勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第五章

奇跡の水

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 イズハラード国は大陸の南西に位置し、サーベス国教国に並んで西の海に面した小さな国だった。国土のほとんどは険しい山岳地帯に占められ、大昔は金の産出国だったがそれも枯渇し、今では細々と海産物と価値の薄い鉱物を輸出する以外は何もない国だ。
 ただ、生命の神システラだけ・ ・を崇め奉る宗派を持つ唯一の国として有名で、一部のリベルタス神信者とサーベス国教国から宗派としては完全無視されている。それに加えて、女神システラを祀る神殿は男子禁制で、女神に遣える者達は全員が女性だけという規律が、なお無視される原因となっている。

「女の国かぁ……」

 土煙を立てて馬を走らせながら、昨日のジャルダンの苦虫を潰したような渋い顔を思い出す。
 冒険者だったジャルダンならイズハラード国を知っているだろうと問いかけた僕に、彼はすごく渋い表情と冷め切った口調で説明をしてくれた。聖騎士を辞めた直後に『女の国』なんて戯称で噂されていたイズハラードへ、自棄と好奇心だけで行ったことがあり、挙句にとことん嫌な目にあって戻って来たのだそうだ。
 ジンさんが薄笑いしながら侮蔑の混じった揶揄いをしたが、気の短いジャルダンが珍しく『嫌な目』に関して黙して語らなかった。
 実際は、神殿に勤める者達が女性だけなんであり、一般国民には男性もきちんといる。

「なんでルク・セルヴェスに来たんだろう……」
「サーベス以外でリベルタス教会の規模を考えたらルク・セルヴェスしかなかったんだろう。それに、位置的にはサーベスより近いしな」
「それもあるだろうけど、僕が言ってるのは『南の生命の泉が消失』したからって、なんでルク・セルヴェスに?僕らのことなんて知らないだろうけど、『北の魔霧消失』の直後だよ?嫌な予感しかしない」
 
 馬に無理させないように僕らは重量軽減の術をかけて走らせ、常人なら馬上で長話なんてできないが、僕らは風魔法で舌を噛んだりすることなく声を伝えて合って会話していた。とにかく、さっさと大神官の元に戻って問題解決し、さっさと自分たちの今後を考える時間をゆっくりと作りたいのだ。
 僕のジョブに関しては解決したが、ステータスの問題が拡大してしまう結果になってしまった。触れた程度で全てを破壊する訳じゃないが、僅かでも戦闘になった場合に僕らの常識はずれな状態が露見しないとも限らない。旅の途中のすれ違い程度の関係なら見逃されても、定住をした場合の人間関係では――――。

「神様親子は、なにやってんだろうな…」

 その一言に尽きる。

 『生命の泉』とは、イズハラード国でシステラ教が設立されたきっかけの1つだった。
 僕らのいた世界の某国にもあった奇跡の泉同様に、旅の途中で病にかかった瀕死の乳飲み子を連れた母親が、死に水をと名もない泉の水を子に飲ませた結果、瞬く間に子に生気が戻って元気になったと言う言い伝えが元で、そこに噂を聞いた病持ちの子を持つ親たちが集い、いつしか教会が建った。
 幼子の命を救う泉の側に立つ教会は、命を救われた親たちの献金と奉仕で運営され、システラを尊ぶ女たちが修道女となって細々と泉を護って来た。
 それが枯れたとなっては、システラ教にとっては一大事だ。
 宗派は違えど、親神になるリベルタスを祀る教会へ助けを求めるのも仕方のない事だったろうと予測はついた。けれど、リベルタス教会はシステラ教を宗派のひとつとは認めていないし、泉が枯れようがこちらは関せずと突っぱねることができる。
 なのに、僕らに至急帰還せよとの指示…。一体、僕らに何をさせようっての?と思う。

「まるで世直し旅だね……」
「怖いこと言うなっ!」

 日が傾きだして頬に感じる風に寒さを感じる頃、ようやくみつけた宿に飛び込んだ。僕らは野宿続きでも構わないが、いくら重量軽減をかけていても走り続けている馬は疲れが出る。せっかくシェリエン陛下から贈られた名馬を走りつぶしたなんて、そんな情のないことはできない。たっぷりの餌と魔物の危険のない安心の休息を馬に与え、僕らも固いが手足を伸ばして眠れることにほっとして。ジンさんだけは、気にせず飲酒できることを喜んで。そんな一夜を過ごして、また旅立った。
 そして、もうすぐルク・セルヴェス王国への関所と言うところで、僕らは冥府の王の加護を使って少しだけ容姿を変えた。僕は髪と瞳の色を。ジンさんは瞳の色と肌の色を。
 身分証を関所の役人に渡すと、中年の役人の様子が変わった。

「君たち2人に王都の教会から書簡が届いている。控え所に入ってもらいたい」

 声を落として僕らに役人は告げると、傍に控えた守衛に案内を任せた。僕らは列を外れ、案内に導かれ、関所砦を抜けて裏へと回った。

「大神官からの書簡第二弾か?」

 厩舎役に少しの金銭を与えて馬の世話を頼み、守衛の待つ控え所に入って行った。
中では、傭兵か冒険者らしい男二人が身分証の不備かなにかで関所役人とやり合っている最中で、どちらも遠慮なしの大声で怒鳴り合っていた。それを物珍し気に観戦しながら書簡が来るのを待っていると、苦笑を浮かべながら申し訳なさげな様子で役人が書簡筒を持って来た。

「こちらになります」
「ありがとう。馬の休憩が終わるまでの間、ここをお借りします」
「どうぞ、ごゆっくり」

 僕が役人の相手をしている内、にジンさんが書簡を開封して目を通し始めていた。目が行を追って行く度に、段々と眉間に皺が寄り、それが深くなって行く。

「はー…ほら、読め」
「う、うん」

 深い溜息を漏らし、書簡を僕に投げたジンさんは上体をテーブルの上に投げ出し伏せた。

 書簡は、確かに大神官からだった。内容は1通目とは違って、長々と状況が事細かに書かれ、僕らの目的地が別宅じゃなく王都の大神殿へなっていた。
 僕の表情も、一気に苦虫をつぶしたように変わっただろう。だって、目覚めてからはこそこそと行動していたのに、またあの豪華絢爛で忌まわしい思い出しかない大神殿へ来いってのは…。

「これはー、ファルシェ大神官様以外と顔合わせいなくちゃなんないってことだよね……」
「だろうな……。ああ!やっとヤな場所から出られたと思ったのに、また近づきたくねぇ場所行きかよっ」
「でもねー……僕らが生まれ変わったあの地下の水球が―…」
「はぁ~~~~!」
 
 大神官がこっそり調べた結果、あの聖堂の下の湖―――僕らが包まれていた水球―――が、その『生命の泉』の水だったらしく、今では『生命の泉』がその地下湖に移動したらしいと……。

「僕らにどうしろと」
 
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