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ロリエット
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シフィエスに持たされた、薬の入った瓶を抱え、帰り道を急いでいた。
僕達の暮らすこの星を照らす恒星は、高度をかなり下げている。
有り体に言えばもうすぐ日の入りで、夜がやってきて────もうすぐ辺りは暗闇に包まれる。
ニホンでは暗闇と言えばお馴染みの存在────【幽霊】はまったくといって信じてはいないのだけれど、暗闇からの襲撃を僕は恐れていた。
獣は日が沈むと狂暴さを増し、人を襲う。
魔法を全く使うことのできない僕にとっては死活問題だ。
光魔法か火魔法を使えれば辺りを照らし出すことができるが、僕にはそれができない。
獣は光を恐れるから寄って来ないし、こちらから視認する事ができるのならば、腰からぶら下がっているこの木剣で反撃する事ができる。が、目に見えない事にはどうすることもできない。
そもそもを言えば素振りに夢中になっていた僕が悪いのだ。
シフィエスに薬瓶を渡された時はまだ、日が沈み始めた程度だった。
時間が早いと見て、体を動かし足りていなかったものだから、自然と足は村外れの林へと向かう。
それがいけなかった。
マリエスと一緒に行った森よりかは家から近いのがまだ救いか。
夕闇に染まりつつある茂みは不気味だ。
僕が一歩踏み出すごとに嘲笑うかのようにその枝先、葉先を揺らす。
ビクビクと薬瓶を胸元で抱えながら進んでいると、背後に気配を感じた。
「────」
間違いなく気のせいなんかではなかった。
荒い息づかい。パキパキと枝を踏みしめる音が、僕よりも広い歩幅で着実に距離を詰める────
もう、他に選択肢はなかった。振り返り様にこの薬瓶をお見舞いしてやるしかない……!
シフィエスはこの液体を眠り薬だと言っていた。僕の、いや俺の知っている異世界の眠り薬なら、瞬時に効果を現すはずだ。
1、2の3で振り返ったら投擲。
そのイメージを脳内で何度か繰り返した後、僕は足を止めて心の中で数を数える。
1、2の3!
振り返り様に敵の姿が一瞬だけ見えた。
僕が想像していたよりも2周りは小さな華奢な体。優しく微笑み、ふわふわと風に跳ねるブロンド。そして、アホ毛。
「えっ!?」
勢いを付けて動き出した体を止める事はできない。
かろうじて薬瓶は直撃を避けたものの、木の幹で弾けるように割れ、中身は辺りに散乱した。
もちろん僕の背後から忍び寄ってきた人物にもかかってしまった事になる。
「ふぇー!?ロウちゃん!?」
眠り薬の直撃を喰らった人物は、驚きと悲しみの混ざりあった何とも言えない表情を浮かべ、恨めしい目でこちらを見ていた。
「母さん!?」
そう、この人物、何を隠そう僕の母親、ロリエットその人である。
名は体を表すとよく言ったものだが、名前の通り体が小さく、とても幼く見える。
この世界にはニホンとは違い、ロリという言葉は存在しない。だから母さんの名前は全くの偶然……なのだが、偶然というのは偶然だからこそ恐ろしい。僕はそう思う。
「ロウちゃんひどーい。なんでお母さんに水をかけるの?
お母さん泣いちゃう」
言いながら両手を目の横に当て、泣きべそをかくような素振りを見せるが、これは泣いたフリだ。
母さんはよくこうやって僕をからかうのだ。仕返しのつもりなのだろうが、僕は乗らない。
「そりゃかけるよ。だって、獣に襲われたと思ったんだから。
母さんだって逆の立場ならそうするでしょう?」
僕の反論を受けて、母さんはペロリと舌を出してから続けた。
「こんなに可愛い獣がいる?」
我が母親ながら残念である。
が、否定はできない。見た目だけの話をするならばとても愛くるしい見た目をしている。
アラサーだが。
「ん、なにか言った?」
声には出していないつもりだったのだけど、妹弟子と同じで心でも読めるのか?
