勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第二章

旅路―想慕

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 国境近くの小さな町に、この国での最後の宿をとった。ここで馬車を降りて、越境は徒歩でする。関所のある町ではなく、少し離れた小さな町を選んだのは、7年前とは言えまだ顔を覚えている人がいないとは限らないからだった。なにしろ、討伐の旅の時に他の地よりも長く滞在し、役人や教会関係者や警備の騎士たちの多くと顔合わせしたのだ。いくら若返ったとは言え、ジンさんはそんなに変わってない。用心しての予定だった。

「ここは初めて寄る街だな」
「商人以外の越境する旅人は、まず寄らないからね」

 この町は、王国が隣国へ産物を輸出するための巨大な集荷倉庫が並ぶ、商人のための町だった。その為、住人は商家の従業員や役人がほとんどで、後は雇われた警備の傭兵だ。数件ある宿屋や食堂なども、商人たちが営んでいて従業員たちが交代で店番をしている。出入りが激しいこの町なら、顔を覚えられても再会する機会は少ないだろう。彼らの関心は、人の顔より商売だ。僕らの乗った馬車は、そんな商人たちの輸出品を運ぶ馬車の1つだった。
 国中から集まって来た商人たちの賑わいに紛れて、話しを通してある宿へ入った。王都のお偉いさんからの予約なせいか、ジンさんに挨拶をしたきりで二人部屋へ通された。
 マントと剣を放り出し、ベッドへうつ伏せに飛び込む。
身体能力が高いから馬車の揺れに苦痛を感じたりはしないが、座ったきりの姿勢維持は精神的にきつい。

「くくく…まるで子供だな」

 宿に用意してあるお茶の支度をしながら、ジンさんは笑う。
くっきりとした二重の切れ長の目が少しだけ細くなり、口角が左だけわずかに上がる。屈託のない笑い顔を久しぶりに見たような気がして、無意識ににやついていたらしい。

「なんだ…?」
「ジンさんの笑顔、久しぶりに見た」
「そんなことねぇだろっ」
「あるよ。いつものジンさんは”シニカルな微笑み”だし」

 ベッドから起きて、テーブルに置かれたお茶に手を伸ばす。
別邸で飲んだ物より質は悪いが、暖かいお茶が喉を通って体を温めると気分が和らいだ。

「そうかぁ?…」
「そうだよ」

 顎を撫でながら口元を隠し、視線を外して呟くのは照れた時の癖だ。

「それじゃ、俺は夕食を買いに行って来る。アズは、少し休んでろ」

 ジンさんは俺の返事を待たずに、部屋を出て行った。照れた気持ちが収まらず、さっさと逃げ出したんだ。僕は、枕に顔を埋めたまましばらく笑い続けた。
 
 いつの頃からだろう、そんな風にジンさんの仕草の意味に気づきだしたのは。

 ジンさんは幼馴染だと言う3人の中でも、半歩下がって友人2人を見守っているような立場を自ら取って、そこにアレンが入って来ても、アレンに懐いた瑠璃が一緒でも、その半歩の立ち位置は変えなかった。年齢は三峰さんが1番年上で、薫さんが1つ下で、その下がジンさんだった。学生時代に浪人や留年を経て、同期で入社したと聞いた時は、仲の良さが羨ましかったことを覚えている。

 いつも快活で雰囲気のある美人の薫さんを中心に、三峰さんとアレンの3人で談笑していて、それを黙って聞きながら微苦笑していたジンさん。話しかけると応えるが、辛辣とも言える意思のはっきりした話しっぷりで、瑠璃は苦手だったようだ。

 僕はそんな彼らを、静かに外から眺めていた。それは、僕が倒れて以降も変わらず、ただ以前よりは意見交換の場に引っ張り出されることが多くなった。輪の中に入っていれば誰かしらと話してはいたが、その輪の中に誘うのはいつもジンさんだった。
 寡黙で不器用そうに見えて、不思議と細かい気遣いで僕の心情を察してくれ、輪の中に呼び込んでも中心に押し出すでもなく、自然に自分の横に置いてくれた。そんなジンさんの態度は他の年長陣にも伝わってか、いつしか《勇者》ではなく年下の仲間として僕を扱ってくれるようになった。

 そんな僕の扱いを、不満に思っていたのは瑠璃だった。
王都にいた頃から優しく接してくれていたアレンはともかく、他の年長からの《年下扱い甘やかし》が自分だけでなく、僕にもされるようになったのが気に入らなかったのか、以前以上に邪険な態度で接してきた。時折アレンや三峰さんが諭したり宥めたりしていたが、酷い時にはジンさんがぴしゃりと撥ねつけ、僕を庇った。
 それに加えて、僕は僕でとにかく目標にしか意識が向いてなかったために、彼女のそんな感情など完全無視で淡々と相手をしていたのが、なおさら彼女をイラつかせた。
 いつしか仲間の中で、瑠璃の不満をアレンと三峰さんが優しく諭し、薫さんが姉のように庇い、ジンさんは黙って僕との間に立ち、僕は我関せずの態度を続けることが暗黙の了解になっていた。とは言え、さすがに腹立たしく思うこともしばしばあったが、そんな時はジンさんが黙って僕の頭を手荒く撫でて行くだけで心がおさまった。
 嬉しさと優越感が、僕の中に湧いた。

「あれが、きっかけだったのかな…」

 今にして思えば、瑠璃が苦手とするジンさんが僕を気遣ってくれていることに、優越感を覚えていたのだろう。そして、それがジンさんを特別な感情で意識する起因だった気がする。

 兄を慕うような気持ちとは違う。
その手で、他の誰かの頭を撫でてほしくない。
ずっと僕を傍らに置いて欲しい。

 その視線を、僕にとどめていて欲しい。

 
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