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しおりを挟むマリアは王妃となる女性に出会って欲しかった。
ノアには悪いが、年頃の令嬢をお茶会に招きセッティングした。マリア自らが紅茶を注いで菓子を配りもてなす。どの子も可愛らしく若くみずみずしく、マリアには眩しいくらいだった。
勿論、この前の貧血騒ぎを起こした令嬢も呼んである。
ノアは気に入らなかったみたいだが、昼間の屋外ではまた違った顔に見えるだろう。
ノアには、何も知らせずに庭に来てもらうよう言ってある。もうしばらくしたらやって来るだろう。
マリアがいては令嬢も話しづらいだろうと、ノアが来る前に席を外す。
どうか、この中から陛下の目に留まる女性が現れますようにと願って。
不躾は百も承知で茂みに隠れ様子を伺う。女官も一緒にマリアの後ろに控えている。令嬢たちが口々に言う囁きに耳をそばだてた。
『──どうしてマリア様は私たちをお呼びになったのかしら』
『そりゃお妃候補でしょ』
『わざわざ自分の力を弱めるようなこと、何でするの?』
『お世継ぎは必要だから。王太后さまから強く言われたんじゃない?』
『陛下も物好きですこと。わざわざあんな子も産めない年増を公妾にするなんて』
と言ったのは貧血の令嬢だ。見た目の儚さからは程遠い毒舌だが、彼女の言葉にはマリアも同意だった。
『どんな手練手管を使ったのやら。ぜひ教えていただきたいものだわね』
『まぁはしたない』
くすくす笑い合う声。マリアはちょっと人選を間違えたかと思った。
その直後、ガタガタと椅子を動かす音。マリアは少し顔を出して様子を見た。
やっとノアが来たようだ。
令嬢達が立ち上がり一斉に挨拶する。マリアはまた顔を引っ込めた。
『陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう』
『…マリアは?』
『もうじき戻られますよ』
ノアは空いている椅子に座る。それに合わせて令嬢たちも座る。細々と令嬢たちがノアの為に紅茶を注ぎ、菓子を皿に乗せる。
貧血令嬢が、この茶葉はどこの産地のものか、この菓子はどういう材料を使ったのか、マリアが教えた話をノアに披露していた。
『陛下、先日はお相手してくださり、ありがとうございました』
『誰だ?』
マリアはがっかりした。顔も覚えていないと言っていたが、本当に覚えていないとは。
令嬢は負けじと、ほほ、と澄まし笑いをする。
『嫌ですわ陛下、マリア様主催のパーティーで、私、無礼にも倒れてしまって』
『ああ思い出した』
とは言ったものの、ノアはそれ以上何も言わない。
『陛下、聞きました?マリア様のうわさ』
『噂?』
『なんでも、他所の男との間にお出来になった子供を、ひそかに堕ろしたとか』
マリアはどきりとした。そんな噂が流れていたとは。
『馬鹿馬鹿しい』
ノアは一蹴しようとする。だが令嬢は続ける。
『別れた夫がそう触れ回っているとか。陛下の公妾の誘いを受けて、堕ろしたそうですわよ』
夫のトマス。彼ならやりかねない。当時、マリアの妊娠を知っていた数少ない人物。マリアは拳を握った。
『くだらん噂話を聞かせる理由を言え』
ノアはあからさまに苛立って言った。
『陛下にわかって欲しいのです。マリア様が陛下に純粋な気持ちで仕えている訳では無いのを』
他の令嬢も同意するように、次々と口を開く。
『色んな殿方と浮名を流したそうです』
『陛下の威光を笠に着て、大層な贅沢をなさっているとか』
『気に入らない使用人を密かに始末したと聞きました』
『陛下を虜にしようと、黒魔術に傾倒して悪魔に魂を売ったそうですよ』
身に覚えのないことをつらつらと羅列される。少しでもマリアの評価を落としたいのだろう。
『それで?』
ノアが興味を示したので、彼女たちも嬉々として、これ幸いにと更にマリアの醜聞を聞かせた。
一通り話し終えた後で、彼女たちの一人がこう言った。
