ケンショウ学級

小鉢 龍(こばち りゅう)

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二時間目:ブアメードの血【前編】

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『ブアメードの血』

ある学者が死刑囚ブアメードに対して行ったとされる実験。

この実験が実際に行われたのか、その真偽は曖昧なものとされており、一部では都市伝説とも言われる。



実験概要

・被験者は出血死に関する詳細な説明(死に至る出血量や、その過程に起こる体調の異常など)を受ける。

〇目隠しをした被験者の身体の一部に傷をつけ、流れる血を下に置いた容器に溜めていく。

○観察者は一定時間毎に出血量を被験者に伝えていく。

・しかし実際には○で書かれたことは行っておらず、被験者の身体には傷ひとつついていない(被験者の身体に切れない鉄板を当てて傷をつけるふりをする)。

・血液の代わりに水を容器に溜めているが、被験者は自分の血液であると思い込むことで、事前に説明したような体調の異常や精神的な異常をきたす。

・ついには致死出血量を告知されると、被験者は身体に傷ひとつついていないのに出血死に至る。







 左のほっぺが冷たい…………頭がぼーっとする…………

「…………っ」

 僕は頭に手を当てて身体を起こした。まだ視界が霞んでいて周りの状況を把握できない。けど、さっきまで居た密室と言うわけではなさそうだ。ん?もしかして座ってるのか?僕はぼやける視界の中で、自分の座っている何かを手探りで調べる。

「これ僕の椅子?」

 間違えようもない、一年半座ってきた椅子なのだから。どこに傷がついているのかまではっきりと分かった。これは学校の僕の椅子に間違いない。そう確信した頃、ぼやけていた視界がうっすらと晴れていく、そこは紛れもなく見慣れた僕らの教室だった。

 椅子だけでなく、確認をすると確かに僕の机だ。左の端に穴が空いている、右下に落書き。正真正銘僕の机。どうやら僕が一番最初に起きたようで、皆はまだ机に伏せたまま寝息を立てている。遠くでは呼吸が分からない人もいるけれど眠っているだけなのだろう。

 僕は取り敢えず、隣の席の小池っちを揺り起こす。

「小池っち。小池っち起きて!」

 強く揺さぶってみたけれど小池っちに反応はなく、すうすうと寝息をたてていた。なんとなく寝起きが良いイメージはないけれど、ここまで揺さぶっても起きないということは、やはり何か睡眠薬の様なもので強制的に眠らされていると考えるべきなのだろうか?

 僕はゆっくりと教室を見渡した。机の配置などももそのままだ。閉められたカーテンと明かりの灯っていないことも、そのままだった。でも、どこからかほのかに花の匂いがした気がした。けれど、うちのクラスでは普段は花など生けていない。

 僕以外が目を覚ましてい理由は定かではないけれど、恐らく「たまたま早くに睡眠薬の効果が切れた」、「体質的に睡眠薬が効きにくい(醒めやすい)」ということだと思う。とにかく小池っちを含め皆は息はしている。良かった。小野さんのことがあったから、どうしても死が目の前をちらついてしまう。

「そうだ、小野さんの机は…………あっ」

 左端の前から二番目、小野さんの机には彼女の姿はなかった。代わりに花瓶に刺された白い菊の花が一輪。ほのかな花の香りはそれだったようで、僕は胸が苦しくなる。その花はどう足掻いても、やはりあれは幻覚とかじゃなくて、夢でもなくて。僕らの目の前でクラスメイトが、友だちが命を落としたんだ。ということを僕たちにまざまざと見せつけるのだった。

「なんでだよ・・・・・・」

 僕は無意識だったけど涙がこぼれていた。悔しさ?恐怖?疑問?分からない。答えはでないのだけど、涙は止まらなかった。しばらく独りだけの世界でポツンと立っていると、誰かがモゾモゾと動いた気がした。

「…………っ。ああ気持ち悪ぃ」
「佐野くん!大丈夫?」 それは佐野くんだった。僕は一切の躊躇なく佐野くんにそう声をかけた。誰も起きないこの状況で、佐野くんが目を覚ましたことが素直に嬉しかったんだ。

「大丈夫なわけねぇだろうが根暗!
あ?なんだよ、皆寝てんのかよ?」 そういって佐野くんは席を立ち、田口くんを揺さぶる。

「おい田口!起きろおい!!」

 ぐらぐらと揺さぶられ田口くんの身体が無抵抗に揺れた。ほどなくして田口くんが目覚める。

「…………たっちん?ここは?」
「教室・・・・・・だな。なんでかは分かんねぇけど、またここに戻されたみてぇだな」 そう言う佐野くんの声に耳を貸しながら、田口くんは周りを見回していた。異常な環境で現状の把握をしようとするのは本能なのだろう。それから先に起きた人は皆、ここが通い慣れた教室であると理解した上でも、やはり確かめずにはいられなかったのだ。

