PARADOX=世界の真相を巡る旅に始まり終焉へと帰結する、数多の矛盾と真実で紡がれる物語

小鉢 龍(こばち りゅう)

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1話:森の都の外套技師

私の最良の日々は過ぎ去った

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 心の奥にあった、剥き身の言葉だったのだろう、シエナはそう言い終わるか言い終わらないかという時に、崩れ落ちて声をあげて泣き出した。シドはその姿を見て、アレックスと大男の闘いを思い出して、憤りを感じていた。

「なんでこうブレイグルってだけで、こんなガキ共が大人でも耐え切れねえ経験をしなくちゃいけないんだ」

 シドはずかずかと地面を踏みつぶしながら、草陰に置いておいたケースを取り出す。そして、中から消毒液とガーゼを取り出した。

「俺は先生なんて大層なものじゃないし、死者を蘇らせられるような奇跡を起こせるブレイグルを知っているわけでもない。が、目の前で泣きながら、唇をかみしめて出た血を止めてあげることはできる」

 シドは白衣を脱いで、座り込んで泣きじゃくるシエナの背中にかぶせて、すぐ目の前にしゃがむ。シドは元々表情が乏しいタイプであり、診療の際にも笑顔を作るようなことはない。ただそれは苦手というだけのことであって、笑顔や言葉が患者の安心感に繋がることは理解している。だから、シドにできる最大の笑顔を作りながらシエナを覗き込んだ。

「まずは君を治療させてくれないか?」

 シエナは唇をぎゅっと横一文字に噛みしめながら、大きく頷いて見せた。それを見て、シドは優しく血を拭き取り、消毒を施した。

「ほい、終了。血が止まったらガーゼは取って良いけど、しばらくは激しい運動は自粛して、顔を洗う時も幹部は避ける様にすること」
「はい、その・・・・・・見知らぬ子どもに、ありがとうございます。私はシエナ、ガリオン第Ⅲ騎士団に所属するブレイグルです」
 
 その所属を聞いたシドは、ネオンを隠れさせていた自分の直感に感謝していた。まだ、ゴミ溜めを出て3日ほどとはいえ、黒涙のブレイグルの存在がどこまえ広まっているかは知りようもないからだ。

「組織に所属しているわけでもないからな、済まんが名前だけで許してくれ、シドだ」
「はい、シド先生」

 改めて自己紹介をした2人は、すぐに本題へ戻る。

「それで遺体の消えた2人は人間か?」
「違うわ、2人はレイピアと弓のブレイグルよ。まだまだ幼くて、未来もたくさん待っていたのに・・・・・・」
「襲ってきた人物は誰か分かっているのか?」

 シドの問いに、シエナはハイリの姿を思い出して、思わず顔を覆い隠した。胸の前で両手に目いっぱいの力を込めて握り込んでいる。それが、恐怖や不安が引き起こす防衛本能による震えであることは一目でわかった。

「あれは『殺し屋ハイリ』と呼ばれる連続殺人鬼よ。凶器は自分よりも長い長刀で、それがブレイグルの武器化によるものなのか、実際に打たれた刀なのかも定かではないわ。性別も、年齢も、出自も全てが謎の存在。分かっていることはその目的だけーー」
「その目的とは?」
「・・・・・・この世界に居るブレイグルの殲滅、そしてブレイザーを根絶やしにすることだと言われているわ」
「ーー? それだと、君が見逃されたことに辻褄が合わないような」
「とにかく!あのハイリという悪魔は私の目の前で、家族の様に育った、何よりも大切な仲間を皆殺しにしたのよ!!」

 水面に投じた石は波紋を起こすだけだが、その話題は触れれば堰き止めていた感情が噴き上がる様な間欠泉のようであった。

「さて、次はこの人たちだな」
 
 そう言って、シドはゆっくりと立ち上がって、一回伸びをした。

「まさか、治せるんですか?」
「奪われた命を蘇らせられるものは医学とは言わない。オレに出来ることは、この人たちをできるだけ丁寧に弔ってやることだけだ」

 シドはケースから真っ白なハンカチを取り出して、頭と切り離されてしまった胴体の首を隠す様にハンカチをかぶせていく。

「騎士団では殉職者はどのように?」
「遺体の回収が可能な状況であれば、それぞれの家族の元へと送り届けることになっている。だけど、ここは任務の中で立ち寄った場所で、詳細な道順は隊長しか分からないから、土に埋めるべきでしょうね」
「そうか、土葬か・・・・・・」