『あのお方もあの歳で公妾など。恥ずかしいとお思いになりませんと』
茶器が割れる音。
令嬢たちは小さな悲鳴を上げた。
『衛兵!この者たちを捕らえろ!』
マリアは、まずい、と思って彼らの前に姿を見せた。
「陛下、どうなさったのですか?」
にっこりと微笑んで近づく。令嬢たちは足の早い衛兵たちに囲まれ怯えていた。
「マリア、どこに行っていた」
「所用です。ものものしいこと。折角のお茶会ですのに」
「この者らが貴女を」
「まぁ陛下!お袖が汚れています」
ノアの言葉を遮って、ハンカチで濡れた袖を拭く。テーブルには割れたカップが転がっていた。ノアが怒りのままに投げ捨てたのだろう。
「お召し物を変えましょう。こちらへ。…皆さま、すみませんが私たちはこれで失礼します。テーブルを整えさせますから、どうぞごゆっくり」
ほほ、と愛想笑いをしてノアの背中を押す。まだ何か言おうとするノアに、手を握って止めさせる。小声で従って、と囁くとノアは不愉快を隠さずに、マリアの肩を強く抱いて、その場から離れた。
「どういうつもりだ」
ノアは大股で歩きながら、苛立ちながら言った。まだ肩は掴まれたままで、マリアは歩調を合わせられず、小走りになる。
「お茶会をしただけですよ」
「くだらない噂話ばかりで不愉快だった」
確かに。もう少し慎み深いかと思っていたが、次はもう少し慎重に選ばないと。これではますますノアの王妃選びが遠ざかってしまう。
小走りでもついて行けず、躓く。ノアの手が伸びて支えてくれた。
「すみません…」
「いや…私が悪かった。すまない」
ノアは罰の悪そうな顔をした。マリアを立たせて、乱れた髪を整えた。
「貴女の魂胆は分かっている。王妃は選ばない。私は今後一切あんなのには出ない」
先回りして言われてしまった。マリアはでも、と食い下がった。
「誰もが陛下の隣を望みます。陛下も、彼女らの期待に応えて差し上げてください」
「根の葉もない噂話に耳を傾けろと?」
「次はもっと裏表のない、純真そうな娘を招待しますから」
「絶対に嫌だ」
「可愛らしい方を見れば、陛下もきっと気に入りますよ」
「冗談じゃない。マリア、もうこの話はするな。貴女が女を斡旋するなんて…悲しくなる」
怒りではなく悲しくなるとは。マリアはその言い方に少し絆されそうになった。
「すみません…でも、陛下には良いお方を伴侶に迎えていただきたいんです」
「…………」
「いつまでも私がお傍にいるわけにはいきませんから」
「私は、そんなに男として魅力がないか」
「まさか。とても美丈夫でいらっしゃいます」
ノアは黙ってしまう。マリアはなんだか申し訳なくなってきた。せめてただのお茶会として彼女たちも当たり障りの無い会話をしてくれたら、どんなに良かったか。はじめに言い含めておけば良かったかも知れない。
「もし私が…王でなかったら、私の妻になってくれるか」
ノアがぽつりと呟く。
「もし私が、貴女と同じくらいの年だったら、妻になってくれるか」
とも言った。
しょぼくれて、可哀想な男の子になってしまった彼に、マリアはそっと肩に手を置いた。
「そんな話に、意味はありませんよ」
「…そんなこと言わないでくれ。貴女を嫌いになりそうだ」
「その調子で、どんどん嫌いになってください」
ノアはますますうなだれて、幼い子供のよう。マリアもどうしても心を鬼にしきれず、そうですね、と小声で言う。
「もし私が、伯爵家で、貴方様とは少しだけ年上だったら、まだ考えたかもしれませんね」
ノアの瞳に光が灯る。わずかに顔を上げて、本当か?と伺ってくる。
「例えばの話ですからね」
釘を刺すが、もう遅い。たった一言で彼はすっかり元気になってしまった。こういうのを飴と鞭と言うのだろうか。
抱きしめられる。嬉しそうな笑い声。体は大きいが子犬みたい。マリアもやれやれと腕を回した。
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