勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第一章

暁の双子ーⅠ

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 僕の名はアズ。

年はいくつだろう…たぶん、10歳前後かな?はっきりとは解からない。
僕の中には、25歳までの御剣みつるぎ あずさの記憶が残っている。
 いや、違う。
25歳の頃の御剣 梓の肉体だけが、10歳くらいの子供の頃へと戻った。
だから、25年間の記憶からそのまま続いている。

 僕は、こことは違う別の世界にある日本と言う国で24年間を過ごし、それから強制的にこの世界へと召喚されて来た。そこから1年ほどの間、勇者と呼ばれて辛い時間を過ごし、そして10歳の子供に戻った。
 それは、僕の願いの結果だ。僕が願い、納得の上での。
僕をこの肉体にした(厳密に言えば神様だが)神官の説明では、全能の神・リベルタスの力でも《無》からの再生は無理なのだそうで、25歳の僕の持つ生命力の半分を使う方法でしか、僕の願いを叶えられなかったのだそうだ。
 願いは、勇者の仲間だった魔導師・冴木さえき じんさんを生き返らせること。
僕と同じく強制的に召喚されて、彼だけが戦いの中で命を落としてしまったから。
他の仲間たちは、帰還を願い、去って行った。もう会うことはない。
もし再会できたとしても、彼らには僕らが判らないだろう。
10歳の頃の僕と、僕より少し年上の頃の冴木さんを知らない彼らには。

 僕らは今、淡い光の中で2人並んで横たわり、微睡みと深い眠りを行ったり来たりしている。
視る夢は、日本で暮らしていた頃の思い出や、ここへ召喚されてからの辛い旅路の中で嬉しかったり幸せを感じたりしたささやかな出来事…。
そんな眠りに長い時間浸っていたような、さっき眠りについたばかりだったような、そんなあやふやな認識しかできない。


                ***


 声がした。
僕の本名を呼ぶ声と、彼の本名を呼ぶ声が。
浮き沈みしていた意識が、強引な力で無理やり引き上げられるように覚醒した。
弾けそうな鼓動と息苦しさに上体を起こし、喉を押さえて咳込んだ。

「―――アズ…」

 朦朧とする頭に、覚えのない声が響いた。
まだ若い、青さの残る大人になりかけの青年の声が、僕の名を呼ぶ。
息苦しさも忘れて、呆然と声の主に顔を向けた。

 黒く硬そうな髪が野放図に伸び、少し面長で精悍な面立ちに、若々しくしなやかな筋肉を備えた長身の青年が、僕を見つめていた。

「アズ…アズサ…」
「ジンさん…?」

 僕が彼の名を口にした途端、不安げな表情が一気に笑顔に変わった。
そして、黒々とした双眸から、涙があふれ出した。少年期の名残の丸さの残る頬を、綺麗な涙が次々と伝い落ちていく。
僕は思わず手を伸ばし、頬を包んで涙を払ってあげた。
 そして、気づいた。
伸ばした自分の腕が、僕の知ってる10歳の子供のものじゃなく、僕を涙ごしに凝視している彼と同じ年頃のものだと。腕だけじゃなく、髪も顔も胴も足も。

「どういう事?…いつの間に」
「それを聞きたいのは、俺の方だってのっ」

 僕から思いもよらないことを言われたせいか、ジンさんは泣き顔をくしゃくしゃにして笑った。

「2人とも、はっきりと覚醒したかな?」

 今度は、少し奥の暗がりから記憶にある声がした。
その時初めて、僕らのいる場所が薄気味の悪い洞窟の中の空間だと知った。
聖堂のあの荘厳さとは正反対の、自然にできた鍾乳石に囲まれた広い空間。そこは鏡のように透きとおった小さな湖の中央にある岩の上で、不思議なことに岩自体が青白く発光していた。
覚えのある声の主は、湖の岸に立つ白衣の人物だった。

「その声は、ファルシェ様ですか?」
「ええ、お久しぶり…と言った方が良いかな?」

 ファルシェ様は、手にした権杖でとんと岸辺を突くと、あぶなげなく水面へと足を進めた。
神聖光法による加護スキルで湖を渡り、僕らの傍へ。

「僕らは、どうしたんですか?確か、10歳くらいに再生されたはず…」
「君たちは、この聖域で主の加護の元、7年の時間を眠って過ごしていたのだよ」
「7年…」

 ファルシェ様を見て、確かに時の流れを感じた。
今も美しい姿だったが、さりげない所作に重厚な品位が見て取れた。

「今の私は、大神官だよ…。その間、君たちを見守ってきた。待っていたよ」

 それは、祝福の言葉だった。

 それから、僕らはファルシェ大神官に連れられて地上へと戻った。
驚いたことに、僕らが眠っていたあの空間は、聖堂の真下に存在していた。それは、ファルシェ大神官も数年前まで知らなかったのだそうだ。
教会内の一室に案内され、お茶と柔らかい果物を呈され、そこで改めて7年間の眠りの真相を聞かされた。

「私が君に、これから主が何をするのかを説明した事は、覚えているかい?」
「はい。それは…」
「待ってくれ!そこを、いや、その前に何があったのかを教えてくれ」

 洞窟からここへ来るまで一言も話さなかったジンさんが、そこで待ったをかけてきた。
僕と大神官は、彼の苦渋に満ちた物言いに、そこでようやく彼が自分の死以降の事情を知らないことに、思い至った。
2人で顔を見合わせ、彼を蚊帳の外にしていたことを急いで詫びると、大神官が慎重に公正に事実だけを語った。僕の願いがなんだったのかの話になったところで、一瞬だけジンさんの表情に険しさが走ったが、黙って最後まで聞いていた。

「ここまでは、いいね?何か質問は?」
「いや…全てを聞いてから伺います」

 彼の返答に、大神官はひとつ頷くと、今度は僕に視線を戻した。
変わらぬアイスブルーの瞳が、金のまつ毛の下で陰りを帯びる。
そして、彼は静かに続きを語りだした。
 
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