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決死の覚悟3
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「ロウエどうする?」
マリエスが不安げな声を出すのも無理はない。
目の前に横たわる、灰色の獣にトドメを刺すのか刺さないのか。
これが白銀だったとは思えないけれど、これを白銀だったという事にしてしまえば……そうすればマリエスの入学の件も認めてもらえるかもしれない。
リターンに対してリスクはかなり小さい。
迷っている時間はない。
眼の前の獣に目を覚まされても困る。ひょろひょろとは言え、きっと僕とマリエスの二人では叶わない。
「トドメを刺そう。そして、マリエスは学園に通うんだ」
「うん」
マリエスは僕の手を強く握り返しながらそう返事をした。
「手を離してもらえる」
黙ってマリエスが僕の手を離すと、僕の姿だけが周囲から見えるようになり、自らも自分の姿を認識できるようになった。
やるぞ。マリエスの為に。
「ごめんねお母さん」
言いながら木の幹をのした皮で巻かれている、ある物を背中に縛っていた紐から解き放つ。
そして、さらに紐を解き、木の皮を取り除くと、そこには鈍い銀色の金属が姿を現した。
これは母さんが普段料理で使っている包丁のような物で、現代日本で例えるなら刺身包丁のような形状をしている。
細長く鋭い。これを獣に突き刺せば容易に命を奪うことができるだろう。
「マリエス。後ろを向いて目を瞑ってて」
「う、うん」
きっとこれからこの場で起こる事は、凄惨で残酷だ。まだ幼いマリエスには見せる訳にはいかない。
現状は僕の方が歳下だけど、精神年齢では僕のほうがずっと上なはずだ。
「じゃあ行くよ」
合図をしてから少し助走を取り、勢いをつけて、灰色の獣の心臓目掛けて突進をした。
ガキンッ!
しかし、獣の硬い毛皮に阻まれて包丁は弾かれてしまった。
「ッ!?」
しかも、先端が刃こぼれまでしてしまったのだ。これでは突き刺す事はできない。
「まいったな」
「どうしたのロウエ」
不安そうな声色でマリエスが僕に問いかける。声が少し遠く聞こえる所を見ると、しっかり言いつけを守って、反対側を向いている事がわかる。
「後で母さんに怒られるかも」
かもではなく、怒られる事は100%決定事項なのだが、少しでもマリエスに心配させるわけにはいかないとそんな言葉が口をついて出た。
「えっ?」
「包丁が壊れてしまったんだ。これじゃあトドメを刺すことはできないな」
「そっか……」
声色だけでマリエスが落胆しているのがわかった。
なんとかしてあげたい。でも、もう残されている手段はこの場にはない。
「……帰ろうか」
言ってマリエスが俺の手を引いた。
かなり力は弱く落胆ぶりが伺えた。
このチャンスを逃したらマリエスの夢はきっと叶えられない。
何かないか。考えろ……。
あっ!
