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しおりを挟む年が明けると共に、王は動き出した。
セラフ教を国教とする知らせを発布し、王族全員が改宗した。強制ではないが、改宗しなかったものは次々と王宮を追われた。旧国教のミルトン教の司祭は改宗を禁じられ力を失った。代わりに王の息のかかったセラフの司祭が立てられた。
当然、反発も出てくる。それが貴族であっても関係なくノアは弾圧した。次々と牢屋に入れられ、断罪されていった。
あまりにも急に始まった強硬な姿勢。これまでの王はずっと議会にも顔を出し、貴族たちの意見を聞いてきた。それがいつの間にか議会自体無くなり、王直属の軍隊が設立され、王による独裁体制が始まっていた。
急激な体制の変化、司教と貴族の力を削ぎ、王権を強めるなど、誰か裏で手を引いている者がいるのではないか。
真っ先にセラフ教に改宗したあの公妾が王を操っているのではないか。そう噂されるようになっていた。
暖炉に火がついている部屋は、それなりに暖かいが、ついていない部屋は外のように寒かった。
少し体調を崩していたマリアは、ノアとは別の居室で静養していた。ひたすらベットで本を読んでいると、一人の来訪者がやって来た。
「父さま?」
紛れもなく父だった。会うのは半年ぶり。冬の寒さが苦手な父はたくさん服を着て着ぶくれしていた。
マリアは起き上がって抱きつく。父はこら、と少し後ろに下がった。
「いつまでも子供みたいに振る舞うな」
「皆の前ではちゃんとしてます」
「その分だと体調は良いみたいだな」
「ちょっと熱が出ただけ。大袈裟なのよ皆」
父を座らせて、自分はベットに座る。ちょうど女官が紅茶を持ってきた。
「夏よりは肥えたな」
マリアは睨んだ。
「もっと他に言い方あるでしょ」
「健康的になった」
「うん。ちょうど父さまに手紙を書いてたの。帰るときに読んでね」
マリアはベット備え付けの引き出しから手紙を取り出して渡した。父は内ポケットにしまった。
「二人きりにさせてもらえるか」
紅茶をテーブルに置く女官に告げる。女官は一礼し部屋を出ていった。
父はカップに口をつけると、良い香りだと言った。
「陛下は一気に改革を進められたな」
「あ、うん。父さま大丈夫?」
「誰の力を削ぎたいのか分かっていれば、何と言うことはない。私のような弱小貴族は、己の信仰など二の次だ」
回りくどい言い方だ。少し自虐も交えて。マリアはそれで?と続きを促した。
「お前がこの改革をそそのかしたと専らの噂だ。耳に入っているだろう」
マリアは頷いた。
「これからもっと反発が大きくなる。お前への非難も。そろそろ帰ってきなさい」
「でも、お金まだまだ返せてないわ」
「自分の命を優先に考えなさい。いま公妾の身分を返上すれば、貴族たちの不満が少しは解消される」
「私が去ったらその不満が陛下に向けられるわ」
「そんなのはこちらの預かり知らぬところだ」
父の言う事は最もだった。マリアも命は惜しい。でもノアを置いていくことなど出来ない。
「こうなった以上、この改革が落ち着くまではいつ辞めたって一緒よ。せめて陛下に王妃さまを迎えてもらってからでないと、私も安心出来ないわ」
「…そんな気配など無いだろうに」
「いつかは落ち着くわよ」
「違う。王妃の件だ」
マリアは苦笑する。父の言う通り、ノアはマリア以外の女性と話をしようともしない。それくらいノアはマリア一筋だと知れ渡っていた。
「知らないだけなのよ。パーティー開いて、無理やり他の女性と踊れば、私なんか豆みたいなものだと気づくはずです」
父は納得しなかった。が、これ以上その話をするつもりもないらしい。マリアが読んでいた本に目を落とした。
「詩集か?」
「ええ。もう読み終わったから、持っていく?」
「そうだな。いつも同じ話ばかりだと、彼女も飽きるだろう」
亡くなった母の事を言っているのだ。父は、母のために毎朝、本を読み聞かせていた。母が死んでからも、その習慣は続いていた。
「陛下もね、朝、使用人が起こしに来るまでの間に、読み聞かせしてくれるの。父さまと一緒ね」
本当に僅かな時間だが、マリアはその時間が好きだった。
父は変な顔をした。眉を寄せているのに、口元は緩んでいる。どんな感情なのだろう。マリアは指摘するが、父は答えてくれなかった。
それから数日経って、マリアが主催するパーティーが開かれた。いくら嫌われていようとマリアは公妾。陛下も出席するとあっては出ない手はない。この機会に陛下とお近づきに、と思う貴族はわんさかいた。
マリアは主催だから、貴族たちと話をしたり迎え入れたりしなければならない。
陛下には是非、他の方と踊るようにと勧めた。案の定、ノアは嫌だと言った。
「マリアとしか踊らない」
「そうおっしゃらず。そろそろ貴族たちと友好関係を築かねば。彼らは皆、陛下の改革に従ってくださった方たちなんですから」
弾圧は一通り終えていた。王宮にはセラフ教の者たちしかいない。いくら王権が強かろうと周りを敵だらけにする必要はない。
