PARADOX=世界の真相を巡る旅に始まり終焉へと帰結する、数多の矛盾と真実で紡がれる物語

小鉢 龍(こばち りゅう)

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prologue:積まれた書籍とタバコケース

更なる先

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 そこは、これまで足を必死で動かし続けた、ただ砂と泥、そして不快な臭気のみの世界ではなかった。恐らくはルーザの言うところの、悠久の騎士団の前身となった組織本部の敷地内に侵入はいったのだろう。無論それだけでは目の間に点在するそれらの存在を正当化することも、見たままを認めるということにすら疑心暗鬼を生じさせる自分を説得する材料には足りない。

 シドの視界には、見たままに建造物の柱であったり、仕切りとなったのであろう周囲よりも少し厚い壁の残骸がある。中には柱に施されていた溝を薄っすらとではあるものの視認することができる柱も存在した。所々で腐敗土がガスをぽこぽこと吹き出す場所が依然として存在するものの、ぬかるみもはっきりと弱くなったのが認識できた。臭気は相変わらずではあったが、ここまでに麻痺した感覚はそのまま通じるようで、シドの表情は光景に向けた驚愕から変わらないままだ。

 シドは鼻から細く息を吐きだし、ゆっくりと更に奥に歩を進めていく。目の前にあった手の届く柱の残骸に触れると、まるで毛細血管の様な細い石で編んだ繊維に触れたような、すかすかな感触が指先に伝わってきた。そこに、ほんの少しだけ、指で押すまでもなく触れていた中指と薬指の第一関節をほんの少し同時に折り始めただけで、触れていた部分は崩れ出した。それはまるで、柱そのものが自分が本来であれば砂と化して土に還らなければならないことにこれまで気付くことができずに、シドが触れたことであるべき姿をはっと思い出した様な人間的な反応だった。

 それを目の当たりにしたシドは無意識にあの場所に手を当てていたことに気が付く。点滅するかのような温かさを感じていたその部分は、わずかではあるが今度は恒常的な温かさを感じた。不可解な感覚にシドが困惑していると、更に説明しようの無い事は続いていく。

 辺りは遮られた弱弱しい光のみのはずが、所々からアメシストの光の選択吸収を彷彿とさせる淡く色彩を持った光を感じるのだ。そして、恐らくは落下地点であろうもう少し奥に、これらと同じで、かつ大きな反応がることを見る前から確信した。

「・・・・・・・・・・・・!」
「・・・・・・」

 すると、遠くから聞こえたというよりも、極端に声量を抑えているようなかすかな会話が聞こえてきた。シドは集音機能を高める為に耳に手を当てて、その声のする場所を特定しようと試みる。声を絞った時の独特な掠れを確かに感じるそれは、決してシドのいる場所からそう遠くない場所に声の主達がいることを示している。こんな誰もが寄り付きたいと思わない場所に居るというのも既に、そこにいる者達が後ろめたさを感じる行為におよんでいるであろうことを物語る。更に、ここはゴミ溜めの中心地であり、人々が忌み嫌った不幸な都市の最奥、そんな場所ですら万が一の可能性であっても誰かに内容を聞き取られることは避けたい事情など真っ当な人間のものでないことは想像に難く無かっただろう。

 シドは物音を立てない様に眼球を左右に動かしながら、聴覚や視覚による特定の地点への意識を誘導する。逸る気持ちが無いわけではなかったが、身体は意識に同調をしていき心拍は少しずつ落ち着いていく。先ほどまでは無意識に拾っていた声が、はっきりとはしないまでも、意識的に感覚を使うことで会話の発信源ではない地点を肌で感じることができた。感覚によっておおよその範囲を絞っていくと、次は理性で得た感覚や情報から正確な位置を割り出す作業に移行する。声の反響の強弱から、建物の残骸が機密性の高い空間を生み出しているのはどの場所か、聞こえてきた会話から少なくとも2人が効率的に隠れられる地点は何処か、そしてもしも密談をしている最中に何者かが近くに来た時に相手よりも先に察知することができ且つ相手が自分を視認するまでに逃亡の準備が整う場所はどこか絞っていく。それらの条件を同時に多く満たした場所に向かって、シドはゆっくりと近づき始めた。

 格段に歩きやすくはなったものの、依然としてぬかるむ泥が足を取り、靴底にへばりつくヘドロの様な粘度の高い泥が剥がれる音は、この静寂の中では些細な音とは言い難い。シドは慎重に慎重に、あの温かさが強い区画に向けて近づいていく。
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