊れるだろう?」
「まぁ、人並みには」
貴族ならば誰でも踊れる。なんの為の質問だろうか。
「私は得意ではない。貴女なら気心知れている。多少ミスをしても貴女なら許してくれる。来てくれると恥をかかずに済む」
なるほど。下手に他の女性を連れて行って恥をかきたくないと。確かに。そういうことならマリアが適任かもしれない。
「…配慮が足りず申し訳ありません。でしたら、お供します」
了承すると、皇太子は微笑みを見せた。かつての笑顔と重なって不覚にも、ときめいてしまった。
仮面舞踏会へ。皇太子にエスコートされ入場する。彼がそっと顔を近づけてきた。
「この場ではノアと」
それは彼の幼い頃の愛称だった。小さく頷く。
すれ違う人皆が仮面をつけていた。
皇太子とマリアも、目元だけではあるが仮面を付けている。全て顔を覆ってしまう仮面では、踊るには息苦しい。
会場は、すっかり踊りと音楽で満たされていた。人々が代わる代わる踊っては、笑い声であふれる。きらびやかな世界。マリアはあまりにも久しぶりに目にして、気後れしてしまいそうになる。
皇太子は全くそうは思っていないらしい。堂々たる態度で人々が踊る輪の中にアンを連れていくと、ステップを踏み始めた。
あまりにも自然な流れだったのでマリアは少し反応が遅れる。すると彼はテンポを遅くして合わせてくれた。
得意ではないなどと、随分な謙遜だ。幼い頃から、そつがなかった彼に、そもそも苦手なものなどあるわけがない。
「…お上手ですね」
思わず口にすると、彼は仮面の下で少し笑ったように見えた。
「人前で見せるのは初めてで、緊張している」
彼が触れている所はどこも熱いくらいだった。どうやら本当に緊張しているらしい。途端、年相応に見えてくる。マリアは緊張をほぐしてあげようと微笑んだ。
「光栄です。最初の相手に選ばれるなんて」
また彼が笑ったような気がした。マリアの気のせいなのかもしれないが、この舞踏会を楽しめているようで良かった。
くるくる回る。楽しいステップ。周りの熱気に当てられて、楽しくなってくる。
顔が近づく。かすめるような、ささやかな口付け。素っ気なさすぎて、本当にキスしたのだろうかとえ思ってしまう。
でも彼の唇には赤い紅が。紛れもない証拠。彼は気づいていない。マリアはそっと、彼の口元を親指の腹で拭った。
皇太子は立ち止まる。急に止まるものだから、マリアは彼の足を踏んでしまった。
「あ…すみません」
「…………」
「でん…ノア様?」
踊るのを止めてしまったから、周囲から不審な目で見られる。マリアがもう一度声をかけると、皇太子はゆっくりと足を動かし始めた。マリアも続く。
「申し訳ありません」
「なぜ?」
「不躾な真似をしました。私の紅がついていたもので、つい」
皇太子は、いや、と短く言った。それきり口を閉ざした。
適当な所で切り上げて会場を抜け出す。皇太子は庭を歩こうと言ってマリアの手を取った。
「今は夜だ。誰もいない」
「そんなことありませんよ。今日は舞踏会なのですから、誰かしらは夜風に当たっております」
「大丈夫。良い場所がある」
そう言ってマリアの手を引っ張る。夜で灯りも無いのに、迷いなく進んでいく。
今夜は三日月だった。雲の切れ間から光が射す。彼の手だけが頼りで、相変わらず熱かった。
やがてたどり着く。マリアは匂いで分かった。立ち止まる。
「いけません殿下」
「構わない」
そこは花園だった。薔薇が植えられ匂いが立ち込めている。
そこに入れるのは、将来を誓い合うような相手のみ。マリアが入っていい場所では無かった。
「殿下、私はただの指南役でございます」
「マリア」
月光に照らされ、彼の姿が浮かび上がる。彼は仮面を外した。金の髪、青の瞳。整った顔立ち。夜の暗さとあいまって、いつもよりも余計に美しく見えた。
「今夜だけだと約束する。今だけ、一緒に、ここで月を眺めていたい」
ノアがマリアの耳に触れた。仮面を外されて、顔が近づく。マリアは反射的に口を開けた。その方が舌を絡めやすいからと、ノアに教えたのを思い出す。
口を合わせて、舌を合わせる。熱を分け合うと、一つになったように感じた。
どちらともなく離れる。マリアはうつむいた。
「…お上手になりましたね」
「そうだろうか。実感がない」
「他の女性にも、今のように優しくしてあげてください。安心するでしょうから」
彼は、今度は強引に口を合わせてきた。舌を噛まれ、引っ張られる。マリアは痛くて逃げようとするが、後頭部を押さえられていて叶わなかった。
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