いや……それはないか。母さんはシフィエスと違い、出来損ないだったと自らを評している。
魔術師として、魔法師として。
僕にとっては素晴らしい母親であるという事は疑いようがないが。
「なんでもない」
「本当?」
疑惑に満ちた視線が僕に向けられるが、目をそらして誤魔化す。
すると母さんはふふふと笑い、こちらに右手を伸ばしてきた。
「ロウちゃん。帰ろうか」
「うん!」
母さんに左手を差し出し、手を繋ぐ__________触れた瞬間に不思議と先程までの心細さはどこかに消え失せた。
「母さん」
「なーに?」
「どうして僕がここにいるってわかったの」
僕の帰りが遅くなると、必ずこうして母さんが迎えに来てくれる。どこに行くかなんて言ってなくたって、たとえ母さんに報告した所と違う場所にいたとしても。
いつも不思議に思っていた。
「どうしてだと思う?」
質問を質問で返す母の横顔は、イタズラ好きの子供がイタズラを成功させた時のそれだった。
「えっと、テレパシー……とか?」
「そうよ大正解!実はお母さんにはテレパシーが使えるのです!」
貧相な胸を突き出してそう答える母さんはどこか得意気だ。
でも僕はそれが嘘だと知っている。
母さんは魔法が苦手。だって、本人がそう言っていたのだから。
「なーに。そんな目をして?お母さんの事、疑っているの?」
「ううん。そんなことないよ」
でも、そんなことはどうでもよかった。
シフィエスさんみたいに魔法が使えなくたって、優しいお母さんの事が大好きだったから。
「母さん、眠くなったりしてない?」
「眠く?ならないわよ。どうして?」
母さんはなんでそんなことを聞くのと首を傾げる。
「ごめんなさい。さっき母さんに掛けちゃった水、シフィエスさんから渡された眠り薬だったんだ」
僕の言葉を聞いた瞬間に母さんはクスクスと笑い
「ああ。眠り薬はね、直接身体の中に入らないと効果がないものなのよ。もし、ほんの一口でも飲み込んでしまっていたら、眠ってしまっていたでしょうね」
そうだったのか……もし、僕の背後に居たものが母さんじゃなくて獣だったら今頃僕は___________
「ロウちゃん?どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
「________そう。じゃあ少し急いで帰りましょうか。
お腹を空かせた父さんが、首を長くして待っているわ」
「うん」
返事を返した後、母さんの手を強く握り、歩く速度を少しだけ上げた。
僕達の暮らすこの星を照らす恒星は、高度をかなり下げている。
有り体に言えばもうすぐ日の入りで、夜がやってきて────もうすぐ辺りは暗闇に包まれる。
ニホンでは暗闇と言えばお馴染みの存在────【幽霊】はまったくといって信じてはいないのだけれど、暗闇からの襲撃を僕は恐れていた。
獣は日が沈むと狂暴さを増し、人を襲う。
魔法を全く使うことのできない僕にとっては死活問題だ。
光魔法か火魔法を使えれば辺りを照らし出すことができるが、僕にはそれができない。
獣は光を恐れるから寄って来ないし、こちらから視認する事ができるのならば、腰からぶら下がっているこの木剣で反撃する事ができる。が、目に見えない事にはどうすることもできない。
そもそもを言えば素振りに夢中になっていた僕が悪いのだ。
シフィエスに薬瓶を渡された時はまだ、日が沈み始めた程度だった。
時間が早いと見て、体を動かし足りていなかったものだから、自然と足は村外れの林へと向かう。
それがいけなかった。
マリエスと一緒に行った森よりかは家から近いのがまだ救いか。
夕闇に染まりつつある茂みは不気味だ。
僕が一歩踏み出すごとに嘲笑うかのようにその枝先、葉先を揺らす。
ビクビクと薬瓶を胸元で抱えながら進んでいると、背後に気配を感じた。
「────」
間違いなく気のせいなんかではなかった。
荒い息づかい。パキパキと枝を踏みしめる音が、僕よりも広い歩幅で着実に距離を詰める────
もう、他に選択肢はなかった。振り返り様にこの薬瓶をお見舞いしてやるしかない……!
シフィエスはこの液体を眠り薬だと言っていた。僕の、いや俺の知っている異世界の眠り薬なら、瞬時に効果を現すはずだ。
1、2の3で振り返ったら投擲。
そのイメージを脳内で何度か繰り返した後、僕は足を止めて心の中で数を数える。
1、2の3!
