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第三章
魔素の回廊
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魔素は、魔力の源。だけど、過ぎれば魔獣を生む毒になる。その昔、人族が高濃度の魔素によって変質し、魔族と言う種族を生み出してしまったように。それでも、魔族への変質は運が良かった。多少好戦的で選民意識はあるが、多種族との共存を図る理性は持っていたし、魔獣を敵と認識している。代を継いでの、緩やかな変質だったからだろう。
しかし、今あふれ出さんばかりに峰を覆う魔素は、濃さも質も凶悪過ぎた。
ブラン山脈の入口、ログロス山の麓に置かれた仮の関所に着いた僕らは、ジャルダンの「様子見」に任せ、警備の役人と兵士に状況を尋ねることになった。時刻も日暮れ近く、今晩は関所に一泊するつもりもあり、酒と差し入れを用意して来た僕らは、彼らに歓待された。
人気のない寂しく危険な場所での守りは、彼らを不安にしただろう。ジャルダンの労いと土産は、殊の外喜ばれた。
仮の関所は、材木を組んだ簡単な柵が3重に置かれているだけで、鼻から国境警備じゃなく入山禁止措置の意味合いが大きいのだろう。行方不明になられて、捜索隊を出すのはセルシド側だ。二次被害を出す可能性の高い捜索など、誰も参加したくはない。
とりあえず、その日は泊まって翌朝はジャルンダンと帰路につく振りをし、関所から離れた場所から森の中を迂回して関所を通り過ぎることにした。簡易な舎は、数日寝泊まりして交代するだけの用意しかなく、僕らは雑魚寝のための一室の片隅に寝転がった。
「なんだぁ?犬っころか?」
酒に酔って赤ら顔のジャルダンが、薄暗い部屋へ入ってくるなり僕らをみてにやけ笑いを浮かべた。僕は指を口元にあて、静かにと合図した。
ジャルダンや兵士たちに酔い潰されたジンさんは、部屋へつくなり僕の腰に腕を回して寝入ってしまったのだ。昨夜のこともあって、僕はそのまま壁に寄りかかり、彼の寝椅子代わりになっていた。
ふんと酒臭い鼻息を一つつくと、ジャルダンが大き目の毛皮の掛け布をジンさんに掛けてくれた。
「俺たちは…結局お前らに頼らないとダメなんだな……。自然現象だなんだと言ったが、俺たちは黙って死にたくは無ぇんだよ。ありがたかったとしか思ってねぇから、な」
低く掠れた小さな囁きで告げると、僕の頭をいつものように乱暴に撫でて、また部屋を出て行った。
翌日、僕らは兵士たちに別れを告げて来た道を戻った。そして、関所が見えなくなった辺りで足を止め、よくよく目を凝らさないと分からないような獣道へと入った。先導するジャルダンは緊張した面持ちで警戒しながら進み、僕らも【索敵】を広範囲に展開しながら付き従った。
関所を越え、足元の悪い細い山道を一時ほど登った所で、視界の開けた岩場に出た。その頃には、すでに魔素の影響が出始めて、ジャルダンが頭痛を訴えたことでジンさんが【遮蔽】を展開した。
「俺が付き合えるのは、ここまでだ。……無理はするな。駄目なら戻って来い!いくらでも他の方法を考えてやるから!分かったな!」
「ありがとう、ジャルダン。僕らは魔王を倒しに行くわけじゃないんだ。引く時は引くから」
「調子にのんじゃねぇぞ!くそ魔導師。勇者の言うことを聞いて、無駄死にすんなよ!」
「おっさんも、ちゃんとやることやれよ!」
ジャルダンが苦々し気な顔で踵を返し、道を下って行く。それを見送り、僕らは改めて峰を見上げた。あと数十歩で霧の中だけど、ジンさんは【遮蔽】を解いた。
「アズ、体に影響は?」
「全くない。それより……なんか気分がいい…」
「やっぱりか……俺もだ」
妙な活性化とでも言うのか、身体に力が漲って行くような錯覚を感じた。
と、ジンさんが足早に歩き出し、霧に飲み込まれたかと思うと手を振った。指輪が輝いた瞬間、音のない爆風が辺りの霧を吹き飛ばす。
【暴風の碧玉!】【重力圧縮】
呪文の2枚掛けと共に、吹き飛んだ魔素の霧がゆっくりと回転しながら球体になっていく。開けた道をジンさんが歩き出し、その後を僕は追った。
徐々に巨大化していく球の中で稲光が生じ始め、次には恐ろしい勢いで縮小し始めた。その間にもどんどん魔素の霧が吸い込まれていく。
【神聖なる禊!!】
霧が消えた地面に、僕は剣を手に弧を描く。その円から左右に光が走って行く。山の中腹を横断し、山脈の連なりの向こうへと流れて行った。
前は使ったことのない神の加護を使い、地面に見えない神聖の結界を施す。この結界の向こう―――つまり、セルシド側には流れ落ちて行かないようにした。
「もしかして、この霧がボンベ代わりになってるのかな?」
「ああ……上級スキルをここまで持続できてるんだ。それもおっそろしい完璧具合だ」