「おい田口、さっさと出るぞ」
「え?え!?」
「さっきまでの密室・・じゃねぇ。教室のドアから出れば抜けられるはずだ」 佐野くんはそう言って教室の前のドアを指差した。そこで僕は疑問が浮かぶ。

「おかしいよ・・・・・・」
「あ?何がおかしいってんだよ根暗ぁ!」

 何も変わらない教室での違和感はこれだったのかもしれない。佐野くんが指差した先にあるはずのものがなくなっていたのだ。モニター越しのアイツが「僕達生徒への監督不行き届き」として罰した先生の姿がそこにはなかった。

「大上先生の死体がない…………!!」

 佐野くんは特別驚く様子はなく、その扉の近くを見た。そこには黒焦げになって倒れているはずの大上先生の姿が確かになくなっていた。焦げ跡か、灰なのかは分からないが黒いすすが床に黒くこびりついていた。

「馬鹿か根暗。だから尚更出られそうなんじゃねぇか!」
「え?」

 大上先生の死体がなくなっているから尚更出られる?この教室から佐野くん達が出ようとしたから、それを止めようとした大上先生が殺されてしまったのに?

「分かんねぇか?あの先公がいねぇってことは、あのドアが開いて誰かが運び出したってことじゃねぇか」
「そうか!もしそうなら外には誰かがいるかもしれないし、今ならあのモニターの変なやつにバレないかもしれない」 そう二人で言い合わせて田口くんと佐野くんは笑った。

 その時、そんな二人の浅はかな考えを拒むかのように教室の外から、大きな物音がした。それは何かカートの様な物が勢いがつきすぎて扉に衝突したかのような物音だった。

「…………ん、なに?」
「…………ちょ、なんの音?」

 突然の物音に何人かが目覚めた。佐野くんは物音の方へとゆっくり近づいていく。そんな佐野くんを田口君は心配そうに見つめている。

「たっちん!危ないよ」 田口くんがそう言って制止するけれど佐野くんは止まらない。ついには物音がした前の扉の近くまで歩いていった。こんな時でも強引というか、気が強いというのか少し嫉妬をしてしまう。

「そこに誰かいるんなら面見せろやこらぁああっ!!」 そう怒鳴りながら佐野くんが扉に手をかけた瞬間だった。 

「おはよう二年三組の皆」 急にスキャナーが作動してアイツがまたモニター越しに姿を現したのだった。佐野くんは扉にかけていた手を降ろして、モニターを睨み付けた。

「おや?まだ眠っている人もいるんだね。未成年には少し薬が多かったかな。次回からは少し調整が必要ですね」
そんなことを呟きながらマーカーで何かを資料に書き込んでいる。

 いったいこの状況で、アイツはなんでこんなにも嬉しそうなのだろう。この時点でもうすでに三人の命を奪っていると言うのに。平然と飄々と、まるで日常の一コマを今現在行っているかのように実験を楽しんでいる気がした。

「今、君たちに夕食を用意した。実験はハードだからね、君たちもしっかり食べて体力をつけてください。
ちょうど良い、佐野くんと田口くん、それに上杉くん。皆に配ってあげてください」

 アイツがそう言うと佐野くんの前の扉が自動的に空いた。佐野くんは反射的に後ろに飛び退いていた。いったいこの部屋はどんな作りになっているのだろうか?

「なんだよこれ?」 佐野くんが驚いた顔でそう呟いた。僕と田口くんは目を見合わせて、佐野くんの下へと近づいていく。すると扉の外には先程の物音の正体であろう、カートが教室の線に垂直に止められていた。それは司法全てをピッタリと壁に囲われていた。

「廊下じゃ…………ない?」

 朝にはあったはずの廊下がそこにはない。何よりもこのカートが通る隙間すら見当たらない。もう、分からないことだらけだ。

「三人以外の起きている人は、まだ眠っている人を起こしてあげてね」

 アイツに従う様で気乗りはしないけれど、三人も死人が出ていることもあるのだろう、起きていた何人かは素直にアイツの言葉に従い眠っている人を起こしていく。

 僕はそのカートを教室へと入れた。するとすかさず佐野くんが、カートが置いてあった空間を調べる。四方の壁を思い切り叩きつけたり、押したり、床や天井もくまなく調べていた。けれど。

「ただの壁だ…………」

 すぐさま田口くんも一緒に確認するのだけれど、そこには硬いコンクリートの壁がカートの入る大きさの空間を囲うようにそびえ立っているだけだった。本当の密室だった。そうして不可思議な空間を調べ上げていたさなかだった。教室に叫び声が響き渡る。

