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89・エピローグ 魔女は樹海でお仕事をする
しおりを挟む「なーんで、『森羅万象』の称号を捨てたんだぁ!?」
「あんなもん必要ないからよ。なんなら、あんたが受け継ぐ? 頭が爆発しそうになるわよ?」
デッキの板の間に立膝で座り込むアレクが、デッキテーブルで作業中の私を流し目で見る。天に近いせいで陽光が強く、長いまつ毛の奥の宝石眼がいっそう煌いている。
いつも酒瓶持参で来て飲んだくれて帰る男が、今日は珍しい果物を土産にコーヒーを所望してきた。
私は私で、魔女の家で過ごす時のルーティーンとなっている薬草の選別の手を一旦止めると、リュース秘蔵の最高級コーヒーを淹れてやった。
樹海は、あいかわらず天と地の狭間に浮かんでいる。移動はせずに大陸の北端で人工衛星のように滞空し、天候が荒れた時と『神託』を下す時だけ移動する。
「あの宝力は、畏れ多すぎる」
「宝なんかじゃないわよっ。あれは凶器! 自他共に破壊する最終兵器!」
「使いこなせなかっただけだろ……」
「なんか言った?」
「別にぃ~」
あれから、私は日本の自宅で長々と過ごした。
全力全開で『森羅万象』を使ってしまった反動で、意識がプッツンしたらしく、目を覚ますと自宅のベッドの上に放り出されていた。
神力を宿したとはいえ、まだまだ未熟な状態での全力開放が原因で、オーバーヒートを引き起こした。あのまま使い続けていたら、よくて長い昏睡状態、最悪の場合は頭ボーンだったらしい。
何事も修練が必要だ。練度が上がってこそ、達人と言えよう。うむ。
誰が緊急避難させてくれたのかわからないが、ありがとうと言っとく。
極度の空腹に襲われて冷蔵庫に這い寄って漁り、満腹になってやっと理性を取り戻し、残る倦怠感を解消するためお風呂に入った。
どうにか鈍い思考を巡らせてみるも、異世界に戻る気力はまったく湧かず、虚無と混沌を繰り返す感覚に悩まされつつ貪るように眠った。
その後は、以前のように規則正しい生活を送り、懐かしさをひっそりと感じながら数少ない友人と贅沢な週末を楽しみ、毎日職場に通い、半月を経てようやく面と向かう気持ちが戻ってきた。
日に日に、不安、心配、罪悪感、憂いが深くなっていって落ち着かず、最後に重い腰を上げたのだった。
「しっかし、先代はよくも引き受けたもんだ」
「う、うん……」
戻った私は、神に即抗議した。
解ってはいたが、すげなく返された。
いわく、グレンドルフとの契約は私との契約を履行した後に結んだものだ、と。
悔しまぎれに『森羅万象』の放棄を訴えると、神は呆れ顔を露わにしながらすんなり承知してくれた。そして、なぜかグレンドルフに委譲され、彼も抗うことなく受け取ったのだった。
一連の流れを私は黙って見守るしかなく、なぜ彼が神の言うままに従うのかを考えると、怖くて口を挟めなかった。
「彼が理解できないわ。勇者であり英雄なのかもしれないけれど、それでもあんな危険な異能を迎え入れるなんて……」
「俺からしたら、魔女だってまともとは思えねぇよ」
「しょうがないでしょ! 好きで創り変えられたわけじゃないんだから!」
「だったら、元に戻せと要求すりゃあいいじゃねぇか」
「魔女をやめたら、それは私じゃない。そんなのはイヤ!」
「ハッ!」
結局のこと、私は我が侭なんだ。
特別な称号はいらない。ただの魔女でいたい。
神に頼めば、もしかしたら人に戻れるかもしれないけれど、この世界で魔女として過ごしてきた時間は、すでに私の一部になっている。
私の中に押し込まれた『誰か』を捨てたり消したりするのは、もうイヤだ。
「アレクだってそうでしょう? 今のあんたのまま向こうの世界に戻っても満足できる?」
「それは――」
かさりと草を踏むひそかな足音がする。
庭を囲むように立ち並ぶココの低木を潜って、話題の人物が現れた。
「俺も同じだ。今の俺があるのは、この世界で生きてきた結果だ。嫌な思いはしたが、それも経験の内だ」