「マリエス!まだもう一つ可能性が残されているよ」
「ん。かのうせい?」
「そう。サギカ様から昨日教わった剣の魔法を使うんだ。あれなら切れ味抜群だから、獣の硬い毛皮でも、簡単に切り裂けるんじゃないかな!」
「うーん。そうかもね」
マリエスの返答は曖昧なものだった。肯定とも取れるような否定とも取れるような。
「なんでそんなに微妙な返事なの?」
「だって、ロウエ練習しても使えなかったじゃん」
ぐうの音も出なかった。確かに僕は魔法の刀身を一ミリも出すことができなかったのだから。
しかし、方法は一つではない。
「そうなんだけどさ。ちょっと考え方を変えれば解決できるんじゃないかな」
「どうするの?」
「マリエスが出すのさ。僕の体を消したりもできるんだ。────できるでしょ?」
「あっ、!できるかも。でも、ロウエの所に剣を出すためには、レフレクテオを全部解かないと同時には難しいよ」
僕は周囲を見渡してから頷いて答えた。
「こんな場所《ところ》だ。誰も来るはずなんてないよ」
こんな森の奥深く。誰もやってくるはずはないだろう。まして、銀の獣騒ぎの最中なのだ。
「そ、そうかな」
「僕が許可するよ」
「うん」
マリエスは返事をすると、立ち所に魔法を解除。マリエスの本来の姿があらわになる。
可愛いケモミミもぴょこぴょこと揺れている。
「じゃあ早速だけど、僕が獣にトドメを刺すから、この包丁に魔法をかけてくれる?」
「うん」
マリエスは返事をすると、すぐに口元で何かを呟く。
「疾風!」
────すると、僕の手に握られている包丁の刀身が光り輝き、みるみるとその刀身を伸ばしていく。
刃渡り二メートル程の大剣へと成長。重さは包丁のまま。
「マリエス!大成功だよ」
「う、うん」
魔法のコントロールが難しいのか、マリエスは額から汗を流し、少し辛そうに頷いた。
あまり負担をかけるわけにもいかない。さっさと終わらせよう。
助走も取らずに光の刀身を獣に突き刺すと、刃物では傷すらつかなかった硬い毛皮をあっさりと切り裂き、体の中の臓器に到達。
そして、さらに力を加える────
「ギャオオオオオオオオオオオ」
その瞬間、気を失っていたはずの獣が断末魔のような雄叫びをあげた。構わずに突き刺し、体を貫通させると大人しくなった。きっと絶命したのだろう。
生きている証である、呼吸での胸の上下がなくなった。
「ふう……。もう疲れちゃった」
トドメを刺したのと同時だ、マリエスも倒れ込む。
きっと魔法力を使い果たしたのだろう。
マリエスが地面に倒れ込む寸前で、なんとか抱きかかえる。
「もう帰ろうか」
目的は果たした。これできっとマリエスの学園入学も認められるはずだ。
既にマリエスからの返事はなかった。
シャツを脱いでマリエスの頭を隠し、包丁に巻きつけられていた皮で尻尾を隠し、マリエスを背負いシフィエスとサギカの元へ歩き出した。
どうも森の向こう側が騒がしい気がしたが、それはきっと気のせいだろう。
やり遂げた達成感、高揚感によってもたらされた錯覚なのだ。
マリエスが不安げな声を出すのも無理はない。
目の前に横たわる、灰色の獣にトドメを刺すのか刺さないのか。
これが白銀だったとは思えないけれど、これを白銀だったという事にしてしまえば……そうすればマリエスの入学の件も認めてもらえるかもしれない。
リターンに対してリスクはかなり小さい。
迷っている時間はない。
眼の前の獣に目を覚まされても困る。ひょろひょろとは言え、きっと僕とマリエスの二人では叶わない。
「トドメを刺そう。そして、マリエスは学園に通うんだ」
「うん」
マリエスは僕の手を強く握り返しながらそう返事をした。
「手を離してもらえる」
黙ってマリエスが僕の手を離すと、僕の姿だけが周囲から見えるようになり、自らも自分の姿を認識できるようになった。
やるぞ。マリエスの為に。
「ごめんねお母さん」
言いながら木の幹をのした皮で巻かれている、ある物を背中に縛っていた紐から解き放つ。
そして、さらに紐を解き、木の皮を取り除くと、そこには鈍い銀色の金属が姿を現した。
これは母さんが普段料理で使っている包丁のような物で、現代日本で例えるなら刺身包丁のような形状をしている。
細長く鋭い。これを獣に突き刺せば容易に命を奪うことができるだろう。
「マリエス。後ろを向いて目を瞑ってて」
「う、うん」
きっとこれからこの場で起こる事は、凄惨で残酷だ。まだ幼いマリエスには見せる訳にはいかない。
現状は僕の方が歳下だけど、精神年齢では僕のほうがずっと上なはずだ。
「じゃあ行くよ」
合図をしてから少し助走を取り、勢いをつけて、灰色の獣の心臓目掛けて突進をした。
ガキンッ!