「真緒!!真緒、ああ真緒ぉ!!」 その声の主は原田さんで、菊の花の置かれた小野さんの机にすがりつくようにして、大声をあげて泣いていた。近くにいた誰もが、手を差し伸べることすらはばかられる。こんなにも取り乱してい折る原田さんなど誰も見たことがなかったのだから。

「悠里ちゃん。辛い・・・・・・辛いよね、淋しいね」
「ううっ、ああああ!」
 
 副委員長の中崎さんがそう言いながら優しく原田さんを抱きしめた。中崎さんの瞳からも涙がとめどなく流れ落ちていた。強くでも優しく中崎さんは原田さんを包み込む。次第に原田さんの声が小さくなっていき、すすり泣く彼女は一段と小さく見えた様な気がした。

「・・・・・・ごめんね、亜香里ちゃんありがとう」
「うん。戻ろう?」

 原田さんはふらついた足取りで顔を伏せたまま自分の席へと戻っていった。その袖はすっかり濡れていた。

「佐野くんは行動力があり、中崎さんはとても仲間思いで良いですね」 アイツは誉めているのだろうか、本当にこの男の真意が見えない。でも、ただ検証がしたいだけではない。そんな予感はしていた。

「さぁ、皆さん起きましたね。今から夕食の時間です。あなた方は大切な検証の彼検体です。体調管理もしっかりとしていただかなければ困ります。

なので、お残しはしてはいけませんよ?」

 カートには31人分の食事が乗せられていた。それは小野さんが死んでしまって一人減った、ちょうど今のクラス分の食事だった。小野さんが死ぬことが分かっていたのか、小野さんが死んでしまってから用意したのかは分からないけれどなんて悪質なんだろうか。

「では、佐野くん達は配膳を」 アイツは柔らかな口調でそう言った。逆らえばどうなるか分からない。最悪の場合には殺されるかもしれない。そんな不安がずっと付きまとうから、僕らはアイツの指示に従うしかなかった。

 パンにクリームシチュー、コールスロー。健康を維持する最低限の食事がプレートで用意されている。

「…………配るね」 そう言って、僕はプレートを持って前の席から順に配り始めた。少し遅れて田口くんも配膳を始める。

「なんで俺が配らなきゃいけねぇんだよ!!」 と扉を蹴飛ばして、でもやっぱり逆らうことはできなくて佐野くんもしぶしぶと配膳をした。

 そして全員分を配り僕らも自分の席につく。

「ではくれぐれも貴重な食事を残すなんてことのないようにしてくださいね。

食べ終えた人からカートにプレートを戻して、全員分が戻ったら扉を開けて元の位置にカートを運んでください」

 回収するのだろうけれど、壁で囲まれた空間でどうやって?実は壁が自動の扉の様になっていてロックされている?いや、そんな形跡は全くなかった。ワープなんてそんな小説みたいなことはないよな?くそ、考えても分からない。

「それではご挨拶をしましょう。いただきます」
「…………いただきます!」

 アイツの号令でなんか挨拶をしたくなかったけど、言わなければならないことは分かっていた。

 どうしてアイツはここまで学校の様な真似事にこだわるのだろうか。出欠の確認や、返事の大きさ、食事の前の挨拶・・・・・・何かしなくてはならない理由があるのか?それともただ僕達に学校ごっこ・・・・・をさせて、それを見て楽しんでいるだけなのか、分からないけれど。

 銀製のスプーンでクリームシチューをすくって恐る恐る口にした。

「…………あ、美味しい」

 異様な雰囲気と精神的な疲れで気付かなかったけどお腹は確かに空いていたのだ。空腹だったからだろう、口に含んだシチューはほわりと口の中に広がって僕は無意識にそう呟いてしまっていたんだ。

 クラスメイトと食べる食事。いつもならワイワイ盛り上がりながら食べているはずなのに、今は誰一人として喋らない。机を移動する人もいない。ただ淡々とスプーンが皿をこする音だけが、無音の中で散在するだけだった。

「もう、食べられない」

 そう言ったのは眞木 紗由理(まき さゆり)さんだった。その言葉に寺井 一真(てらい かずま)くんが反応した。

「紗由理ちゃんと食べろよ…………」
「食べられないよ!こんなことになって意味分かんないし、私シチュー嫌いなの一真だって知ってるじゃん」

 寺井くんは佐野くんのグループの一人で、眞木さんとはクラス公認の恋人同士だった。佐野くん達と遊ぶために部活の練習をさぼって監督に怒られている姿も見かけたことがあるけど、自由で楽しそうな人だ。

