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第五章
魔獣の咆哮 ― 4
しおりを挟む囮役が引っ張って来た下位のゴブリンは、思いの外多かった。途中で棲み処へ戻りかけたゴブリンは、左右へ待機していたワイリー達展開組が矢や斬撃を仕掛けて倒した。設置された罠の位置を3人が駆け抜けた瞬間、ジンさんの鋭い【発動】の声。次々と重力の罠へ飛び込んでは、地面に押し付けられて動けなくなった獲物を魔法と斬撃が屠って行く。罠から洩れたゴブリンは、僕を含めた残りの近接が淡々と処理して行く。漏れたと言っても、それなりの量だった。罠の効果が消え、弱り切ったり瀕死の獲物に着実にとどめを刺す者以外は、素早く棲み処メンバーへと合流に走った。
棲み処の方もすでに戦いが進んでいた。トレインから漏れた下位達の死骸が広場に散らばり、棲み処の左右の木立の中から剣戟の音や魔法がさく裂する音が絶え間なく続いていた。
僕とジンさんが駆け戻った時、ライリーと2人の剣使いが番小屋の残骸から飛び出して来た。
「上位種3とゴブリンロードだ!上位種はナイト1にメイジが2!」
トレイン組が戻って来たのを見やって、ライリーが残骸の中の上位種を知らせる。
僕はすぐにライリーの側へ飛び込み、蛇腹剣を握った。
『氷竜の逆鱗』
するすると伸びて行く透明な剣先を、廃屋の出入り口へと伸ばして振るう。途端に、バラバラと廃屋が微塵に刻まれ、傾いだ屋根が落ちる。屋内から外へめがけてメイジが炎を打った瞬間を狙った攻撃だった。崩れ落ちた廃屋の中で炎が暴発し、半傷を負った上位種たちがよろよろと逃げ出して来た。そこを前衛が切り込む。魔法使い組は、後ろのロードを拘束し、メイジに集中砲火を浴びせた。最後に残ったロードを前衛が処理して終わった。
「やー凄げぇわ…」
木立の枝の上から矢を放って援護していた斥候の1人が、一連の流れを眺めていたらしく、ニヤつきながら呟いて寄って来た。
「終了だ!」
ライリーの作戦終了の胴間声が響き渡る。
殲滅は終わったが、いまだ収まらない土埃を避けて小川へと避難し、先にそちらの死骸の始末を始めた。緊急討伐の場合は、使用部位以外の討伐部位を集めたりせずに、大穴を掘って埋めるか焼くかして終わらせる。
小川から少し離れた場所に土魔法で穴を掘り、その中へ死骸を次々投げ込み、血や体液の染みた地面に土を被せて行く。そこを終わらせたメンバーから広場へと戻り、木立の中から死骸を集めていたメンバーと合流して、また穴掘り処理だ。
「おーい!こっちにも聖水くれー」
血と死骸の生々しい臭いが立ち込めているが、誰も気にも留めずにてきぱきと作業を進め、終えた順に小川で手や顔を洗ったり、【洗浄】を掛けたりして帰る準備を始めた。
ライリーの指示で、ジンさんが重力魔法で番小屋の残骸を撤去し、風魔法の使い手が土や木っ端を林へ吹き飛ばした。これから棲み処の検証だ。ライリーと『暁の翼』のメンバーがギルドから預かった収納袋に戦利品を詰め込んでいく。
僕らを含む他の連中はそこを後にして、馬車へとぞろぞろ戻った。
「さあ、昼飯といくか」
馬車に着くと、留守番役の御者とギルド従業員の2人が、積んでいた水樽を開けてくれた。飲む者や自分の水袋へつぎ足す者と、昼食前の飲み物準備だ。各々が好きな場所を陣取り、携帯食を取り出して食べ始めた。
「盗賊討伐組はどうなったかねぇ?」
「報告は来た?」
現場で異変や変更などあれば、魔法使いが連絡を飛ばす手筈になっている。それを受ける役の留守役は、首を横に振った。
「殲滅なら簡単に終わるが、生け捕りは面倒ばかりだからなー」
「人相手だと、なお面倒くさいしな」
「お、一報が来たぞ」
終わってしまえば緊張も緩んで、昼食後のお茶を啜りながら談笑する者や昼寝を始める者がいる。その頭上を、一陣の風が通った。御者役がそれを掴むと耳に押し当てる。聞き終えた御者は「消去」と唱え、渋い顔で辺りを見回した。
「盗賊捕獲は無事終えたが、厄介なモノを見つけちまったようだ」
「厄介なモノ?」
「…あー、はぐれダーグ・オーガ1体の足跡だそうだ」
「うげぇ!」
「今回の討伐はこれで終わりだ。オーガに関しては、明日でも探索を出すってよ」
このまま探索に移行するのかと思っていたメンバーは、最後の報告を聞いてほっと安堵の吐息を漏らした。僕らも同じく胸を撫でおろす。
オーガ種は、下位でも巨大だ。体長は有に2メートルを越し、横幅が大きな樽のように太い。体表は固くて剣や矢が通り辛くて、近距離の前衛職は戦いにくい相手だった。そして、上位種となるともっとデカくて大変だ。
「1体ですんでくれりゃーいいがなぁ。他に仲間がいないのを祈りますか」
嫌な予測をしたメンバーに、他の者達から「思ってても口に出すな!」と野次が飛ぶ。それに笑っていた所に、盗賊討伐組が戻って来た。さすがに無傷では済まなかったらしく、何人かが応急処置されていた。魔力が戻った魔法使いが、急いで【回復】を掛けたりポーションを渡したりしていた。
目の前の治療風景を眺めながら、心は凪いでいる。
神聖加護を押し付けられた僕らなら【治癒】スキルで即全快させられるが、それをすればこちらが厄介な状況になるだけだ。身内相手なら悩むことなく治すだろうが、あいにくと僕らはそこまでお人よしにはなれない。この世では。
『ギルドへ戻ったら、その足で旅立とうぜ。オーガ相手じゃ調整が難しいしな』
『うん。今回の討伐で役目は果たしたからね』
ジンさんが素知らぬ顔で念話を流して来た。
目の前に現れた敵なら叩くが、あえてこちらから向かうつもりはない。強制討伐とは言え、旅の途中で二度目を待つ義理もない。
アッシャの視線が僕らに向けられたが、僕らはそれを無視した。
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