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第三章
死の霧峰
しおりを挟む魔王出現前のベルンバーズ国は、大陸の最北に位置する小国家で、魔族が支配するアール・ケルド帝国と、大陸最大の森林地帯を共有する国だった。ただ、国とは言っても魔素の濃い森林地帯は容易に開拓できず、国府の力が届いていたは全面積の10分の1。それだけに国民数は少なく、代わりに犯罪者やならず者たちが棲み処にする未開の地となっていた。
ただし、彼らにとっても安全な場所ではない。魔素が濃いと言うことは魔獣も多種多様で、高Lvの魔獣の巣窟でもある。そうなると、高Lv冒険者の恰好の狩場にもなって、魔獣狩りのついでに犯罪者も狩って報奨金も手に入る旨い場所でもあった。
僕らにとっては、嫌な因縁のある国でしかなかったけれど。
12年前の魔王出現がこの大森林地帯で、今ではベルンバーズの国名を遺すだけの荒廃した地帯に過ぎない。国府は我先にと他国へ遁走し、残った人々もちりぢりに逃げ去った。7年たった今でも魔素の濃度は高く、アール・ケルドとの境目に建つ遺跡『古代魔術の塔ラクリスタ』に各国の学者・賢人・魔導師が監視のために住んでいるくらいだ。
その塔に、世捨て人として隠遁生活していたはずの大賢者が、長逗留していると言う。
報告を聞いた僕らは、始め信用しなかった。ことにジンさんは、あの頑固で融通の利かない強情な年寄りが、そんな場所に他人と長く住んでいるなんて何かの間違いか人違いだと、きっぱりと全否定したぐらいだった。
それでも行く気になったのは、僕らに渡された1通の手紙だった。
「間違いなく爺さんの直筆だ。俺が知らない相手ならともかく、知っている相手を【鑑定】して、間違える訳がない。それに、爺さんの署を偽造なんざしたら、どんな呪いがかかるか…」
「なら行くしかねぇか…ベルンバーズはなぁ、今じゃ迂回路でしか行けねぇ国になっている」
「迂回って、アール・ケルド経由で?」
「そうだ。ここから直接行けた道は、今じゃ”死の霧峰”なんて呼ばれる危険地帯だ。お前らの使いの者も、アール・ケルド経由で塔に行ったんだろう」
予定していた経路が、とんでもない状況と聞いて、思わず唸った。もう1つの道である迂回ルートは、僕らにとってはどうしても避けたい問題があるんだ。
「死の霧峰って…」
「お前たちに言うのは気が引けるんだが、魔王が消えて少し後に、ブラン山脈に妙な変化が現れた―――」
ダルジャンの話しによると、山脈全体の上半分がすっぽりと雲に隠れて見えない日が続きだしたそうだ。いつになっても晴れない雲に、冒険者たちはこれ以上は待てないと関所がある山へと向かった。が、ほとんどの者たちが行方不明で、どうにか下山して来た冒険者も尋常な状態じゃなかった。すぐさま、各町のギルドと国の学者で調査団を組み調査してみたら、森林地帯から溢れ出た高濃度の魔素霧が立ち込めていて、その霧の中に長くいると心身に異常をきたす恐れがあるとされた。
「並みの【遮断】や【盾】じゃ全く効果が無ぇ。関所は、役人が危ぶねぇから封鎖して、山の入口に仮の関所を設けた。まぁ、検問っちゅーより注意喚起のためだがな」
「原因は、もしかして魔王を倒したから……?」
「解らねぇ。これと言える証拠なんか出せねぇし証明も難しい。ただな……魔王が消えたと同じ時期に、なんの前触れもなく起こった現象だからな…」
ジャルダンは言い難そうに話し終え、僕らの様子を伺った。ジンさんも僕も、束の間思案した。
2つの道がある。1つは、予定通りにここから死の霧峰を越えてベルンバーズへ入る。並みの防御スキルじゃ駄目でも、ジンさんのスキルは並みじゃない。それに賭けて強行してみるか。
2つ目は、迂回してアール・ケルド帝国領から入る。この案に関して、当初から僕らは却下していた。
「アール・ケルドは入りたくない」
「そいつは俺もだ」
僕らの頑なな拒絶を聞いて、ジャルダンがくつくつと嫌な笑い声をたてた。
「もう皇帝は代替わりしてるぞ?」
「シェリエンが皇帝なっても、あの国の体質が変わった訳じゃないだろう?」
「……まぁ、そりゃそうだが。ま、一晩考えてみたらどうだ?今夜の宿は俺が紹介する。たっぷり食ってぐっすり寝ろ。ガキ共!」
バンッと僕らの肩をデカい手で叩いて、ジャルダンは立ち上がった。
彼に連れられてギルドの外へ出て、改めて東の空をの空を望む。確かに重たい霧が長々と横たわる峰に覆いかぶさっていた。
ジャルダンの奢りで久しぶりにたっぷり夕食をご馳走になり、宿へ入ったのは夜も深い時間だった。ギルド長の紹介があってか、気のいい女将がタライにたっぷりの湯を2つ届けてくれた。僕らはその湯で体を拭い、さっぱりした気持ちでベッドに転がった。
隣りのベッドで、ジンさんはジャルダンから手に入れた酒を、思案顔でちびちびと飲んでいた。
「魔王を維持するために使われていた大量の魔素が、死んだことによってスタンピードを起こした…ってことか?」
「…うん…そうとしか思えないね。僕らが倒さなかったら、その魔素が消費されるまで魔王は活動できていたってことになるんじゃないかな」
「つまり、魔素の量が基準値に戻れば、魔王は勝手に消えてたってことに…」
「ははは…これは、この世界の『自然現象』だったのかなぁ」
嫌な話しだ。
もしかしたら、僕らはこの世界の理の流れに入っていた『自然淘汰』に横槍を入れたんじゃないんだろうか?
僕らを召喚したのも魔王を自然淘汰の途中で倒してしまったのも、全て地に生きる者の罪。自然からのしっぺ返しは、受けて当然の罰。だから、神は魔王出現からの一連の出来事を無視していた。
神が干渉したのは、僕の個人的な願いだけだから。
「仕方ねぇか……これも、ここに残った俺たちの役目なのかもな」
静まりかえった部屋に、ため息混じりのジンさんの呟きが流れた。
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