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序章
勇者は願う
しおりを挟む「―――を、生き返らせて欲しい!」
豪奢な城の奥。全能の神・リベルタスを祀る聖堂の祭壇前で、僕はセルヴェス王に要求した。
***
僕は、御剣 梓。外資系企業に勤めて2年目の24歳。
同期の女友達に拝み倒されて、受付嬢だった小鳥遊 瑠璃とデートの約束をさせられ、諦めと義務感半分で待ち合わせ場所に向かっていた。
申し訳ないが、可愛いとは思えど彼女にしたいタイプとは正反対の瑠璃に全く興味はなく、女友達の顔を立てるためだけの1度きりのデートと念を押して了解したのだが。
都内某所のデートスポットでの待ち合わせ場所で、輝かんばかりの笑顔で瑠璃は僕を待っていた。
「遅くなってごめん」「いいえ~私が早く来すぎただけで~」
と、テンプレみたいな言葉をかけ合って、さあ行こうと並んで歩き出した。
その時だった。
急に身体の自由を奪われ、僕らはストップモーションがかかった動画のように動きを止めた。
声も出ず指先すら動かせない中で視界だけは明瞭で、必死に目をこらした。
僕らを中心にすーっと半径3メートル程の光る円が路上に浮かび上がり、円の中を光は幾何学模様めいたなにかを描き出した。
その中には、僕らとすれ違いかけた4人の男女も囚われていた。
円はゆっくりと光量を増し、目も開けていられないほどの眩さに達した。瞼を閉じてすら明るさが感じられる中で、まるでエレベーターで下降し始めた様な急激な浮遊感を覚えた。
どれくらい経っただろうか。
長いような短いような時間を過ごし、僕ら6人は見覚えのない場所で動きを開放された。
ショックに崩れ落ち俯くままの瑠璃を放って、僕と4人の男女は緊張しながら辺りをうかがった。
そこは、洞窟の中に造られた中世ヨーロッパの荘厳な教会聖堂のようで、だが祭壇後部には見たこともない姿の巨大な神の像があった。
薄暗い聖堂内に、凛とした声が響いた。
「全能の神・リベルタスによって召喚されし英雄たち!魔王をこの世から消し去って欲しい!この願いが成就した暁には、各々の望みを1つ叶えよう!どんな望みでも…」
そして、長く困難な修練と苦難の旅の末に、僕らは魔王をこの世界から消した去った。
魔王討伐完了の知らせはすぐに国中に流れ、英雄たちの帰還に王都は沸き、城へと続く中央道は人々の歓喜と熱狂に満ちあふれていた。長い年月を魔王とその配下に苦しめられてきた者たちは、喜びと感謝の涙を浮かべて、英雄たちを出迎えた。通りの左右を埋め尽くす笑顔の人々に、英雄たちは愛馬上から少し疲れの見える笑顔で手を振り返した。
入城と同時に貴族たちの取り巻く謁見の間へ通され、王へと魔王とその配下の完全な消失の報告が勇者の僕の口からなされた。貴族たちから一斉に拍手と歓声があがった。
そして、その夜。
招かれた全能の神・リベルタスが見下ろす聖堂の、あの場所。
「約束通り、各々の願いを1つ叶えるとしよう。」
祭壇の前に立った王はわずかに身を乗り出し、1人1人の顔を眺め終えると言った。
あの日、初めてこの城の奥へと召喚された時になされた契約の遂行を。
だから僕は願った。いや、当然の要求をした。王の願いを叶えたのだから。
瀕死の魔王の、最後のあがきから、仲間をかばって死んだ魔導師の再生を。
「―――魔導師の彼を、生き返らせて欲しい!」
僕の願いが、聖堂の天井に響き渡る。
しんと静まり返った空気を破ったのは、瑠璃の叫びだった。
「アズ君!何言ってんの!!」
彼女の願いは、他の3人と同じく『召喚された日時の現世への帰還』
それは、強制的に召喚された時からの、召喚者全員の悲願だった。
王が囲う予言師が、あの日あの時を幻視し、国中の強力な召喚師が聖堂に集められ、英雄にと選ばれた異世界の者たちが一カ所に集うその時を待っていたのだ。仕組まれたのか運命だったのか、僕ら6人は何も知らずにあの地に集ってしまった。
勇 者の僕。
聖職者の瑠璃。
聖騎士のアレン=ウォンベック
魔導師の冴木 陣。
召喚師の四条 薫。
魔法剣士の三峰 久斗
僕らはデート。他の4人はやはり外資系企業の社員で、アレンがアメリカ本社から出向中。初めての連休に、日本支社の3人が案内役を買って出ての観光中だったそうだ。
王の宣告に、僕らは怒り叫んだ。
思春期の頃に夢見た『ここじゃない、どこか遠くへ』なんて感傷は、すでに遠い過去だ。
今の自分に満足し、これからの自分に現実的な期待と希望を見つめていた。
他人の勝手な強制を、甘んじて受け入れられるほど『現実の己』を諦めることはできなかった。
沸きあがる怒りと溢れる嘆きは、王とその側近の懇願と言う名の脅迫と、召喚のために集められた術者たちの贄となった亡骸の前で、ゆっくりと踏みにじられて行った。
だからこそ、誰一人欠けることなく全員で帰還したかった。それだけのために僕ら6人は苦難を乗り越えて、王との約束を果たして来たのだ。
だけど、それはもう果たせない。
「アズ君も帰らなきゃでしょ!?…みんな、帰りたいって…歯を食いしばって頑張ってきたんじゃない!」
瑠璃が涙をこぼしながら、僕にむかって言い募る。
判ってる…判ってるよ。
「でも、冴木さんをこんな世界に独りにして…おいていきたくないんだ…。僕たちは生きて帰れる。なのに、冴木さんだけ死んで…帰ることすらできないなんて…」
「ひとりにしてって…もう死んじゃってるのよ!この世界のどこにもいないじゃないっ!」
「だからだよ!せめて1つくらいは…帰れなくても生きて行く未来くらい、あっても…」
彼女にすれば、僕の望みは信じられないほど馬鹿らしいことだと理解できる。
たぶん、狂っているんじゃないかと疑われても仕方ない。
それでも、冴木さんを消し去りたくはなかった。
「勇者よ…」
僕と瑠璃の言い合いに、王の張りつめた声が割ってはいった。
僕は今一度、王を凝視した。その顔は、暗く険しくゆがんでいた。
「勇者よ、死した者を無から蘇らせることは、誰にもできない。たとえ神であろうと」
王の宣告は、いつも僕を絶望の底へ突き落した。
==================================
初めての投稿です。まったり不定期更新ですが、長い目で見てやってください。
よろしくお願いします。
*3/2 誤字訂正
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