いくら暖炉が大きく二つあろうとも、この大広間ではやはり冷え込む。マリアは白貂の毛皮を羽織っていた。ドレスはやはり青。踊るつもりはないから、髪は下ろしてサイドの髪をサファイアの髪留めで留めていた。これなら多少は首元の防寒になる。
対するノアはジャケットもズボンも黒、フロックコートも黒という全身黒ずくめの姿だった。ただ、コートの裏地は白に金糸の模様をあしらった派手なもので、踊るときに大変見栄えする出来となっていた。
「どうぞ踊ってらして」
マリアが勧めても、本人にその気が無ければ何ともならない。もう、と溜め息をついた。
すると二人の前に一人の女性が。倒れ込むようになだれ込んで来るので、ノアが支えた。
まだ十五六の少女だろうか。顔面蒼白で、貧血で倒れたに違いない。マリアは直ぐに、使用人に別の部屋へ運ぶように指示した。
何人かで支えられあっという間に消えていく。ノアはそんな様子の少女を見送っていた。
ノアが他の女性と踊っている。無表情だがマリアにはしぶしぶ踊っているのが見て取れた。
彼のコートが翻る。美しい裏地がチラつく。衣装係と打ち合わせしてやっと完成した力作だった。大変上手く出来ていてマリアは満足だった。
招待客との会話を楽しみながら、遠目でノアの様子を見守る。マリアとしては彼が気に入る令嬢を見つけてあげたいところだが…。
ダンスを終えたノアは何かを見つけて歩き出した。
彼の視線の先には貧血で倒れたあの少女が。見間違えるはずがない。エメラルドの大きな宝石の髪飾りを付けていた。
ノアが話しかける。少女は遠慮がちに答えて頷く。手を取ると、二人は踊りだした。
これは、と思う。マリアは扇子を広げて様子を伺った。
マリアはこの手のやり方を知っていた。
あの少女は、わざとノアの前で倒れたのだ。
昔からよくある手だった。貧血で倒れてみせたり、わざとグラスを割ってみせたり。そうやって殿方の気を引いてきっかけを作る。
別にあの少女が狡猾なわけでも無い。誰だって良い結婚はしたい。マリアは特に彼女を責める気は無かった。
むしろノアの反応が気になった。あの少女を気に入ってくれたらいいのだが。マリアはさり気なく注視した。
無事にパーティーを終える。寝室に戻ってから、ノアに聞いてみた。
「あのお嬢さん、とっても可愛らしいお方でしたね」
伯爵家の令嬢だと調べがついていた。身分も申し分ない。
「初めてのああいう場だったから緊張していたそうだ」
「ダンスもお上手でしたね」
「そうかもしれない。マリア、冷えるから早くベットへ」
ノアは既にベットに上がっていた。マリアもベットに入る。中には湯たんぽが入っていて、よく暖まった。
「近々お茶会を催しますから、あの方も呼びましょうか」
「必要ない」
「お気に召しませんでしたか?」
「もう顔も覚えていない」
嘘をついている。聡明な彼が、人の顔を覚えられないわけがない。単に気にいらないと言いたいのだろう。
「ノア様は…どういう容姿の人が好みなんですか?」
ノアがこちらを向く。マリアも顔だけ向けた。
手が伸びて頬をつねられる。マリアは手を振り払った。
「やめて下さい」
「では聞くが、マリアはどんな奴が好みなんだ」
「わたし?そうですね…優しい人がいいです」
マリアは元夫のトマスを思い浮かべた。
「あとは浮気しなかったり、借金をしなかったり、そういう人がいいです」
「年は?」
「私などよりノア様ですよ。私はもうこりごり」
ノアにいつまでも自分に執着して欲しくなかった。王妃を迎えさせて、自分はさっさと身を引こうと思っていた。
「ノア様はそろそろ王妃様を迎えませんと」
「私は、優しくないか」
「とてもお優しいですよ」
「私は…浮気などしないし、国庫も赤字にしていない」
「ノア様は王様ですから、また話が違ってきます」
「貴女を王妃にしたい気持ちは変わらない」
今度は髪を撫でられる。
「だが貴女は望んでいない。無理強いしたら、また黙っていなくなってしまうんだろう?」
「……はい」
マリアは手を重ねた。手を強く握られる。
「まだ私が幼い頃、貴女はよくこうやって手を握ってくれた。柔らかな大きな手だった。あの時から私は、貴女をきっと妻にすると、そう思い続けていた。勘違いじゃない。母親代わりだとも思っていなかった。私はずっと、貴女を想い続けていた」
ノアはマリアの肩に顔を埋めた。
「今も変わらない。貴女を手放したくない」
「ノア様…」
「他の女性を推薦されると、私は無理矢理にでも貴女を自分のものにしたくなる」
こうやって、彼を苦しめている。でも自分は、その願いに応えられない。
「どうして…そんなに私のこと、好きになってしまったんでしょうね」
ノアは起き上がって顔を近づけた。
「いま言っただろ」
「そうでしたか…?」
大きな溜め息をつかれる。
「まぁ、それだけ私に興味のない証拠か」
「そういう訳では」
「もういい」
手が離れる。ノアは背を向けて眠った。
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