振り返り様に敵の姿が一瞬だけ見えた。
僕が想像していたよりも2周りは小さな華奢な体。優しく微笑み、ふわふわと風に跳ねるブロンド。そして、アホ毛。
「えっ!?」
勢いを付けて動き出した体を止める事はできない。
かろうじて薬瓶は直撃を避けたものの、木の幹で弾けるように割れ、中身は辺りに散乱した。
もちろん僕の背後から忍び寄ってきた人物にもかかってしまった事になる。
「ふぇー!?ロウちゃん!?」
眠り薬の直撃を喰らった人物は、驚きと悲しみの混ざりあった何とも言えない表情を浮かべ、恨めしい目でこちらを見ていた。
「母さん!?」
そう、この人物、何を隠そう僕の母親、ロリエットその人である。
名は体を表すとよく言ったものだが、名前の通り体が小さく、とても幼く見える。
この世界にはニホンとは違い、ロリという言葉は存在しない。だから母さんの名前は全くの偶然……なのだが、偶然というのは偶然だからこそ恐ろしい。僕はそう思う。
「ロウちゃんひどーい。なんでお母さんに水をかけるの?
お母さん泣いちゃう」
言いながら両手を目の横に当て、泣きべそをかくような素振りを見せるが、これは泣いたフリだ。
母さんはよくこうやって僕をからかうのだ。仕返しのつもりなのだろうが、僕は乗らない。
「そりゃかけるよ。だって、獣に襲われたと思ったんだから。
母さんだって逆の立場ならそうするでしょう?」
僕の反論を受けて、母さんはペロリと舌を出してから続けた。
「こんなに可愛い獣がいる?」
我が母親ながら残念である。
が、否定はできない。見た目だけの話をするならばとても愛くるしい見た目をしている。
アラサーだが。
「ん、なにか言った?」
声には出していないつもりだったのだけど、妹弟子と同じで心でも読めるのか?
いや……それはないか。母さんはシフィエスと違い、出来損ないだったと自らを評している。
魔術師として、魔法師として。
僕にとっては素晴らしい母親であるという事は疑いようがないが。
「なんでもない」
「本当?」
疑惑に満ちた視線が僕に向けられるが、目をそらして誤魔化す。
すると母さんはふふふと笑い、こちらに右手を伸ばしてきた。
「ロウちゃん。帰ろうか」
「うん!」
母さんに左手を差し出し、手を繋ぐ__________触れた瞬間に不思議と先程までの心細さはどこかに消え失せた。
「母さん」
「なーに?」
「どうして僕がここにいるってわかったの」
僕の帰りが遅くなると、必ずこうして母さんが迎えに来てくれる。どこに行くかなんて言ってなくたって、たとえ母さんに報告した所と違う場所にいたとしても。
いつも不思議に思っていた。
「どうしてだと思う?」
質問を質問で返す母の横顔は、イタズラ好きの子供がイタズラを成功させた時のそれだった。
「えっと、テレパシー……とか?」
「そうよ大正解!実はお母さんにはテレパシーが使えるのです!」
貧相な胸を突き出してそう答える母さんはどこか得意気だ。
でも僕はそれが嘘だと知っている。
母さんは魔法が苦手。だって、本人がそう言っていたのだから。
「なーに。そんな目をして?お母さんの事、疑っているの?」
「ううん。そんなことないよ」
でも、そんなことはどうでもよかった。
シフィエスさんみたいに魔法が使えなくたって、優しいお母さんの事が大好きだったから。
「母さん、眠くなったりしてない?」
「眠く?ならないわよ。どうして?」
母さんはなんでそんなことを聞くのと首を傾げる。
「ごめんなさい。さっき母さんに掛けちゃった水、シフィエスさんから渡された眠り薬だったんだ」
僕の言葉を聞いた瞬間に母さんはクスクスと笑い
「ああ。眠り薬はね、直接身体の中に入らないと効果がないものなのよ。もし、ほんの一口でも飲み込んでしまっていたら、眠ってしまっていたでしょうね」
そうだったのか……もし、僕の背後に居たものが母さんじゃなくて獣だったら今頃僕は___________
「ロウちゃん?どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
「________そう。じゃあ少し急いで帰りましょうか。
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返事を返した後、母さんの手を強く握り、歩く速度を少しだけ上げた。
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