 眞木さんは少しとんがった性格の女の子。勉強は苦手みたいで、授業中はよく爪の手入れや枝毛の処理をしている。

「…………僕も胃痛いや、門井これ食べて?」
「え、ああ…………」 三田くんはお腹をおさえながら、そう言って後ろの席の門井くんにコールスローを渡していた。

「紗由理」
「食べられない!三田だって門井にあげてるし、もう良いでしょ」 そう言って眞木さんはまだ残っているシチューをそのままにプレートをカートに戻した。席を立って止めようとしていた寺井くんだったけど、眞木さんの態度を見て諦めたようだ。

「そういえば…………あ、あの質問なんですけど」 そう言って友澤くんが手をあげた。

「友澤くん、なんでしょう?」
「トイレはどうしたらいいんでしょうか?」

 確かに大事なことを忘れていた。食事はこうして届けられるとして、睡眠は机でもできる。でもトイレ、そう排泄は教室では無理だ。衛生的にも問題があるし、何よりこのクラスには男女がいる。僕らにしても、女子にしてもまさか異性の前で床に排泄をすることなどできるわけがない。

「よい質問です。

トイレは後ろの扉に設置しました。籠城ろうじょうなどができないように鍵がないので、入るときには声をかけるなりしてプライバシーを確保できる工夫をしてください」

 皆が後ろの扉に振り返り、扉の一番近くの春馬に視線が集まった。春馬は頷いて、立ち上がると奥の扉へと向かっていく。そして、後ろの扉に手をかけ、そっと扉を開けて中を確認した。

「…………確かにトイレだ」

 後で僕らも確認したけど、教室の後ろの扉には本当にトイレがあった。それはカートの空間の壁のように、不自然に、でもしっかりとトイレを形どっている。

「それでは他に質問はないですね?では、また明日の実験でお会いしましょう」

 ブツッと音がしてスキャナーが停止しモニターが切れた。その頃にはもう何人かは食事を食べ終わり片付けを始めていた。

 食事を終えると「消灯」 の時間となり、トイレのある教室の後ろの扉上の灯りを残して部屋の灯りが消えた。それまでに動くことのできる人達で前の扉をもう一度確認したり、トイレの中を見たりしたが出口になりそうな部分など見つかるはずもなかった。一番脱出の可能性がありそうだった窓は、何かの不透明なシートで覆われてしまっているのか外を見ることもできなくなっており、窓を開ける為の鍵などは取り外され、無理矢理に横に動かしてみようとも試みたが誰がやってもピクリとも動きはしなかった。

 僕たちはただでさえすり減っている体力と精神力を使い果たし、得たのは「この部屋から脱出することはできない」 という残酷な事実だけだった。

「うっ、うっっ。帰りたい」
「なんなんだよこれ、まじ意味分かんねぇ」

 暗い封鎖された部屋でクラスメイトの心がポツリポツリと消えていった。この先待ちに受ける不安や恐怖。もしかしたら友だちが死ぬかもしれない、それ以前に次は自分が死ぬかもしれない、そんな非現実が押し寄せてくる。

 まるでそう、鋭利な刃物を目の前に突きつけられているかのような恐怖が頭の中をたぷたぷと満たしていくんだ。

「…………そういえば」 僕はふとあることを思い出した。そう机の中を確認していなかったのだ。机の横にかけておいたカバンはない。ポケットの携帯も没収されているようだった。そして、それがあるはずの机の中を探った。

「あれ?入れてた教科書がない。ん・・・・・・?」

 置き勉をしていたはずの教科書の一切がなくなっていた。だけど机の中を探る手にはある物の感触が確かにあった。今は暗くて確認できないけれど、手にしただけでもそれが何の本であるかが分かった。使い古された厚手の本。
角の折れたその本は、大上先生に借りた…………

「あれ?力が…………」

 いつの間にか僕らの居た教室には、見学検証の最後に散布された睡眠ガスが満たされつつあったらしい。抗うことなんてできるはずもなく指先から力が抜けて、瞼が落ちてくる。霞んでいく視界の中で一人、また一人と強制的に眠りに落ちていく。

 ああ。目が覚めたらまた、あの検証の中に放り出されるのかと思うと、このまま目が覚めなければ良いのにと思ってしまう。あぁ、なんで僕らがこんなことに…………







 ガサゴソ。催眠ガスによって皆が眠っている中でたった一人、何かを探して教室の中を歩き回る人物がいた。


「-----おかしい。あれ・・はどこだ?」


 しかし、そのことに気付いた人は一人としていないまま、僕らはまた無機質な空間で目を醒ますこととなるのだった。
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