しかし、獣の硬い毛皮に阻まれて包丁は弾かれてしまった。
「ッ!?」
しかも、先端が刃こぼれまでしてしまったのだ。これでは突き刺す事はできない。
「まいったな」
「どうしたのロウエ」
不安そうな声色でマリエスが僕に問いかける。声が少し遠く聞こえる所を見ると、しっかり言いつけを守って、反対側を向いている事がわかる。
「後で母さんに怒られるかも」
かもではなく、怒られる事は100%決定事項なのだが、少しでもマリエスに心配させるわけにはいかないとそんな言葉が口をついて出た。
「えっ?」
「包丁が壊れてしまったんだ。これじゃあトドメを刺すことはできないな」
「そっか……」
声色だけでマリエスが落胆しているのがわかった。
なんとかしてあげたい。でも、もう残されている手段はこの場にはない。
「……帰ろうか」
言ってマリエスが俺の手を引いた。
かなり力は弱く落胆ぶりが伺えた。
このチャンスを逃したらマリエスの夢はきっと叶えられない。
何かないか。考えろ……。
あっ!
「マリエス!まだもう一つ可能性が残されているよ」
「ん。かのうせい?」
「そう。サギカ様から昨日教わった剣の魔法を使うんだ。あれなら切れ味抜群だから、獣の硬い毛皮でも、簡単に切り裂けるんじゃないかな!」
「うーん。そうかもね」
マリエスの返答は曖昧なものだった。肯定とも取れるような否定とも取れるような。
「なんでそんなに微妙な返事なの?」
「だって、ロウエ練習しても使えなかったじゃん」
ぐうの音も出なかった。確かに僕は魔法の刀身を一ミリも出すことができなかったのだから。
しかし、方法は一つではない。
「そうなんだけどさ。ちょっと考え方を変えれば解決できるんじゃないかな」
「どうするの?」
「マリエスが出すのさ。僕の体を消したりもできるんだ。────できるでしょ?」
「あっ、!できるかも。でも、ロウエの所に剣を出すためには、レフレクテオを全部解かないと同時には難しいよ」
僕は周囲を見渡してから頷いて答えた。
「こんな場所《ところ》だ。誰も来るはずなんてないよ」
こんな森の奥深く。誰もやってくるはずはないだろう。まして、銀の獣騒ぎの最中なのだ。
「そ、そうかな」
「僕が許可するよ」
「うん」
マリエスは返事をすると、立ち所に魔法を解除。マリエスの本来の姿があらわになる。
可愛いケモミミもぴょこぴょこと揺れている。
「じゃあ早速だけど、僕が獣にトドメを刺すから、この包丁に魔法をかけてくれる?」
「うん」
マリエスは返事をすると、すぐに口元で何かを呟く。
「疾風!」
────すると、僕の手に握られている包丁の刀身が光り輝き、みるみるとその刀身を伸ばしていく。
刃渡り二メートル程の大剣へと成長。重さは包丁のまま。
「マリエス!大成功だよ」
「う、うん」
魔法のコントロールが難しいのか、マリエスは額から汗を流し、少し辛そうに頷いた。
あまり負担をかけるわけにもいかない。さっさと終わらせよう。
助走も取らずに光の刀身を獣に突き刺すと、刃物では傷すらつかなかった硬い毛皮をあっさりと切り裂き、体の中の臓器に到達。
そして、さらに力を加える────
「ギャオオオオオオオオオオオ」
その瞬間、気を失っていたはずの獣が断末魔のような雄叫びをあげた。構わずに突き刺し、体を貫通させると大人しくなった。きっと絶命したのだろう。
生きている証である、呼吸での胸の上下がなくなった。
「ふう……。もう疲れちゃった」
トドメを刺したのと同時だ、マリエスも倒れ込む。
きっと魔法力を使い果たしたのだろう。
マリエスが地面に倒れ込む寸前で、なんとか抱きかかえる。
「もう帰ろうか」
目的は果たした。これできっとマリエスの学園入学も認められるはずだ。
既にマリエスからの返事はなかった。
シャツを脱いでマリエスの頭を隠し、包丁に巻きつけられていた皮で尻尾を隠し、マリエスを背負いシフィエスとサギカの元へ歩き出した。
どうも森の向こう側が騒がしい気がしたが、それはきっと気のせいだろう。
やり遂げた達成感、高揚感によってもたらされた錯覚なのだ。
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