僕が堰き止めた霧が、ジンさんの技によって横に流れ出して吸い込まれていく。
「道が分かればいいんだから、無理しないでよ」
「お前は迷子になるなよ」
「【聖典浄化】迷子になったら、大声で呼ぶさ」
白いさざ波が、打ち寄せては吹き上がり、消えて行く。ゆっくりとゆっくりと。
しかし、今あふれ出さんばかりに峰を覆う魔素は、濃さも質も凶悪過ぎた。
ブラン山脈の入口、ログロス山の麓に置かれた仮の関所に着いた僕らは、ジャルダンの「様子見」に任せ、警備の役人と兵士に状況を尋ねることになった。時刻も日暮れ近く、今晩は関所に一泊するつもりもあり、酒と差し入れを用意して来た僕らは、彼らに歓待された。
人気のない寂しく危険な場所での守りは、彼らを不安にしただろう。ジャルダンの労いと土産は、殊の外喜ばれた。
仮の関所は、材木を組んだ簡単な柵が3重に置かれているだけで、鼻から国境警備じゃなく入山禁止措置の意味合いが大きいのだろう。行方不明になられて、捜索隊を出すのはセルシド側だ。二次被害を出す可能性の高い捜索など、誰も参加したくはない。
とりあえず、その日は泊まって翌朝はジャルンダンと帰路につく振りをし、関所から離れた場所から森の中を迂回して関所を通り過ぎることにした。簡易な舎は、数日寝泊まりして交代するだけの用意しかなく、僕らは雑魚寝のための一室の片隅に寝転がった。
「なんだぁ?犬っころか?」
酒に酔って赤ら顔のジャルダンが、薄暗い部屋へ入ってくるなり僕らをみてにやけ笑いを浮かべた。僕は指を口元にあて、静かにと合図した。
ジャルダンや兵士たちに酔い潰されたジンさんは、部屋へつくなり僕の腰に腕を回して寝入ってしまったのだ。昨夜のこともあって、僕はそのまま壁に寄りかかり、彼の寝椅子代わりになっていた。
ふんと酒臭い鼻息を一つつくと、ジャルダンが大き目の毛皮の掛け布をジンさんに掛けてくれた。
「俺たちは…結局お前らに頼らないとダメなんだな……。自然現象だなんだと言ったが、俺たちは黙って死にたくは無ぇんだよ。ありがたかったとしか思ってねぇから、な」
低く掠れた小さな囁きで告げると、僕の頭をいつものように乱暴に撫でて、また部屋を出て行った。
翌日、僕らは兵士たちに別れを告げて来た道を戻った。そして、関所が見えなくなった辺りで足を止め、よくよく目を凝らさないと分からないような獣道へと入った。先導するジャルダンは緊張した面持ちで警戒しながら進み、僕らも【索敵】を広範囲に展開しながら付き従った。
関所を越え、足元の悪い細い山道を一時ほど登った所で、視界の開けた岩場に出た。その頃には、すでに魔素の影響が出始めて、ジャルダンが頭痛を訴えたことでジンさんが【遮蔽】を展開した。
「俺が付き合えるのは、ここまでだ。……無理はするな。駄目なら戻って来い!いくらでも他の方法を考えてやるから!分かったな!」
「ありがとう、ジャルダン。僕らは魔王を倒しに行くわけじゃないんだ。引く時は引くから」
「調子にのんじゃねぇぞ!くそ魔導師。勇者の言うことを聞いて、無駄死にすんなよ!」
「おっさんも、ちゃんとやることやれよ!」
ジャルダンが苦々し気な顔で踵を返し、道を下って行く。それを見送り、僕らは改めて峰を見上げた。あと数十歩で霧の中だけど、ジンさんは【遮蔽】を解いた。
「アズ、体に影響は?」
「全くない。それより……なんか気分がいい…」
「やっぱりか……俺もだ」
妙な活性化とでも言うのか、身体に力が漲って行くような錯覚を感じた。
と、ジンさんが足早に歩き出し、霧に飲み込まれたかと思うと手を振った。指輪が輝いた瞬間、音のない爆風が辺りの霧を吹き飛ばす。
【暴風の碧玉!】【重力圧縮】
呪文の2枚掛けと共に、吹き飛んだ魔素の霧がゆっくりと回転しながら球体になっていく。開けた道をジンさんが歩き出し、その後を僕は追った。
徐々に巨大化していく球の中で稲光が生じ始め、次には恐ろしい勢いで縮小し始めた。その間にもどんどん魔素の霧が吸い込まれていく。
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前は使ったことのない神の加護を使い、地面に見えない神聖の結界を施す。この結界の向こう―――つまり、セルシド側には流れ落ちて行かないようにした。
「もしかして、この霧がボンベ代わりになってるのかな?」
「ああ……上級スキルをここまで持続できてるんだ。それもおっそろしい完璧具合だ」
僕が堰き止めた霧が、ジンさんの技によって横に流れ出して吸い込まれていく。
「道が分かればいいんだから、無理しないでよ」
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「【聖典浄化】迷子になったら、大声で呼ぶさ」
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