「……あんたたちは、以前いた世界よりここでの生活が長くなってるもんねー」
誰も彼も我が侭だ。
けっして住みやすいとは言えない世界だけれど、ここで生きて生活してきた時間は十分に長い。
とはいえ、私はまだまだ片手でさえ余るほどだけれど。
世界は――正確には古の神に嫌われた人族の大陸は、五つの大小様々な大きさの島に分たれ、唯一噴火しなかった霊峰を中心に置いた地が一番広い島となり、後の四つは似たり寄ったりの大きさになった。
人々は『審判』前の三分の二ほどが残り、彼らも島と同様に別れ別れになってしまった。
生き残った魔獣と聖獣は天空の樹海に引きあげられて、私やルードの管理下で縄張りを決められて過ごしている。いずれ人々が対抗できるくらいに増えたなら、また下界に下ろすかもしれない。
「動植物ひとつひとつ、神に確認を取りながら地上に戻すって……魔女の仕事なの!?」
「お前が引き受けた役目だろう?」
いつの間にか勝手にコーヒーを淹れてきたグレンドルフが私の向かいに腰を下ろし、優雅な所作でお茶の時間を堪能しはじめた。
「私は魔女でいたいだけ――」
「魔女とは、『森羅万象』を持つ女神の手足となり、地上に手出しできない女神になり代わって作業をする存在だ」
「女神なんて、もういないじゃない!」
「俺がその後継者だ。だから『森羅万象』を引き受けた」
「私が、あんたの、手足だって言いたいわけ!?」
「お前が望み、神が承諾した契約だ」
「その理は、滅びた神と女神の間だけの契約だったはずよ!?」
「お前が女神の大陸を残すために『森羅万象』を行使したんだろうが……。そのせいで、世界の理となって刻み込まれてしまった」
グレンドルフが盛大な溜息と共に吐き出す。
それを言われた私は、もうぐうの音も出ない。すぐに薬草の選別を再開する。
「お前らは、地上に根付こうと努力してこなかったじゃねぇか。俺のように人族たちと深くかかわり合い、親しくし、愛し合うことを拒否してただろー?」
テーブルの下から、非難めいた言葉が投げられる。
腹立ちついでにアレクを睨み下ろすと、彼は目を細めて冷笑していた。
「だから、神の手下に選ばれちまったんだ。結局は自分と他者を分けて考えてたってことだ。人が獣を見るように、獣が草花を踏み潰すように……お前らの目線は、いつも天上から見下ろしていた。そーだろ?」
温くなったコーヒーを一気に呷ったアレクは、そこでふつりと話すことをやめると消えた。
いまだに効果を発揮している転移の魔道具に首を傾げつつも、取り上げてしまうのも悪い気がしている。神が存在を許している物を破壊するのもねぇ。
「……痛いところを突かれたな」
「この性格は、あっちの世界で作られたものよ。私の許容はすっごく狭いの。人も魔獣も同等とみなしてるし、今以上の親交は必要ない――」
「ならば、俺の嫁にならないか?」
「はあぁぁ!?」
ばっ、馬鹿じゃないの!?
なに? そのクソみたいなプロポーズは!
「俺とお前ならば、子を授かることができるそうだ。ここでなら、何にも邪魔されることなく育児ができるだろう?」
私はぱくぱくと口を開閉するだけで、怒鳴り声すら出せずにいる。
出会って間もないのに、この男は何を根拠にプロポーズしてるんだっつーの!
どこに「ならば」が繋がるってのよ!
神様! 魔女の称号すらいらない! ただの魔法使いでいいから、この厄介な男連中から私を開放してください!
かみさま~~~!!
THE END
============================================
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
これにて、この物語は終了となります。
放置の期間をおいての再連載でしたが、ようやくENDマークをつけられてほっとしてます。
また、お会いする機会が訪れましたら、その時もよろしくお願いします。
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