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しおりを挟む「今回の外出は、取りやめになさっては?」
文句一つ言わない女官が珍しく意見を言う。マリアはありがとう、と言った。
「せっかくのお誘いだもの。断る理由はないわ」
「ご自分の噂をご存知でしょう」
「だからこそよ。少しでも顔を出して覚えてもらわないと」
女官は髪を結い上げる。鏡台の前に座るマリアは、今日も綺麗な化粧の仕上がりに惚れ惚れしていた。
セラフ教の教会へ、礼拝の為に街へ向かう。いつもなら王宮にある礼拝堂で行うのだが、向こうの司祭からの招待を受け、こうして準備をしていた。
元々はミルトン教の教会だったが、国教を変えてからはセラフ教の司祭が入り、建物も改修されていた。
改宗指示はあくまで貴族までで、平民は強要されていない。経済の要の商人たちはミルトン教信者ばかりで、彼らを国外に追い出すにはリスクが高すぎた。
だから街には小さいながらもミルトン教の教会はまだ残っており、セラフ教との対立問題も起こっていた。
女官が引き止めるのも無理は無かった。マリアの悪い噂は、この市中にも広まっていたからだ。王を誑かした悪女、多くの命を奪った悪女と認識されていた。
前に馬車で街中を移動していたら、石を投げられたことがある。だから今日は、近衛を護衛に付けていた。
その物々しさが仇になったのかもしれない。
無事に教会での礼拝を終える。
教会を出て、馬車に乗り込むまでの短い距離で、小さな男の子に声をかけられた。
男の子は一人だった。手には花束を。護衛に止められていたが、マリアが許した。おずおずと近づいてくる。屈んで男の子に微笑む。
「どうしたの?」
「これ…」
男の子が花束を差し出す。
「くれるの?」
こくりと頷く。マリアは受け取ろうと手を伸ばした。
その時だった。
男の子はマリアの手をすり抜けて、懐に入り込む。
ドン、という衝撃。胸元には花束が。
「マリア様!」
女官の切羽詰まった声。マリアは花束から血が滴り落ちるのを見た。
「悪魔め!」
取り押さえられた男の子が叫ぶ。
「父さんの敵!」
とも言った。
女官がマリアの体を支える。花束を取り除くと、胸元には一本のナイフが突き刺さっていた。
教会に運ばれ処置を受ける。
コルセットをしていたのと、子供の力だったのもあり、傷は浅いという。
今更になって痛みがやって来る。マリアはうめき声を上げた。女官が手を握り何度も大丈夫と言ってくれた。
「あの子は…?」
痛みを堪えながら聞く。
「捕らえてあります」
「許してあげて…」
「マリア様、今はこちらに集中して下さい」
止血をし、布が巻かれる。ちらりと見えた服は、真っ赤に染まっていた。
「陛下に伝えて…どうか、あの子を許してと」
「マリア様しゃべらないで!」
彼女の声が遠くなる。名を呼べただろうか。マリアは意識を失った。
静かだった。柔らかな感覚。頬に何か触れて。目を開ける。
「…ノアさま…」
彼は顔を寄せて額を擦りつけてきた。泣いていたのかもしれない。肩が震えていた。親指の腹がマリアの頬を撫でた。
名を呼ばれる。目を開ける。
父だった。
こちらを見下ろしていて、目が合う。苦しんでいるような顔をしていた。
「痛むか…?」
静かな声だった。胸がズキズキと傷んで、うん、と答える。
「痛み止めの薬がある。飲むか?」
マリアは頷いた。父は直ぐにマリアの体を起こした。薬を飲み、水で流し込む。手慣れているのは、母の介護をしていたからだろうか。
横になると、それだけで疲労がどっとやって来る。大きく息を吐くと、胸の傷が傷んだ。
「父さま、いつ来たの…?」
「たまたま王宮に伺う用事があってな。まさかこんな事が起こっていたとは。生きた心地がしなかった」
死んでも構わないと思っていた。あの子に会えると思えば。でも、父の顔を見ると生きていて良かったと思った。
「ノアさまは…?」
「事後処理にあたっておられる」
「事後処理…?」
「…陛下は、悔いておられた。とても」
マリアは父が、言葉を濁したのに気づいた。
「事後処理ってなに…?はぐらかさないで」
「あの騒ぎだからな。王宮も動揺が広がっている。それをお治めしてられるのだ」
「あの子は?父さま、どうなったの?」
父は知らないと言った。
「あの子は父親を殺されてしまったから、私を恨んでいたの」
「…分かった。確認しておく。今は休みなさい」
「今聞いて。お願い」
「分かった。待っていなさい」
父は立ち上がると直ぐに部屋を出ていった。扉が閉まってから、マリアは激しく咳き込んだ。胸の傷が痛む。痛み止めはまだ効きそうにない。
入れ替わりで女官が入ってきた。マリアが咳き込んでいるのを見て、慌てて近づいてくる。
「マリア様、痛み止めは?」
マリアは咳き込みながら頷く。女官は首元を柔らかなタオルで覆った。
「喉を温めれば咳も止まるかと」
部屋は暖炉で温められていた。時々、薪の割れる音がした。
女官の言う通り咳がやがて止まる。マリアはベットに沈み込んだ。
父は帰ってこなかった。女官に聞いても分からないと。あの子が気がかりだった。
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