 2人の首下にハンカチを被せたシド。シエナの側に戻ると、すぐに素手で地面に穴を掘りだした。栄養豊富で柔らかな土とはいえ、道具を使えないとなると骨が折れそうだ。

「・・・・・・どうして手伝ってくれるんですか?
どこかへ向かっている途中なんじゃないんですか?初めて会ったばかりなのに、こんなこと手伝ってはあなたの時間も体力も消耗させてしまいます」
「どうしてと言われても、まあ、このくらいのことでしか俺の無力な手では、誰かを助けることができそうにないからかな。それに、君が俺の目的地までの道を知っていたら嬉しいと言う希望的観測と、作業終わってからで良いのでそこに広がる食料を分けて欲しいという打算も大いにある」
「ーーぷっ、あはは。大人のに可笑しいですよ」
「おやおや? それは見解の相違だね、大人なんて子どもが夢見るほど立派なもんじゃないんだよ」

 そう言ってシドはまた地面に視線を戻し、何度も何度も土を掘っていく。シエナは三人の遺体を慎重に運んで、シドが掘る穴の近くに、頭部と合わせて、横たわらせた。力の抜けた成人を子どもが運ぶことはかなりの重労働で、引っ込んだ涙の代わりとでも言っているのか大粒の汗が、空気にさらされている肌を伝っていた。

 それからシエナもシドと一緒に土を掘っていき、30分ほどをかけて、ようやく十分そうな深さの穴を掘ることが出来た。穴の端に座ってシドは両腕を後方に投げたような形で身体を休めていた。シエナも十分に疲れているはずだが、一緒に墓に入れたいと言い、近くに生えていた植物を幾つか手折って集めていた。

 全ての植物が生まれた地と呼ばれる場所の領内にあるだけあって、ほんの少し花を摘んで回っただけで、それなりの種類の草花や木の実が見つかったようだ。シドの目に特に留まったのは、名前も知らない先端が鮮やかな紫で、中心ははっきりとした白の花弁が6枚、その中心にある6本の雌蕊には薄い赤色の花粉が着いていた。

「先生も花に興味があるんですか?」
「ん? いや、特にそういうことは無いんだが、どうしてだろうなこの花が妙に気になって。
・・・・・・て、先生?」

 数日ぶりに聞いたその言葉に、すぐにリアクションを返すことができなくなっていた。

「さっきは何も言わなかったのに。私の口の治療してもらったから先生かなって思ったんですけど、先生は嫌ですか?」
「嫌ではないよ。だけど、正規の医師でもないのに、先生と呼ばれるのはおこがましいだろ・・・・・・」
「んー、大人も案外繊細なんだなー。さてと、そろそろ皆を眠らせてあげましょうか」

 シエナは返答を待たずに立ち上がって、トリオール遺体の前に膝をついて手を合わせる。シドは特定の宗教を信仰していないので、その所作の意味するところは分からなかったが、シエナの表情を見て死者への想いを回顧する儀式の一つなのだろうと推測した。

「身体は俺が運ぶから、シエナは皆の顔を汚れない様にしてやってくれ」
「はい」

 2人はゆっくりと横たわっている3人が離れない様に、腰の高さほどまで掘った穴へと移して地面で身体が居たくならない様になるべく平らな場所に降ろしていった。それから、シエナが集めてきた草花を穴に投げ入れ、最後の1つはより多くの願いを込めて、シエナの手で投げ入れられた。紫の花弁が、絵筆を走らせたような残像を残しながら、1,2度くるっと回りながら、真ん中に横たわるトリオールの胸に着地した。

「・・・・・・『私の最良の日々は過ぎ去った』」
「え?」
「あの花の持つ言葉です。まるでこれからの私のことを言っているみたい」

 シエナはそれだけ言うと、穴の中で眠る3人をしばらく眺め始めた。シドは、その場から少しだけ離れ、木の陰に隠れているネオンの所にまで戻る。ネオンは木の根に腰掛けて、膝小僧を両手で包みながら、わずかに向こうの地面に視線を落としていた。

「もう出発するだろうし、いつまでも警戒して隠しておくわけにもいかないからな。ネオンも来い」

 ネオンは指し出された手を掴んで、身体を起こす。そして、2人でシエナの待つ場所まで戻っていくのだった

 




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